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興収2兆円超、拡張し続けるマーベル―ケヴィン・ファイギ社長に聞く成功と未来

2019/07/05(金) 08:00 配信

オリジナル

スーパーヒーローを描くマーベル映画が世界を魅了し続けている。2019年4月下旬に公開された映画『アベンジャーズ/エンドゲーム』の世界興行収入は、既に27億6000万ドルを突破。歴代1位の王座を『アバター』(2009年)から奪うのではないかと、注目が集まっている。マーベル映画の興行収入は、累計215億ドル(約2兆3220億円)を超え、史上最も成功した映画シリーズとされる。全23作品を統括してきたマーベル・スタジオ社長のケヴィン・ファイギ(46)、最新作のプロデューサーを務めるエイミー・パスカル(61)を独占取材し、マーベル映画の成功と未来について聞いた。(取材・文:宇野維正/Yahoo!ニュース 特集編集部)

(文中敬称略)

巨大な“ユニバース”を作り上げた

2010年代のハリウッド映画を一言で表すならば、「MCUの時代」ということになるだろう。MCUとはマーベル・シネマティック・ユニバースの略称で、ディズニー傘下のマーベル・スタジオが製作する、マーベル・コミックを原作とする作品のこと。2019年7月現在、歴代世界興収トップ10の半分を占める5本が、2012年に公開された『アベンジャーズ』以降のMCU作品である。

(参考:Box Office Mojo)

「MCUの時代」が映画界にもたらしたのは、“ユニバース”という概念の導入だった。これまでのようなヒット作の続編や前日譚ではなく、それぞれの作品が独立性を持ちながら、『アイアンマン』や『キャプテン・アメリカ』『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』などの各シリーズを交差して関わり合い、一つの長大なストーリーを語っていく。MCUはそのような映画の“ユニバース”化を大胆に推し進めて、世界中に膨大な数のファンを生み出してきた。現在では他のスタジオもその手法に追従している。

映画の“ユニバース”化は、必然的に作り手側の主役を、一つの作品を作り上げる監督から、シリーズ全体をまとめるプロデューサーへと変えた。これまでのMCU全23作品を統括してきたマーベル・スタジオ社長のケヴィン・ファイギは、ファンから厚い信頼と敬意を集めている。そのケヴィン・ファイギと、最新作『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』、そして現行のスパイダーマン関連作すべてのプロデュースを手掛けるエイミー・パスカルに話を聞いた。

ケヴィン・ファイギ/1973年、米ボストン生まれ。ローレン・シュラー・ドナーとリチャード・ドナーの製作会社で働き、マーベルの知識が豊富だったことを買われ、『X-MEN』(2000年)にアソシエイト・プロデューサーとして参加。以降、マーベル原作の映画に携わる。2007年、マーベル・スタジオの社長に就任(写真提供:AFP/アフロ)

ケヴィン・ファイギ「私がこれまでマーベルで過ごした19年間、特にMCU作品がスタートしてからの11年間は、毎日が興奮の連続でした。私たちは最初から巨大で入り組んだ“ユニバース”を作ることを目的にしていたのではなく、まずは一本の優れた映画を作ることに集中してきました。そうやって一本一本優れた映画を作っていく過程で、原作コミックのように別の作品やキャラクターをつなげていくという、それまで他のスタジオが試みたことのなかった“ユニバース”のアイデアが育っていったのです」

エイミー・パスカル「スーパーヒーロー映画のブームはこの先も続くでしょう。かつて長編小説がよく読まれていたように、人々は本来、ずっと続いていく長いストーリーが好きなんです。MCU作品やテレビドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』が多くの人に愛されている理由はそこにあると思います。人々は長大なストーリーやそこに出てくるたくさんの登場人物を通じて、世界のことを把握し、人生について学び、自分自身のことも理解していくのです」

エイミー・パスカル/1958年、米ロサンゼルス生まれ。インディペンデントの映画製作会社を経て、20世紀フォックスのバイスプレジデントを務めた。1988年にコロンビア映画に入社、27年間ソニー・ピクチャーズに在籍。2016年に自身の映画製作会社パスカル・ピクチャーズを設立。『スパイダーマン:ホームカミング』(2017年)、『ヴェノム』『スパイダーマン:スパイダーバース』(2018年)も手掛ける(写真提供:ロイター/アフロ)

MCUは“ユニバース”を形成することによって、これまで映画という約2時間の表現フォーマットでは満たすことのできなかった、人々の潜在的な欲求を掘り起こしたのかもしれない。

スーパーヒーロー映画は現代の西部劇映画

ケヴィン・ファイギ「最初の『アイアンマン』が公開された2008年から、ずっと悩みの連続でした。1作目の『アベンジャーズ』の後も、そこからさらに作品の世界を広げるべきかどうかで大いに悩みましたし、ほぼ同時に製作作業をしてきた『アベンジャーズ/エンドゲーム』と『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』が完成した今も、毎日ずっと悩み続けています。でも、私たちには立ち止まって考える時間はないんですよ」

2019年4月に公開された『アベンジャーズ/エンドゲーム』はそれまでの21作品におよぶMCUの壮大なフィナーレとして、まるで奇跡のように誰もが納得する「これしかない」という正解を探り当ててみせた作品だった。MCU最新作の『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』は、そんな『アベンジャーズ/エンドゲーム』の大きな余波の中で届けられた。

2019年4月23日、米カリフォルニアのチャイニーズシアターで。左からケヴィン・ファイギ、クリス・ヘムズワース、クリス・エヴァンス、ロバート・ダウニーJr.、スカーレット・ヨハンソン、ジェレミー・レナー、マーク・ラファロ(写真提供:Press Association/アフロ)

ケヴィン・ファイギ「『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』は、企画の初期段階から作品の位置付けを少し変えました。『アベンジャーズ/エンドゲーム』と強くリンクさせることは最初から決めていましたが、作品の中でより目に見えるかたちで『アベンジャーズ/エンドゲーム』の直接的な影響を取り込んでいくことにしたんです」

「ニューヨークで生活している高校生たちの視点から、彼らが『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』と『アベンジャーズ/エンドゲーム』で起こった壮大な出来事とどのように折り合いをつけて前に進もうとしてきたのかを、より具体的に描く必要があると思いました」

「でも、本作のメインとなるのはやはり主人公ピーター・パーカーの成長の物語です。彼はトニー・スターク(アイアンマン)によってスカウトされ、これまでその庇護を受けていましたが、今作のタイミングでは一人前のヒーローとしてステップアップする必要があった。そこを丁寧に描くことが、私たちが最終的に『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』のあるべき作品の立ち位置として出した結論でした」

トム・ホランド演じるピーター・パーカー。エイミー・パスカルは、自身がプロデューサーではなくスタッフの一人だった頃から、『スパイダーマン』は日本でとても人気が高かったことを覚えているという。「ピーター・パーカーの優しさ、自己犠牲の精神、謙虚なヒーロー像が、日本の文化に通ずるものがあったのではないでしょうか」 (c)2019 CTMG. (c) & ™ 2019 MARVEL.

スパイダーマンの単独シリーズは、権利の都合上、他のMCU作品とは異なりソニー・ピクチャーズが製作を手掛けている。つまり、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』や『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』や『アベンジャーズ/エンドゲーム』に登場するスパイダーマンは、ソニーからディズニーに「出張」していたことになる。『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』以降のMCUにおけるスパイダーマンの展開についてはまだ明らかにされていないが、エイミー・パスカルによると、ディズニーとのリレーションは盤石なようだ。

エイミー・パスカル「安心してください、トム・ホランドは永遠に私たちのスパイダーマンを演じ続けてくれるはずです。本当に優れた役者こそ映画に最も必要な存在で、今回の『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』でミステリオを演じたジェイク・ギレンホールもまさにその一人です。彼らなしではMCUのここまでの成功はあり得ません。私が最も気を配っているのは、キャラクターに最適な役者が配役されているかということ、そしてそのキャラクターを役者たちが深く掘り下げられる環境を用意することです」

ジェイク・ギレンホール演じるミステリオ(右)。MCUに参加する俳優は「まさに家族」とケヴィン・ファイギは語る。「ジェイク・ギレンホールはファミリーに入れたこと、MCUに参加できたことをとても喜んでいました。カメラの前でもプライベートでも信頼し合える関係ができ、家族ができたことが、MCUでの11年間でもっとも素晴らしかったことですね」 (c)2019 CTMG. (c) & ™ 2019 MARVEL.

エイミー・パスカルは、スパイダーマン関連の作品と並行して、スティーブン・スピルバーグ監督『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』やアーロン・ソーキン監督『モリーズ・ゲーム』など作家性の強い監督による“普通の映画”も多く手掛ける。

エイミー・パスカル「スーパーヒーロー映画は現代の西部劇映画だと思っています。そして、一部の西部劇映画が黒澤明作品の強い影響下にあったように、現在のスーパーヒーロー映画もその影響下にあります。今では多くの観客がスーパーヒーロー映画を真剣に受け止めるようになり、役者たちも複雑な内面と葛藤を抱えた生身のキャラクターを演じることに大きなやり甲斐を覚えています」

「一方で、大ヒット作がスーパーヒーロー映画ばかりになったとしても、さまざまなタイプの映画を作り続けることは私たち作り手の責任だと考えています。もし私たちが作るのをやめてしまったら、本当に“普通の映画”は存続できなくなってしまうかもしれません」

クリエーターとファンの関係

スーパーヒーロー映画をはじめとするシリーズ作品や往年の人気シリーズのリメイク作品が映画マーケットを占拠している背景には、原作のコミックや過去作によって培われてきた各シリーズの巨大なファンベースがある。

『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』では、新しいコスチュームもファンの関心を集める (c)2019 CTMG. (c) & ™ 2019 MARVEL.

しかし、ファンの声がソーシャルメディアの力によってあまりにも大きくなってきたことで、最近は騒動にまで発展することも増えてきた。2017年の『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』や今年の『ゲーム・オブ・スローンズ』最終章では、ネット上で「作り直し」を要求する大規模な署名運動まで起こり、一部の作り手はそんなファンの行動に不快感を表明した。マーベルで仕事をする前は「熱狂的なマーベル・ファン」の一人だったケヴィン・ファイギは、クリエーターとファンのパワーバランスの変化をどうとらえているのだろうか。

ケヴィン・ファイギ「一つの作品を完成させて公開したら、それはもう私たち作り手のものではありません。ファンのものであり、観客のものであり、大衆のものになります。私自身、若い頃は大好きな原作を台無しにされたと思って大いにイライラしたこともあります。そういう経験が今に活かされているんです(笑)」

「私たちは作品を、ファンや批評家を含めたすべての観客に向けて作っています。幸いなことに、これまで私たちの映画はファンと批評家の両方から高い評価を受けてきましたが、時には彼らの声を無視して自分の直感に従うことも必要です」

「でも、マーベル・スタジオで働く人たちは基本的に全員がファン体質なので、これまで私たちが『こういう作品が観たい』と思ったことに、ファンも同じように反応してくれました。マーベル・スタジオで働いているのは、もし映画を作っていなかったら、ソーシャルメディアで作品について散々語っていたに違いないような人たちばかりなんですよ」

2019年4月22日、米ロサンゼルスで開かれた『アベンジャーズ/エンドゲーム』のプレミア上映に集う、マーベル作品のキャラクターのコスプレをしたファンたち(写真提供:Getty Images)

同じ質問に対して、エイミー・パスカルの見解は少し異なるものだった。

エイミー・パスカル「スーパーヒーロー映画も、それ以外の映画と同じように基本的には監督のものだと考えています。私たちスタッフは、監督が生み出すアートのために仕えるべきです。確かにファンはキャラクターについて時には我々より多くのことを知っていて、強い愛を持っているので、その意見は尊重されるべきです。でも、同時にファンを喜ばせるためだけに映画を作っていては、彼らからの尊敬を得ることもできません。シリーズ作品の作り手がファンを尊重してばかりいたら、そのシリーズは迷走してしまいます」

テレビシリーズに広がる“ユニバース”

MCUにスパイダーマンが初めて登場したのは、2016年の『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』。そこから始まった“フェイズ3”と呼ばれる“ユニバースの段階”は『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』で幕を閉じることになるが、2019年にはまだMCUにとって大きなチャレンジが控えている。ディズニーが11月にスタートさせる自社のストリーミングサービス、Disney+(日本での展開や時期は未発表)では、これまで映画とは独立したものとして製作されてきたマーベルのテレビシリーズと違って、MCUと同じ“ユニバース”で展開することになるテレビシリーズがいくつも準備されているのだ。

ケヴィン・ファイギ「これからの10年を見据えた時に、Disney+という新しいプラットフォームができたことは素晴らしいことです。すでに公表されている企画、まだ公表されていない企画、いずれも信じられないようなストーリーテリングの新しい可能性を秘めていますし、映画とテレビシリーズをつなげていくことにもワクワクしています」

『アベンジャーズ/エンドゲーム』のプレミア上映で。2019年4月22日、米ロサンゼルス(写真提供:Getty Images)

しかし、MCU映画だけでもすべてを追いかけるのが大変だというのに、さらにその“ユニバース”がテレビシリーズにも広がっていくことで、観客がすべてを追いきれなくなるという心配はないのだろうか。

ケヴィン・ファイギ「確かにすべてを観るのは大変になるかもしれませんが、それは今でも同じですよ(笑)。『アベンジャーズ/エンドゲーム』の観客全員が、『アントマン&ワスプ』や『キャプテン・マーベル』を観ているわけではないことは、数字が証明していますからね」

「例えば、『アベンジャーズ/エンドゲーム』を観ていなくても、『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』で知る必要があることは、その作品の中で分かるように作っています。私たちはできる限り各作品を独立したものにして、どの作品からでも入ることができるように心掛けているんです。もちろん、すべての作品を観ているファンが最も楽しめるように、作品には何層にも深みを持たせています」

水面下で進行中のMCUの新しいチャレンジはテレビシリーズだけではない。今年、ディズニーによる21世紀フォックスの買収が完了したことで、マーベル・スタジオは元々同じマーベル・コミックの仲間だった『X-MEN』シリーズや『ファンタスティック・フォー』のキャラクターも今後の作品で自由に登場させることができるようになった。「新たなキャラクターが登場する時期などについて、まだ公にできることはありませんが、まずは“お帰りなさい!”という気持ちです」とケヴィン・ファイギは嬉しそうに語る。

『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』は6月28日に日本で世界最速公開された (c)2019 CTMG. (c) & ™ 2019 MARVEL.

作品が公開されるたびに記録的な興行収入を叩き出す海外と違い、日本では数年前まで「MCU人気」に大きな温度差があった。ただ、今年の『アベンジャーズ/エンドゲーム』はMCU作品として初めて興収60億円を突破するなど、その人気がようやく定着してきた。ケヴィン・ファイギは、日本マーケットについてどのようにとらえているのだろうか。

ケヴィン・ファイギ「日本のファンは本当にアメージングですよ。私がこれまで訪れた多くの国の中でも、最も熱心なファンがいるのは日本だという実感があります。ただ……その数が他の国と比べてまだあまり多くないことも知ってますよ(笑)。『アベンジャーズ/エンドゲーム』では東京が舞台の一つであるにもかかわらず、日本で撮影ができませんでしたが、俳優や撮影クルーを日本に送り込むだけの価値があるストーリーがそこにあれば、すぐにでも実現は可能です。もし日本で撮影を行うことができれば、日本のファン層をもっと広げられるかもしれないですね」


宇野維正(うの・これまさ)
1970年、東京都生まれ。フリーの音楽・映画ジャーナリストとして活動。映画サイト「リアルサウンド映画部」アドバイザー。「装苑」「GLOW」「Rolling Stone Japan」などでコラムや対談を連載中。著書に『1998年の宇多田ヒカル』『小沢健二の帰還』、『くるりのこと』(くるりとの共著)など。最新刊は『日本代表とMr.Children』(レジーとの共著)。

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