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ネット上の表現の自由どこまで フランスが揺れた「Twitter裁判」

2016/04/01(金) 14:13 配信

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ネット空間では、匿名で何を言ってもよいのか――。

ソーシャルメディアの普及によって、誰もが簡単に発信できる時代がやってきた。多様な言論や表現が生まれた一方で、悪辣な書き込みが誰かの人権を傷つける場合もある。歴史的に「表現の自由」の問題に敏感なフランスでは、大きな議論を巻き起こしたツイッターをめぐる裁判を契機に、ネット上のヘイトスピーチ規制に向けての動きが活発化している。自由を守るべきか、規制を設けるべきか。ネット時代の「表現の自由」のあり方を考える。(Yahoo!ニュース編集部)

イメージ:アフロ

背景にあった米仏の温度差

発端は2012年10月、フランスのTwitterに書き込まれた差別発言だった。

「良いユダヤ人は、死んだユダヤ人」

強制収容所の写真が添付されていた。書き込みは次々にリツイートされ、関連のツイートも含めてフランスのネット上を駆けめぐった。

フランスでは、特定の民族、国民などに対して差別表現を用いることは、「人種差別禁止法」で厳しく禁じられている。このツイートは違法行為だと考えたユダヤ人学生協会(UEJF)は、ツイッター社に「アカウント削除と発信者の連絡先提出」を求めた。

だが、ツイッター社の対応にUEJF会長(当時)ジョナタン・アユン氏は驚いたという。「"ユダヤ人についてポジティブなメッセージをたくさん送ればいいんじゃない?"という回答がきたのです」。

ネット上での暴力的なヘイトスピーチに苦痛を味わったと語るジョナタン・アユン氏

ツイッターが本社を置くアメリカでは、いかなる表現であっても発言の自由は保護されるべきであり、異なる意見を持つ者は反論すればいいという考え方が根付いているとされる。ツイッター社は「われわれはプロバイダーであり、仲裁者ではない。個人どうしの喧嘩には関与しない」という立場を表明し(2012年10月22日、ルモンド紙)、アカウントの削除も発信者の公表も拒否した。

そこでUEJFは、ツイッター社を提訴する。差別ツイートがフランスの司法の場で裁かれる最初のケースだった。争点は、ネット空間の匿名発言にも「人種差別禁止法」は適用されるのか否か。まさに、ネットにおける表現の自由のあり方が問われる裁判となった。

トップニュースで報じられた裁判の経過

「ネット空間では、匿名で何を言ってもよいのか?」

フランスのメディアはこの裁判をトップニュースで扱い、連日経過を報道した。政治家からネットユーザーまでさまざまな議論が飛び交った。

13年1月、フランスの裁判所はツイッター社にアカウント所有者の身元を明かすよう命じるが、ツイッター社はこれを拒否して控訴。だが控訴は棄却され、同年7月、ツイッター社が問題のハッシュタグを作った人物のデータを司法省に提出することで決着した。フランス史上初めて、ネットでの匿名発言に人種差別禁止法が適用された事例となった。

イメージ:アフロ

ジョナタン・アユン氏は主張する。「インターネットはみんなが表現できる自由な場として存在し続けるべきだ。しかし、表現の自由を守るためにも規制をつくらなければいけない」。

GoogleもFacebookもフランスに代理人を

2015年4月、フランス政府は「差別と反ユダヤ主義と戦う国家政策」を発表した。そこには、「ネット上のヘイト発言を削除するだけではなく、発言の発信者を訴追し、有効な処罰を与える」「国外のホスティング側に対して、フランスに法的代理人を置くことを義務づける」といった内容が明記されている。オランド大統領はスピーチのなかで「差別表現がネット上で拡散されるとき、Google、Facebook、Amazonなどウェブ大企業は共謀者である」と発言。現在、法整備が進められており、ネット空間における表現の制限を強めつつあるのがフランスの現状だ。

裁判をきっかけにフランスではSNSの投稿への認識が変わりつつあるという

一方で、アメリカはいかなる表現も法的に規制しない立場を貫く。これは「表現の自由こそが20世紀半ばに起きた公民権運動を支え、推進した歴史があるためだ」と各国における表現の自由について研究してきた阪口正二郎教授(一橋大学)は指摘する。フランスにもアメリカにもそれぞれの歴史があり、表現の自由の問題が議論されてきた。「日本でも独自に議論していくべきだ」と言う。

日本での「ヘイト規制」をどう考える

2016年1月、大阪市議会で全国初のヘイトスピーチ抑止条例が成立した。条例では、ヘイトスピーチの定義を具体的に明記。有識者でつくる審査会でヘイトスピーチに該当すると認定された場合、表現活動を行った団体や個人の名前を公表する。阪口教授は「ヘイトスピーチに対して刑事罰は設けず発言者の名前を公表するにとどめている点を、手ぬるいと見る向きもあるだろうが、まずは行政がヘイトスピーチは悪であるというメッセージを発したことに意味がある」とする。

「表現の自由とは、ある種の不快なものを表現する自由でもある」と阪口教授。それを、"臭いものにはふた"とばかりに全面的に規制し、人目につかないようにすることはむしろ事態を悪化させかねない。「問題の本質はスピーチではなく差別だということを忘れてはいけない」と指摘する。

フランスではネット空間での差別表現に対する法整備が進む。写真は2013年、パリで行われた差別的言動に対するデモ(ロイター/アフロ )

表現と法規制について研究してきた青山学院大学の大石康彦教授は「ヘイト表現は自由の悪用。法律を使って環境保全をするべきときがきている」としつつも、「いったん規制してしまうと引き返せない。規制をするなら最小限の範囲から始めるべきだ」と慎重な対応を求める。警察が取り締まるのではなく、当事者間の民事裁判で解決できるような制度づくりや、マイノリティの保護に限定するなど基準の明確化が必要だと強調する。

「民主主義と人権に相容れない言論は、表現の自由の価値を高めない」。これは、ネット上のヘイトスピーチ対策について、フランスの国立人権詰問委員会が示した一文だ。ネットという誰もが簡単に表現できる場がある一方で、それは人権侵害の恐れと隣合わせでもある。「表現の自由の価値」高めるために、何をすべきか。各国の複雑な事情を背景に、それぞれの模索が始まっている。

[制作]Yahoo!ニュース編集部、テレビマンユニオン