昨年、ローソンで「悪魔のおにぎり」が大ヒットした。コンビニのおにぎりで近年、変化が起きている。おにぎりといえば、「黒い海苔」に「白いご飯」が定番だったが、いまやそれだけではない。目立ってきたのは「海苔なし」「雑穀」「混ぜご飯」。そのため、コンビニのおにぎり売り場は今ではずいぶんとカラフルになっている。変化の背景にあるものは何か。コンビニ大手に聞いた。(取材・文:吉岡秀子、写真:高橋宗正/Yahoo!ニュース 特集編集部)
勝ちパターンを変えた「悪魔のおにぎり」
ローソンがヒットさせた「悪魔のおにぎり」。これは、白だしで炊いたご飯に、天かすや天つゆ、ごま油などが入った、混ぜご飯タイプのおにぎりで、海苔は巻かれていない。
人気はすさまじく、同社のラインアップで不動のナンバー1だった「ツナマヨ」の販売数を一時は上回るほどだった。開発リーダーの大澤勝司さん(ローソン中食商品本部の米飯・調理麺カテゴリーリーダー)によれば、悪魔のおにぎりは20~40代男性を中心に支持を集め、累計販売数2900万個を超えた。この春には「四川風担々麺味」も発売し、シリーズの売り上げは依然好調だという。
おにぎりといえば、「白いご飯」に「黒い海苔」が、長らく基本線。そこにどんな「具材」を合わせるべきか。ローソンはここを軸に試行錯誤を続けてきた。「徹底的においしいご飯+高品質な海苔+厳選素材の具材」が、コンビニおにぎりの勝ちパターンだからだ。
ところが、悪魔のおにぎりはそういった枠組みの「外」から生まれたヒットだった。大澤さんはこのヒットを冷静に分析し、こう話している。
「悪魔のおにぎりは若者層を中心に売れました。勝因はまず、『悪魔』というあえてネガティブな印象を持つ言葉を商品名に据えたこと。実は、発売前は社内で『悪魔という言葉を商品につけるなんて、とんでもない』という反対意見も多かったんです。それでもチャレンジしたいと発売した結果、売れた。インパクトがあるので、SNS上で話題にしやすかった面はあったんでしょう。私たち商品開発者にとって、このヒットは大きな気づきにつながりました」
高まる「味つき」ご飯の需要
受けた理由はネーミングだけではない。悪魔のおにぎりで試みられたのはしっかりした味つけ。ここも消費者をとらえた一因だ。大澤さんは「いま、おにぎりを取り巻く環境は大きく変わりつつある。日本人の食生活は変化してきている」ともいう。
糖質制限の目的で白米を避ける人は珍しくないし、パンやパスタなど、主食になりうる食材は他にもある。1人当たりの年間米消費量も減少傾向だ。1962年度の118.3キログラムをピークに減り続け、2008年度にはピーク時の半分を割った。また、若者の米離れも指摘されていて、20代男性の約2割が1カ月間、米を食べなかったという調査結果もある(2015年10月農林水産省調べ)。
大澤さんはこうも続けた。
「いまの若い方は、白いご飯よりも混ぜご飯を好むんです。健康志向や製造側の技術の進歩で、塩分を控えた繊細な味つけのおかずが増えてきたこともあり、かつてのように、ご飯とおかずを一緒に食べるのではなく、別々に食べる傾向があるからです。こうなってくると、単独でもしっかりした味がついたご飯が選ばれる。『混ぜご飯』系のおにぎりが好まれる理由のひとつは、ここにあると見ています」
おにぎりをめぐる変化はご飯だけではない。なんと海苔にも及んでいる。昨今、海苔の価格が高騰しているせいで「コンビニは海苔を使いにくくなったのではないか」という見方が一部であるが、そればかりではないという。大澤さんによれば、「SNSの普及でビジュアルに敏感になった人が多いからか、女性で海苔つきのおにぎりを敬遠する人が増えてきた」というのだ。「食べたあとに歯につくのがいや」がその理由だ。実際に、ローソンはじめ、どのチェーンでも海苔なしの白ご飯を握っただけのシンプルなおにぎりが若者に売れている。
「コンビニネイティブ」にとっての定番へ
混ぜご飯で、海苔なし――。最近、そんなニーズを受けてローソンでは「胡麻さけおにぎり」「わかめごはんおにぎり」といった商品が定番化している。胡麻とさけ、わかめなどが混じった見た目は色鮮やかで、手に持った人をかわいく見せる効果もあるという。大澤さんはこうも言うのだった。
「生まれた時からコンビニがあった『ネイティブな』若い方に対しては、おいしさはもはや当然のこととして、『(コミュニケーションのネタになる)驚き』『ビジュアル面のよさ』といった『プラスオン』が不可欠だと考えています。いまも昔も、おにぎりは看板商品ですが、これまでと同じ定番商品だけやっていても存在感は発揮できないのではないか。そう思っています」
常識の外側でヒット商品が生まれるのは、ファミリーマートも例外ではない。「男飯 あらびきソーセージおむすび」を例に出そう。海苔は巻かれているが、その幅は細い。それよりも目立つのは、ご飯を挟んだてりやき風味のソーセージだ。ご飯とソーセージの間にマヨネーズをトッピングする手の込みようは、おにぎりの域を超えている。こうしたレアな商品は、一昔前ならスポット的存在だったかもしれないが、見た目にもインパクトのある「男飯」は予想を覆すヒットでシリーズ化に至っている。
技術的難易度が高かった「雑穀米おにぎり」
コンビニおにぎり史をさかのぼると、パリパリとした海苔の味を楽しめるおにぎりを提供しだしたのは「セブン-イレブン」だ。1978年にご飯と海苔をフィルム(パリッコフィルムと呼ばれる)で分ける「手巻おにぎり」を販売したのが端緒とされている。いまから40年以上も前の話だ。その5年後の1983年には「手巻おにぎりシーチキン」(ツナマヨ)が発売され、爆発的な人気を得る。これが契機になって、コンビニおにぎりの社会的認知は一気に進んだ。つまり、セブンはこのジャンルを切り開いたパイオニアでもあるのだが、変化と無縁ではない。
セブンは店で平均20種類を超えるおにぎりを売っている。そのなかに社内で「ビッグ5」と呼ばれる定番商品がある。白いご飯に黒い海苔を巻く手巻きタイプの「ツナマヨ」「紅しゃけ」「梅」「昆布」「明太子」だ。ところが、このトップ5とは別に、成長を遂げている新ジャンルがあるという。商品本部のおにぎり担当の佐藤達也さんは「顕著に伸びているのは『健康米』シリーズなんです」という。
セブンが本腰を入れて健康米おにぎりを始めたのは2017年12月。もち麦を使った「もち麦おむすび」が、その第一歩だった。おにぎり一つで約レタス1個分の食物繊維がとれる点が、健康志向が高まるなかで人気になった。ちょうど、世間で「もち麦ダイエット」が流行し、もち麦自体の認知度が高まっていたことも追い風になった。「健康米のすそ野は広がった」と、セブンが踏み切ったのが「五穀ごはんおにぎり」の発売だ。白米に、もち玄米、もち黒米、もち赤米、もちきび、もち麦を混ぜた雑穀米で作ったおにぎりである。
「玄米や雑穀は、もち麦よりもマーケットが大きい点が魅力的でした。ただ、ご家庭ではできないレベルのおいしさをご提供することは、技術的に難しかった。超えなければならないハードルがありました」
セブンはおにぎりを年間22億7000万個売っている(2018年度)。全国63カ所の米飯専用工場で毎日炊飯し、ご飯を握り、近隣の店へ届けるのだ。炊飯とひと口に言っても、工場がたつ標高が違えば、水や気温が変わってくる。どこで作っても同じおいしさになるよう、工場ごとの調整が欠かせない。簡単なように思えて、コンビニおにぎりを毎日おいしく作ることは難しい。白米でさえそうなのだから、さまざまな種類をブレンドした雑穀米となると、手間はさらにかかるという。
雑穀は種類によって水に浸ける時間も変わってくる。どのくらいの時間浸せば、もっちりした食感を実現できるのか――。実は、セブンは過去にもさまざまな雑穀米おにぎりにトライしてきた。そのたびに販売が伸び悩んだ経験があり、社内外で「売れるわけがない」という厳しい声もあったそうだ。それでも苦労の末、課題を解決。健康米おにぎりは、セブンのおにぎりラインアップのなかでシェアを伸ばしていった。
「発売当初、健康米おにぎりはおにぎり全体の販売構成比で5%ほどでしたが、いまでは倍以上にまで増えました。まだ伸びるのではないでしょうか」
「おにぎり改革」を進めるセブンだが、基本の磨き上げも手を抜くことはない。炊飯技術やおにぎりの成型技術。よりおいしいご飯とふっくらとした食感を実現するための継続的な改良も続けているという。
コンビニおにぎりが歩んできたこの40年で、日本人の食生活は変わってきた。変化はこれからも続くだろうし、それと歩調を合わせてコンビニおにぎりの進化も続いていくに違いない。
吉岡秀子
北海道生まれの大阪育ち。関西大学社会学部卒。2000年ごろからコンビニ取材をはじめ、以来、商品・サービス開発の舞台裏やコンビニチェーンの進化を消費者視点で追い続け、各メディアで情報発信している。近著に『コンビニドリーム 街と人と響き合うオーナー10人の仕事』(朝日新聞出版)。著書に『セブン-イレブン 金の法則』(朝日新書)などがある。