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「斜陽」×「高齢化」の可能性 新聞屋がドローン飛ばす理由

2016/03/18(金) 12:51 配信

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2015年、国内の新聞発行部数はスポーツ紙も含めて4424万部。10年間で806万部も減った。2007年を境に、1世帯あたりの部数はついに1紙を割っている。新聞社だけでなく、各家庭に新聞を届ける新聞販売店も部数減の影響を大きく受ける。

しかし、数字だけを見て「斜陽」とあきらめていいのだろうか。新聞販売店ならではの強みを活かして、高齢社会に活路を見出そうとする人たちがいる。(Yahoo!ニュース編集部/Forbes JAPAN編集部 副編集長兼シニアライター 藤吉雅春)

マイナスからビジネスチャンス

「斜陽産業」×「超高齢化社会」。マイナスの掛け合わせが、新たなビジネスを生んでいる。

2015年5月、幕張メッセで開催された「国際ドローン展」でとある映像が注目を集めた。

(映像提供:MIKAWAYA21)

山間の集落に暮らす老夫婦の庭先に、一機のドローンがゆっくりと舞い降りる。ドローンに搭載されていた箱を開けると、そこに入っていたのは好物のおはぎだった。この老夫婦の自宅500メートル圏内には生鮮食料品店がない。いわゆる「買い物弱者」だ。経済産業省によれば、日本には約700万人の買い物弱者がいると言われている。彼らの自宅一軒一軒にドローンが生活必需品を運ぶようになればこうした問題の解決の糸口も見える。すでにアメリカでは世界最大の小売チェーン・ウォルマートがドローンメーカーと協業、店舗から家庭への宅配をドローンでおこなうべく実験を始めている。

老夫婦のもとにドローンを飛ばしたのは、IT企業ではない。新聞販売店である。全国の隅々に販売網をもつ新聞販売店の強みを活かしてシニア向けサービスを展開するのが、元外資系企業で働いていた鯉渕美穂が社長を務める「MIKAWAYA21」だ。冒頭のドローンの映像は展開する事業の一つ。「MIKAWAYA21」の狙いは何か。彼女はこう答えた。

「社名は『サザエさん』に登場する「三河屋さん」からとりました。21世紀版の御用聞きを目指しているんです」

2012年に創業した「MIKAWAYA21」は、3人の創業者たちが日本の社会が抱えた数々の課題に直面して生まれた。

1977年生まれの鯉渕はもともと、外資系企業のキャリアウーマンだった。彼女は妊娠した時、「育児か仕事か」という問題に直面した。

MIKAWAYA21代表取締役兼COOの鯉渕美穂氏。「ドローンでお年寄りの『我慢』をなくしたい」。(写真=平岩享)

「その頃、ママ友達がたくさんできたのですが、多くの女性が妊娠・出産を機に仕事を辞めたまま、仕事に復帰できるタイミングを失っていました」

苦戦する新聞屋、「iPhoneを売る」というアイディア

社会との関わりをもちたい女性たちのために何かできないか。そう考えていた時に出会ったのが、のちに「MIKAWAYA21」の役員となる青木慶哉だった。奈良県生駒市で読売新聞の販売店を経営していた青木の取り組みが「MIKAWAYA21」のビジネスの原型となっている。

23歳で新聞販売の世界に飛び込んだ青木は、大阪府寝屋川市の販売店で7年働き、購読件数を1919件から1万2000件に拡大した実績をもつ。その手腕を買われて、次に大阪のベッドタウンである生駒市の販売店で経営を任された。ところが、最初の4年間はまったく営業成績が上がらなかった。

MIKAWAYA21取締役青木慶哉氏

生駒市は現役世代の人口が増加中なのに、なぜ契約件数が落ち込むのか。彼は購読者の年齢を調べた。すると――、

「読者の8割が60代以上でした。新聞は若い世代には見向きもされなくなり、"シニアの媒体"になっていたのです」

そこで彼は経営を圧迫するプロ野球のチケットや洗剤による販促をやめて、代わりに「シニアサポート」を始めたのである。最初はiPhoneの販売とそのサポート業務に乗り出した。

「iPhoneを購入したお客様に対して、『真心をこめて異常なくらい親切にしよう』をテーマにしました。困りごとを頼まれたら断らない。草むしりでも何でも手伝う。特殊な用件であれば、業者を紹介する。これを売りにしたのです」

当時、携帯電話ショップはシニア層への販売をためらいがちだったという。機能をなかなか覚えてもらえず、手間暇がかかるからだ。この負担を逆手にとって、徹底的に親切にすることに集中したのである。社内からは反発の声があがった。

「俺たちは草むしりをしたり携帯を売ったりするために入社したんじゃない。必死に営業をしても成果が出ないのに、なぜ手間がかかることを増やすんだ」

ところが、嫌々ながら手伝いに出かけたスタッフの表情に変化が見えた。草むしりに行くと、ぜんざいをつくって待っているおばあちゃんがいる。別れ際に手を握り、「ありがとう」と涙をこぼす老人がいる。彼らは自分が客から頼りにされ、必要とされていることに気づいた。

結果的にこの取り組みは当たった。当初、月間60~80台がiPhoneの売り上げ目標に対し、多い月で月間300台に伸びた。シニアがお年寄りの仲間や家族を店に連れてきたり、首都圏に住む家族が「いつも、おじいちゃんがお世話になっています」と、わざわざ携帯電話の契約にやってくるからだ。こうして全国に当時400店舗以上あった「コラボショップ」と呼ばれる副業型のソフトバンクショップで、売り上げ1位を達成したのである。

三重県名張市の新聞販売店ASA桔梗が丘の「まごころサポート」の様子

国に頼っていたら超高齢社会は破綻する

「青木さんの経験を全国に広げましょうよ!」

そう言って共鳴したのが、鯉渕の知人で、同じくのちにMIKAWAYA21の役員となる岡田光信である。7年前、彼の母親は脳梗塞で倒れて、介護が必要となった。介護保険制度により、ヘルパーが食事の世話や入浴介助を担う。通院の介助は介護保険制度の対象になっているが、途中で美容院や買い物、墓参りに行くことは制度の対象になっていない。制度上、仕方がないこととはいえ、自分の親、あるいは高齢者にしてあげたいことをすべて国に頼っていたら、超高齢社会は破綻するだろう。岡田が言う。

「1時間3000円の家事代行サービスがあったのですが、9万2000円の年金暮らしの母にとって、その金額では頼めない。近くにいる叔母が『お金はいらないから』と手伝おうとしたら、母は『それだと頼みにくい』と言って、少しお金を出すことにしたのです」

少額のお金で地域社会に助け合いの仕組みができるのではないか。そんなことを思いついた矢先、彼は青木に出会ったのだ。

出産後、仕事に復帰できない女性、斜陽の新聞販売店、サポートを必要とする高齢者を持つ家族。こうした課題に直面した三者が出会い、MIKAWAYA21は創業したのである。

高齢者のニーズは「ガマン」

鯉渕が社長に就任して切り盛りを始めると、彼女は高齢社会のキーワードに気づいた。それは「我慢」である。

鯉渕が話す。

「最初の依頼は、『話を聞いてください』でした。水道の修理は専門業者に頼めるし、トイレットペーパーや洗剤など生活必需品の買い物は人に頼みやすい。でも、会話の相手やちょっと重いものを持ってほしい、とかは人に頼みにくいですよね。頼みにくいことになると、高齢者は我慢してしまうのです」。

「ドローンの飛行には自治体の協力が不可欠」と語る鯉渕美穂氏。東京港区にある「MIKAWAYA21」のオフィスの付近で。(写真=平岩享)

不便さと寂しさを我慢している間に心身が弱まり、気がついたらトイレや入浴が困難になってしまうこともあるという。

MIKAWAYA21はこの「我慢」に着目した。新聞販売店が、購読者には30分500円で、非購読者は750円でシニアサービスを提供。草むしり、窓拭き、網戸の張り替えからコメの精米、なかには「畳の上に針を落としたけれど、見えない」といった依頼があった時は、スタッフが知恵を使い、掃除機の吸引口にストッキングをつけてすぐに発見したりと、日常のちょっとした困り事をすべて請け負う。MIKAWAYA21は販売店と月1万5000円で契約を結び、派遣される新聞配達員にシニアケアのアドバイスを行っていく。販売店のスタッフだけでは手が足りないため、育児中の女性もスタッフとして登録されている。

「子供をシニアに見てもらいながら、草むしりなどのお手伝いができます。地域で働くことから社会との関わりを増やしていき、次へのステップにしてもらう。そんな道筋をつけてもらえればなと思いました」と、鯉渕は狙いを語る。

地方の高齢者にとって、「新聞」はまだまだ信頼が厚い。頼みやすさから、月に50件ものサービスを受ける販売店が複数誕生した。また、本業の新聞販売でも38%の店が新規契約件数を増やしたのだ。

徳島県神山町でのドローンテスト飛行の際には、地元のお年寄りにも協力してもらった

買い物弱者をドローンで助ける

次に、鯉渕たちが組んだのは地方自治体である。

「自治体は住民の課題解決を最大のミッションにしています。それだけでなく、自治体は地域のリーダー格の高齢者を知っています。そうした高齢者の方々は、どの地域の誰が困難を抱えているかを把握しています。地域のことは地域の人にしかわからないのです」

高齢者と一括りにしても、千差万別。近所に世話をしてくれる人がいる人もいれば、弁当の宅配や移動スーパーがある地域もある。自治体と組むことで、本当の買い物弱者を絞り込める。そこで実用化に向けて実験し始めたのが、ドローンだった。まだドローン事業は実証実験の段階であり、乗り越えるべき規制はある。だが、鯉渕は「自治体や住民側の協力と、機体価格が安くなっていくことで改善の余地はある」と手応えを語る。

徳島県神山町でのドローンテスト飛行の際の発着の様子(MIKAWAYA21)

たった3人で始まった「斜陽」×「高齢化」のビジネス。現在は、30都道府県、311エリアの新聞販売店に拡大した。「次は47都道府県に広げる」と目標を掲げる。

「先日、窓ガラス拭きに行ったら、お嫁さんのことや息子さんの会社の問題まで相談されました」と、鯉渕は笑う。新聞で得てきた信頼を、次は超高齢社会のサポートに活かす。ここに、未来を切り開くビジネスのヒントがあるのかもしれない。


Yahoo!ニュース編集部とForbes JAPAN編集部の共同企画として、「地方発"逆転"のビジネス」を始めます。Forbes JAPANの3月25日発売号では「地方発 逆転のアイデア33選」を企画。疲弊する地方を活性化するような"意外なビジネス"を取材します。