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石丸次郎

北朝鮮内部の「肉声」を聞く――制裁は特権層を直撃 揺れる金正恩政権

2019/02/23(土) 08:44 配信

オリジナル

北朝鮮が最強の制裁を科されて1年余りになる。北朝鮮はこの間、米朝や南北の首脳会談などを通じて「対話路線」「非核化」をアピールする一方、国内に向けては「自力更生」を主唱してきた。だが、北朝鮮内部を取材すると、制裁の影響は、庶民から平壌の富裕層、軍隊、そして金正恩氏の統治資金にまで及んでいることが分かってきた。北朝鮮国民は、金政権やトランプ大統領をどう見ているのか。日々の暮らしぶりはどうか。2月末には「非核化」を焦点とする2回目の米朝首脳会談もベトナムで開かれる。それを前に、日本にはなかなか届かない「北朝鮮国民の肉声」を報告する。(石丸次郎/アジアプレス/Yahoo!ニュース 特集編集部)

昨年の米朝会談後「何の変化もない」

アジアプレスには、北朝鮮内に約10人の取材協力者がいる。その1人、40代の男性から連絡があったのは、この2月16日だった。故・金正日氏の生誕日である。

「昨年6月のトランプとの会談を私たちはすごく喜んだんです。これで制裁が解除されて暮らしが良くなるだろう、と。ところが、何の変化もない。周りの人々は『われわれは最善を尽くして米国との約束を守ったのに、トランプが約束を破ったから生活苦が続いているのだ』と怒っています。会議で幹部たちもそう説明しています」

首脳会談の会場のホテルの庭を散策するトランプ大統領と金正恩氏=2018年6月、シンガポール(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

電話の主は、中国に近い咸鏡北道(ハムギョンプクド)の茂山(ムサン)郡に住んでいる。この記事のトップ写真(2018年12月、中国側から撮影)では、真ん中が凍結した国境の川・豆満江(トマンコウ)、右側が中国、そして左側が北朝鮮だ。

茂山郡の主力産業は鉄鉱石の産出だ。その対中輸出が2017年末から完全に止まった。国連安保理の決めた制裁に沿って、中国が輸入を禁じたからだ。それなのに、当局の宣伝もあって少なくない住民が生活悪化の原因は米国にあると考えている、とこの男性は話す。

別の地域に住む女性は1月、「金正恩には何の期待もしていないけれど、トランプは詐欺師だと言われていますよ」と電話で伝えてきた。その声を「音声動画」で聞いてほしい。

【90秒】北朝鮮女性のインタビュー(音声)

激減した外貨収入 対中輸出は88%減

2017年、金正恩政権は核・ミサイルの高度化に集中した。広島型原爆の10倍という強力な核爆発実験を強行したほか、大小計17発の弾道ミサイル発射実験を繰り広げた。これに対し、国連安保理は同年、中国とロシアも賛成しての決議を4度も行い、制裁を強化している。

制裁の実質的な主役は、北朝鮮の貿易の9割以上を占める中国だ。中国税関当局の統計によると、中朝貿易は劇的に減少している。北朝鮮の対中輸出は2018年、前年比で88%減の約2億2000万ドルだった。制裁強化前の2016年は約26億ドルだったので、その9割、ざっと2700億円を失ったことになる。

北朝鮮の通関を待つトラック。国際連絡橋は閑散としていた=2017年10月、中国側から(撮影・石丸次郎)

情報鎖国の北朝鮮からはその実態がなかなか伝わってこない。貿易収入の9割を失えば、経済に悪影響が出ないはずはないが、実際はどうだろうか。

北朝鮮各地に住む取材協力者と一緒に制裁の影響を調べていくと、国内では混乱が日に日に増している現実が見えてきた。

調査対象は、茂山のように輸出が中断した鉱物の産地、漁業の中心都市、貿易会社の事務所、平壌の市場など。実際に足を運んでもらい、人に直接会って、実態を取材する。協力者には、北朝鮮から中国へ合法・非合法に出国してきてもらって報告を聞き取った。北朝鮮国内にひそかに搬入した中国の携帯電話を使って連絡を取り合うこともした。

国際連絡橋で、北朝鮮を背にして見た中国・図們の通商口=2017年10月(撮影・石丸次郎)

輸出産業拠点はさらに困窮

話を冒頭の「茂山郡」に戻そう。

ここは豆満江を挟んで中国と接している。鉄鉱石を産出する大きな鉱山があり、推定人口約10万人。「Global Trade Atlas」の2017年版によると、鉄鉱石の対中輸出によって、2014年には2億2190万ドル、16年には7441万ドルを稼いだ。かつては品目別の輸出額で第2位になったこともある。北朝鮮国営企業の「優等生」だ。

アジアプレス作成

「茂山鉱山」の城下町の現状は、ここに住む前出の男性が調査した。

「国内の製鉄所向けに少量を採掘しているほかは、稼働がストップしました。会社はガソリンを買うカネもなくなり、車両を商売人に貸し出して小金を稼いでいる有り様です。採鉱職場の労働者の食糧配給は昨年3月に停止。7月には中国米4~5キロが支給されましたが、その後は10月末まで何もないままです。食えなくなった労働者の中には、別の稼ぎ口を探すために職場を離脱する人が続出した」

男性が言う「職場離脱」とは、実は“事件”である。

北朝鮮では、成人男子は国によって配置された職場に必ず勤めなければならない。1990年代の経済破綻によって、国営の工場や企業の大半では給与も食糧配給もなくなってしまったが、政治思想集会や奉仕労働に動員し、日常の行動を管理するために労働者は職場に縛り付けられる。

出勤簿を毎朝チェックするのは「保安署」(警察署)の仕事だ。茂山鉱山は、推定1万人の労働者に食糧配給と給与支払いが何とか維持されていた数少ない優良国営大企業だった。そこで職場離脱が起きたという。

昨年7月、男性は調査のために鉱山に勤める友人の家を訪れた。そこで出勤を促しに来た保安員と出くわした。

中国側から見た茂山郡の露天掘りの鉄鉱山。日本の植民地時代に開発され東洋最大の鉄鉱山と言われた=2012年3月(撮影・アジアプレス)

「その保安員は、友人の家の困窮した様子を見て、すごすごと引き返しました。欠勤・早退する労働者たちは、山に入って薬草や山菜を採って売り、何とかやりくりしている。出勤しても空腹で重労働ができない者が多いのです」

茂山郡は「困難地域」に指定され、住民に「カミョン」と呼ばれる中国製の乾燥麺やトウモロコシがわずかに支給されるようになった。もう、人道危機の数歩手前というレベルだ。それでも、当局は統制を緩めなかった。秋以降、無断欠勤を繰り返す者を短期の強制労働キャンプ「労働鍛錬隊」に送り始めたのだ。秩序の弛緩を看過しないという金正恩政権の意思を見て取れる。

強制労働キャンプ「労働鍛錬隊」に送られる収容者たち=2008年9月、黄海南道(ファンヘナムド)の東海州(トンヘジュ)、撮影:シム・ウィチョン(アジアプレス)

男性はこの2月、さらにこんな現状を報告してきた。

「鉱山の労働者たちは出勤してもやることがない。それで『突撃隊』に編入されて東海岸の漁郎川(オランチョン)水力発電所の建設工事に送られています」

「突撃隊」とは、国家プロジェクトの建設労働専門の組織で、「隊員」は国営企業や青年団体から選抜される。

「現地では食事は出ますが、無給で、3~6カ月交代だそうです。行けばつらいことが分かっているので、みんな、病気のニセ診断書を作ったりして何とか避けようとしていますが、簡単ではないようです」

平壌の特権富裕層も没落

富裕層、特権層が集中する平壌はどうだろうか。

アジアプレスの中国人メンバーは昨年11月、平壌から出張で中国に出国してきた商社員から状況を聞いた。彼は、財布やバッグなどの委託加工の仕事を得るため、年に数回、中国に来る。アジアプレスとのミーティングは深夜の食堂を指定した。人目を避けるためである。

「輸出関連の貿易会社がたくさん潰れました。没落した『トンチュ』(新興成り金)、富裕層がたくさん出ています。特に石炭、鉱物をやっていた『基地』や商社は深刻。平壌はカネの流通が詰まっており、商売人は販売不振。場所代を払うと損するからと、市場に出るのをやめた人も少なくありません。客が減ってタクシーをやめた知人もいる。庶民の収入? ざっと半分になったと考えていいでしょう」

平壌中心部のアパート街の路上で商売をする女性たち。中央の女性は中国製のソーセージを売っている=2011年7月、撮影=ク・グワンホ(アジアプレス)

商社員が言及した「基地」とは何か。北朝鮮の外貨稼ぎナンバーワンの石炭を例に説明しよう。

北朝鮮には良質な無煙炭が埋まる炭鉱が数多くある。しかし、1980年代以降の経済不振で稼働が著しく低下した。2000年代前半、市場経済が急拡大する過程でカネを蓄えた新興成り金の「トンチュ」たちの中に、放置された坑道で人を使って採掘を始める者が現れた。

北朝鮮では私企業は許されないので、カネを払って権力機関の傘下企業であるという「看板」を買う。実質的には民間企業であり、国営企業と区別して「基地」と呼ばれるようになった。規模は30人から200人。機材も人件費も自己負担ながら、儲けはそのまま懐に入る。15年ほど前から始まった中国への石炭輸出ブームに乗って、「基地」は急増した。炭鉱の「基地」の経営者は「基地長」や「鉱主」と呼ばれ羨望の対象になった。「基地」は、カネを稼げる水産業や砂金採り、長距離バス運行など、数々の分野で出現した。

石炭鉱山の場合、「基地」が掘り出した石炭は貿易会社に売られ、中国に輸出される。資本主義式に運営される「基地」は生産性が高く、低迷を続ける国営炭鉱企業に並ぶ存在になった。

【48秒】北朝鮮と中国の国境 最新映像

制裁が厳格になる前年の2016年、北朝鮮は中国に約11.8億ドル相当の石炭を輸出した。これは対中国輸出額全体の45%に及ぶ。それが2017年の制裁強化で全面禁輸になった。 

採掘、選炭、機械保守、電気工、輸送、船積みなど、石炭産業のすそ野は広い。それらを含めると、全国で百万単位の人が石炭関連の仕事に就いている、と筆者は見ている。輸出が止まったことで、この人たちの現金収入が激減していることは容易に想像がつく。大型炭鉱が集中する平安南道(ピョンアンナムド)の取材協力者によると、制裁強化によって炭鉱周辺の市場は景気が一気に冷え込み、モノとカネの流れが滞っている。そして多くの「基地」が破産して消滅したという。

「(庶民は)制裁によって没落した『基地長』のことを『乞食長』、『鉱主』のことを『借金主』と呼んでいるのです。金正恩元帥は石炭のカネがなくなったので南朝鮮に接近したのだ、と口さがない人たちは陰口をたたいています」

平壌の中心部にある「モラン市場」の内部。女性たちは幅80センチの売り場のオーナーだ。写真の女性は中国製の傘を売っている=2011年7月、撮影:ク・グワンホ(アジアプレス)

金正恩体制の「統治資金」も直撃

北朝鮮では多くの貿易商社が、朝鮮人民軍や朝鮮労働党機関、人民保安省などの権力機関の傘下にある。その中で、「39号室」と呼ばれる特殊組織は、最有力かつ最大規模の機関だ。金正恩氏の統治資金調達を専門にしており、傘下に貿易会社や金融機関を抱えている。外国への労働者派遣も担う。

では、「39号室」は制裁でどんな影響を受けているのか。

その実態を取材するため、昨年3月から北部地域に住む取材協力者と相談を始めた。彼は労働党員で小企業の中堅幹部。ビジネスの世界にも人脈があった。その彼は調査対象に「モラン会社」を選んだ。

閑散とした吉林省の圏河通商口。経済特区の咸鏡北道・羅先(ラソン)とつながり、2016年まで往来するトラックが長蛇の列をつくっていた。最近は客待ちのタクシーばかり=2017年10月(撮影・石丸次郎)

「39号室」傘下に「楽園指導局」という組織がある。「モラン会社」はそこに所属する商社だ。本社は平壌。日本海に面する北朝鮮第3の都市・清津(チョンジン)市に支社もある。中国にも近いことから、支社では主に海産物や鉱物、衣類の対中輸出を手掛ける一方、輸入した中国製品を全国に流通させる拠点として営業を拡大させてきた。

中堅幹部の取材協力者は、清津市の支社に足を運んだ。すると、事務所は輸出不振で営業を停止し、建物は倉庫として商売人に貸し出されていた。支社の正職員は35人ほど。その下に多くの下請け・孫請けの事業所があるが、中国に輸出できる薬草を集めるくらいの仕事しか残っていなかった。人も去っていったという。

支社の正職員はこの協力者に次のように述べたという。

「毎月白米50キロと500元(約8000円)が支給されていましたが、2018年に入って打ち切られてしまった。貿易がまったくダメになって、テレビや電気釜、水槽、ベッドなど、これまで商売人に卸していた富裕層向けの中国製品のセールスをさせられている。1カ月に1000元(約1万6000円)の利益を上納するのがノルマ。超過分が収入ですが、達成できないと解雇すると言われています」

咸鏡北道の穏城(オンソン)郡南陽(ナミャン)労働者区を中国側から望む。静まり返っていた=2018年12月(撮影・石丸次郎)

平壌の特権層が直撃受ける

北朝鮮の対中貿易は、安い人件費で国民に生産させたものを輸出し、その利益は金正恩体制の統治資金に充てられる。それとともに、高位特権層で分配される仕組みだ。貿易が止まれば、民衆から搾取するシステム自体が壊れるため、特権層は大打撃を受ける。

そうした特権層の1人とも中国で接触できた。北朝鮮の有力貿易会社の幹部。取材は、アジアプレスの中国人メンバーが担当した。

――これからどうなりますか?

その問いに対し、幹部は言葉少なにこう語った。

「貿易がしんどいのは言うまでもないことだろ? これから大変なのは平壌の高位層だ。地方の庶民は、苦しくても日銭商売や日雇い仕事で食べていけるけど、高位層はカネの出所自体がなくなったんだ。こんな状態が続けば大事になるかもしれない。不満は大きい」

「大事」が何を意味するのかは語らなかった。海外に駐在しているこの幹部は、政権の信頼が厚い「忠誠分子」のはずだ。そんな人たちにも不満や動揺が募っているのだろうか。

平壌市民の大半は商行為で生計を立てている。写真は中心部のモラン区域のアパート街で物売りをしている様子=2011年7月、撮影:ク・グワンホ(アジアプレス)

実際、制裁強化による外貨不足は、政権運営にも影響を与えている。アジアプレスの取材で把握できた事例を紹介しよう。もちろん、これらは全体像の一部にすぎない。

① 2017年末から始まった身分証明書の切り替えが遅延。今年2月にようやく完了した。
② 指導者の生誕日や建国記念日などに「金正恩元帥からの贈り物」として全住民に支給される「祝日特別配給」が、昨年4月15日の金日成生誕日からなくなった。
③ 金正恩氏が最優先建設プロジェクトと位置付ける白頭山麓の三池淵(サムジヨン)観光特区建設が資金難で大幅に遅延。鉄筋が禁輸措置で不足している。
④ 資金難と燃料価格の高騰で車両を動かせない軍部隊が増えている。軍隊が物資の移動に牛車や木炭車を使っている。

インフレは発生せず 民衆の苦難は続く

2017年末に経済制裁の強化が始まった時、筆者はインフレの発生を予測した。外貨不足は必至なので、北朝鮮ウォンが下落すると考えたのだ。ジンバブエやベネズエラのように数十万%に及ぶハイパーインフレが発生すれば経済は大混乱だ。

ところが、中国元の交換レートは安定を続け、ガソリン、軽油の価格が乱高下した以外に、大きな物価上昇はなかった。食糧、日用品の価格の値上がりは20~30%の範囲内だ。

昨年11月頃から、平壌を除く地方都市の多くで、住民地区への電気供給が悪化した。「停電ならぬ『絶電』だ」と住民たちは嘆いている。資金難に苦しむ政権は、建設支援や学校整備などの名目で、住民から頻繁に現金を外貨で徴収している。「毎月100中国元(約1600円)は取られる」と取材協力者の女性は言う。これは平均的な庶民の1カ月の世帯収入の3~5割に当たる。

「稼ぎは大きく減って苦しいが、餓死者が出たという話はどこからも聞かない。庶民は皆、商売をして自力でなんとか食べている」

今回の調査を担った取材協力者たちはこう口をそろえ、「かつてのように座して死ぬような人間は、今の北朝鮮にはいない」と語っている。

この「北朝鮮内部報告」の最後に、今の実情を示すデータなどを示しておこう。

2018年の北朝鮮国内の主な物価と中国元交換レートの推移。アジアプレスの取材協力者が市場で調査した。100円=約7500~7700北朝鮮ウォンで推移していた(アジアプレス作成)


石丸次郎(いしまる・じろう)
1962年、大阪府出身。フリージャーナリスト集団「アジアプレス」の大阪事務所代表。北朝鮮取材では同国内に3回、中朝国境地帯に1993年以来約100回。これまで約1000人の北朝鮮の人々を取材。


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