ヨーロッパの西端に位置する国・アイルランドにほぼ毎日、米軍の飛行機が飛来しているという。白い機体の“民間機”に米兵や弾薬を載せて、である。アイルランドは外国と軍事協定を結ばない「中立国」だ。それなのに、北米―中東を往復する米軍の中継地点となっているという。カメラを抱えて向かった先は、首都・ダブリンから車で約3時間離れた「シャノン空港」だった。(文・写真・動画:大矢英代/Yahoo!ニュース 特集編集部)
【動画】空港内で抗議するデモ参加者ら
民間空港に1日2回、“米軍機”
平日の昼間、シャノン空港の旅客ターミナルは静かだった。利用者の姿は多くない。BGMも流れていない。
北米大陸に近いシャノン空港は1945年の開港以降、欧州と米国の懸け橋として多くの旅行者に利用されてきた。しかし、近年は首都にあるダブリン国際空港の拡大が進む一方、シャノン空港の利用者減少は著しく、地元議員が「危機的」と言うほどだ。最近の年間利用者数は約175万人。日本の空港と比較すると、石川県の小松空港と同じ規模だ。
そんなアイルランドの地方空港が「米軍問題」の現場だという。ターミナルを見渡しても米兵はいない。「軍」を思わせるものも見当たらない。
売店でアイリッシュ・ウイスキーを売る男性に聞くと、「今朝も米兵たちが200〜300人、来ていたよ。朝8時くらいだったかな。たくさんウイスキーを買ってくれた」と話す。「米軍機はここで給油をして、また飛んでいく。どこから来て、どこへ行くのか? さぁ、知らないね。尋ねたこともない」
カフェで働く20代の女性は「米軍の飛行機は1日に2回くらい来る」と話す。
「事件や犯罪を起こすわけじゃないし、ただのお客さんね。でも、(米軍に)反対しているおじいちゃんたちはいる。ときどき、空港でデモをしています」
空港内で「反対デモ」
到着ターミナルに行くと、横断幕を掲げた人たちが「米軍はシャノン空港から出て行け」「アイルランドに外国軍はいらない」などと声を上げていた。
警備員の一人が横断幕をむしり取り、「空港内で無許可のデモは認められていない。すぐに出ていきなさい」と言うと、デモの男性が即座に詰め寄った。
「国民としてこの状況を許すんですか。私たちは中立国の国民なのに、米軍が戦争のために私たちの土地を使っているんですよ」
米国から来た元陸軍兵もいた。警備員に向かって「この空港は戦場に続いている。アメリカ市民として米軍を止めたい」と言うと、警備員は怒鳴った。
「ここは米軍基地じゃない、給油しているだけだ!」
問題の発端は2001年9月、米同時多発テロから始まった米国主導の「対テロ戦争」だった。米軍の飛行機が自国内の基地からイラク、アフガニスタンなどへと行き来する際の給油地点として、アイルランド政府は米国にシャノン空港の利用を許可したのだ。
当時、国連安保理の合意を得ないまま戦争を主導する米国や英国に対し、世界各地で激しい反対の声が上がった。アイルランドでも首都・ダブリンで大規模な抗議デモが何度も行われ、参加者は一時約10万人にまで膨れ上がった。
中立を堅持するのか、「対テロ戦争」を支えるのか。アイルランドでは当時、この議論が国会でも沸騰。とくに2003年のイラク戦争開戦時にはシャノン空港の「提供継続」をめぐって、「提供をやめれば米英に敵意を向けたとみなされ、アイルランドの外交は危機に直面する」と主張するバーティ・アハーン首相(当時)側と、「戦争を支持する法的根拠が乏しい」「アイルランドの中立に反する」とする議員側の激論が続いた。基地提供の継続の賛否を問う投票は、賛成77、反対60だった。
あれから20年近く。反対運動は縮小したが、米軍とシャノン空港の役割に大きな変化はない。「提供」が始まってから今まで、米軍はほぼ毎日やってくる。
“米軍機”はどこからどこへ?
問題の「米軍機」とは、どんな飛行機なのだろうか。
滑走路を見渡せるフェンスに沿って、「アイルランドの中立を守る会」の代表メンバーの1人、エドワード・ホーガンさんに案内してもらった。
見えるのは全て民間機だ。戦闘機やヘリコプターなどは見えない。「一見、普通の飛行機に見えるでしょう?」とホーガンさんが指さす先には、白い飛行機が駐機していた。尾翼には「オムニ・エアー」の文字。
「米軍が借り上げた民間機で、だいたい300人くらい米兵が乗っています。ここを中継地点として、クウェートなどの軍事基地に向かう。ここで軍用機に乗り換え、イラク、ジブチ、シリアなどでの軍事活動をしているんです」
ホーガンさんが続ける。
「米軍がシャノン空港の使用を始めた2001年、私は大学院の博士課程に在籍中でした。米軍が強制的に使用したのではなく、中立国アイルランドの政府が許可を出したことに憤慨しました。しかも国民の承認を得ずに……。同級生たちに呼び掛けて抗議行動を始めたんです。シャノン空港で何が起きているのかを伝えるために、ウェブサイトを立ち上げ、ニュース記事の配信を始めました」
ホーガンさんの自宅を訪ねた。ソファにゆったりと腰かけ、パソコンの画面をのぞき込む。赤々と燃える暖炉。時折、薪のはじける音がする。ホーガンさんが扱っているのは、機体の識別番号で経路を調べられるウェブサイト「フライトアウェア・ドット・コム」だ。
「見てごらん。やっぱりあの飛行機は中東の基地から来ていた」
検索結果によると、シャノン空港で見た機体はアラブ首長国連邦(UAE)の「アル・ダフラ空軍基地」からシャノン空港に飛来。2時間半滞在し、米国メーン州の軍民共用空港「バンゴー国際空港」へ向かっていた。
過去の記録を見ると、この機体は中東やヨーロッパの軍事基地を転々と飛んでいる。例えば、2018年11月17〜19日に離着陸した空港は、米国のボルティモア・ワシントン国際空港(民間)、クウェート国際空港(軍民共用)、アル・ウデイド基地(中東最大級のカタール空軍基地)、米国テキサス州・ビッグズ陸軍基地、そしてシャノン空港などだ。ドイツやトルコなどの米軍基地もある。
この飛行機の所有者は、民間企業「オムニ・エアー・インターナショナル」だ。
同社は、米国オクラホマ州東部タルサに本社がある。1993年設立で、従業員は850人以上。1999年に米国防総省と契約し、米兵や軍関係者にサービスを提供している。米軍関係が年間収益の約70%を占め、残り約30%には世界有数の軍事企業・レイセオン、日本の防衛省なども含まれている。巨大な「軍産複合体」の中の一企業だ。
戦場を知る元軍人の立場で
ホーガンさんは高校卒業後、アイルランド国防軍に入隊した。国防軍が1960年代に国連平和維持軍に参加したことが魅力だったという。最初の派遣先は1966年、内戦さなかだった地中海の島国・キプロス。1973年には第4次中東戦争の混乱が続くシナイ半島へ派兵された。
「たくさんの死体と破壊を目撃しました。状況は不安定、地雷除去も未完了で、およそ30人の部下や仲間が死亡しました。常に危険にさらされていました」
その後、アフリカや中東など20カ国以上で停戦監視や選挙管理の任務に就く。忘れられないのは1995年、ボスニア紛争だという。
「混沌とした状況でした。紛争で家族や親戚を失った人たちにたくさん出会いました。通訳を務めてくれた女子大生は『爆撃で友だちが目の前で粉々になった』と。その10年後、再びボスニアで任務に就きましたが、人々はまだ戦争の記憶とトラウマに苦しんでいました。ある女性は『私の心の傷は一生治らない』と」
「戦争で破壊された建物や橋などは修理できますが、人々の傷を癒やすことは不可能だと気付かされた。言うまでもなく、戦争で殺された人たちを生き返らせることもできません。平和は非暴力によって構築されることが重要だと学びました。いま、世界の国々は、平和のために戦争はやむを得ないと言います。それは間違っています。しかも中立国である私たちが、戦争を支えているなんて」
いったい、「中立国」とは?
一般的に「中立国」とは「あらゆる他国間の戦争に参戦しないこと」と理解されている。アイルランドの場合は「どこの国とも軍事同盟を結ばないこと」であり、同国外務省の公式サイトにも「アイルランドの軍事的中立性は、国際平和と安全を発展させるためのもの」と明記されている。アメリカとヨーロッパ諸国が加盟する軍事同盟「NATO(北大西洋条約機構)」にも非加盟だ。
そうした「軍事的中立性」と「シャノン空港の米軍への提供」は両立しない————。ホーガンさんらの主張は、そこにある。
地元市民グループ「シャノン・ウォッチ」によると、2002〜17年、シャノン空港を離着陸した米兵は約250万人に達する。アイルランド政府に出された「武器弾薬の持ち込み」申請は2017年に限っても334件。このうちほぼ全てが許可された。
シャノン空港の提供は憲法と国際法に違反するとして、ホーガンさんは2003年、アイルランド政府を相手に裁判を起こした。「憲法違反」では敗訴したが、「国際法違反」については、裁判所は「中立性に違反している」として訴えを認めた。だが、空港の使用中止など政府に対する命令は発せられなかったという。
中立国でありながら、米軍の軍事作戦を支え続ける矛盾。このような状況を、アイルランドの若者たちはどう感じているのだろうか。
シャノン空港から車で約30分。公立のリムリック大学を訪ね、歓談中の学生に「シャノン空港の米軍利用について意見を聞きたい」と声を掛けた。
法学専攻3年の男子学生は「その問題は『オープン・シークレット』、つまり誰もが知っていることです。アイルランドの中立は支持しますが、中立とは名ばかりになっています」
ビジネス専攻の1年生は「アイルランドは中立国なのに、米軍の軍事活動を支援している今の状況は(国是と)矛盾している。戦争に巻き込まれないためには中立でいることが大事」と語る。
ビジネス専攻2年の女子学生は、こう言った。
「米軍の活動を支援するのは中立国として矛盾だと思います。でも、米国のような巨大な国家に対して、アイルランドのような小国が『ノー』と言えない現状も理解できます」
世界の米軍基地問題を考える国際会議
2018年11月には、米軍問題を考える国際会議がダブリンで開かれた。「それぞれの地域の問題」として考えられてきた米軍問題を「国際問題」として捉え直そうという初の国際会議だ。米軍基地は世界各地に800以上あり、会議にはオーストラリアや中東、アフリカ、アジアなど35の国・地域から住民や議員、元軍人など約300人が参加した。
各国が抱える米軍問題はさまざまだ。
ケニア出身のアン・アタンボさんは、アフリカ代表として登壇した。
アフリカ大陸の各地に進出する米軍の配置図を見せながら「豊かな天然資源が狙われている。米軍基地を置き、米国の軍事戦略に加担することでテロの標的になっている。すぐに基地を撤去すべきだ」と訴えた。
米国から参加したジョー・ロンバルドさんは「米国人だからこそ、率先して『世界からの米軍基地撤去』を訴えなければならない」と言った。
「(莫大な防衛予算は)食料や住宅を必要とする子どもたちや市民のために使われるべきです」
3日間にわたった国際会議の最終日。男性に声を掛けられた。「日本について、どうしても分からないことがあるのですが……」。この会議を主催した1人、アイルランド人のトム・クリリーさんだ。教員としてダブリン市内の学校で歴史を教えている。
日本は戦後、日米安全保障条約を結び、「日米同盟」を選択した。「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため」(日米安保条約第6条)として、日本国内には現在も約130の米軍基地が置かれ、それらはベトナム戦争やイラク戦争などの出撃拠点になってきた。クリリーさんの疑問は、それに関するものだという。
「第2次世界大戦で日本は米軍の激しい攻撃を受け、広島・長崎に原爆を投下されましたよね? 沖縄戦では多くの民間人が死亡しましたよね? それなのにどうして、日本人は国内に多くの米軍基地を置かせ、米軍の戦争を支え続けることができるのですか」
【動画】国際会議の様子と参加者らの声
大矢英代(おおや・はなよ)
琉球朝日放送記者を経てフリーランスジャーナリスト、ドキュメンタリー映画監督。ドキュメンタリー映画「沖縄スパイ戦史」(共同監督)が劇場公開中。同作品で第34回山路ふみ子映画賞・文化賞受賞。現在、フルブライト奨学金制度で米国・カリフォルニア大学バークレー校在籍。
Twitter:@oya_hanayo/ウェブサイト