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幸田大地

延滞者17万人「奨学金」に追い詰められる若者たち

2016/03/04(金) 17:11 配信

オリジナル

学生時代に借りた資金の返済が、卒業後も長期間、重くのしかかって生活を圧迫していく――。そんな奨学金制度の在り方が広く社会で問われるようになってきた。学ぶための資金が、なぜこんな問題を引き起こすのか。取材を進めるうちに見えてきたポイントがある。借りるときは学業を支援する「奨学事業」としての姿が前面に押し出され、20歳前後の若者に最大で月10数万円の資金を貸すという「金融事業」としての実像が見えにくくなっている点だ。借りたお金を返すのは当たり前だが、その大原則の周辺で生じる歪み。奨学金問題の歪みを追った今回は、埼玉県に住む1人の女性の話から始めたい。(Yahoo!ニュース編集部)

300万円の一括返済を迫られた

「裁判所から呼び出しがあったときは、すごいびっくり。人生、終わった、と」

そんな言葉が口を突いて出た。富田久美さん(仮名)、30歳。2Kのアパートで1人暮らしを続けている。

最初に裁判所から通知があったのは、2013年2月だったという。学生時代に独立行政法人日本学生支援機構(支援機構)から借りた総額316万円の奨学金。「毎月1万6000円の返済を20年間続ける」という約束が果たせなくなって返済が滞り、とうとう支援機構側が裁判所を通じて一括返済を申し立てたのだという。

最終的な手段として、裁判所を通じた「支払督促」が行われる(撮影:林建次)

一括返済の総額は、遅延損害金も含め、334万円になる。

富田さんは2003年春、東京の私立大学に入った。ところが、家庭の事情で、授業料が未納になってしまった。実家からの援助も途絶え、富田さんの日常は一変する。

学生課とも相談し、まず、支援機構の利子付き奨学金(第2種奨学金)を毎月10万円借りることにした。それでも未納の授業料や生活費をカバーしきれない。昼間は学校に行き、夕方からは飲食店でアルバイト。仕事は朝5時まで続き、少し仮眠してまた大学へ行く。1年間の休学もして進級に必要な学費を貯めたという。

大学時代に借りた奨学金がいまも富田さんを苦しめている(撮影:林建次)

結論から言えば、学業と学費・生活費稼ぎは両立しなかった。休学後にキャンパスへ戻ってくると、「なんで自分だけお金に苦労しているのか。ならば、その元を切ってしまえばいい」とも感じ、自らの判断で大学をやめた。その時点で支援機構からの奨学金は316万円。資格は「高卒」のままでありながら、重い負担が残った。

滞納の末「ブラックリスト」に

この30年間、日本では世帯収入が伸び悩む一方、学費は上昇を続けてきた。社会全体の貧困化も進み、若者の生活環境を直撃してもいる。親元を離れ、かつ、「親の援助」によって学生生活をまっとうできる若者は、限られた存在になりつつある。

毎年100万人以上の若者が奨学金を利用している

日本最大の奨学金実施主体である「支援機構」のデータによると、2015年度(平成27年度)の奨学金利用者は、全国で約134万人に上った。10年前の3割増、人数で言えば35万人も増えている。

一方で「延滞者」も目立ってきた。貸与奨学金は社会人になってから返済の義務が生じるが、支援機構のデータによると、3カ月以上の延滞者は約17万人にもなる。

奨学金の返済に追われている若者も少なくない(撮影:幸田大地)

それにしても、富田さんのように30歳にもなって、なぜ裁判所で支援機構と向き合うような事態が起きるのだろうか。実は、富田さんもそうだったように、支援機構は延滞者に対し、貸し金の返還を求め、滞納者には督促を行う。督促しても返済がなければ、裁判所を通じて返済を求める。このプロセスは、通常の貸金業務と何ら変わらない。

支援機構でこの問題を担当する石川和則課長は、こう話す。

「多重債務によって自己破産に陥ることを防ぐためにも個人信用情報機関に登録し、延滞情報を共有することで新たな貸し付けを防ぐといった教育的観点からです」

奨学金の問題が日々の生活に影響を与えることもある(撮影:幸田大地)

信用情報機関との情報共有――。つまり「ブラックリスト」への登録である。そうなると、借りた側はクレジットカードなどの利用が難しくなり、生活設計が大きく狂ってしまう。富田さんもその境遇に陥った。

そうした先に裁判所を介した「支払督促」がある。支援機構によると、その件数は2014年度だけで8495件にのぼる。

「入口と出口がねじ曲がっている」

「少しでも学びたい」「親に頼らず、卒業したい」という思いを抱え、20歳前後で「奨学金」に頼った人たちが後年、貸金訴訟の被告になってしまう。しかも、そのリスクは奨学金を借りるとき、ほとんど認識されていない。その点にこそ問題がある、と専門家は言う。

借りた学費を返すために食費を切り詰める人もいる(撮影:幸田大地)

聖学院大学のキャンパスは埼玉県上尾市にある。政治経済学部政治経済学科の柴田武男教授に話を聞いた。金融市場論が専門で、奨学金問題にも詳しい。

柴田教授は「奨学金の入口と出口がねじ曲がっている」が持論だ。どういう意味なのか。少し説明してもらった。

「(貸与奨学金は)10代の若者に何百万円の借金を無審査で貸し出すのです。どこの大学に行くかわからないし、まして(将来の)職業なんかわからない。だから入り口は奨学金の性格。ところが出口の返済になると、金融機関の論理がむき出しになる。ちゃんと返済しなかったら遅延損害金をつけますよ、払わなかったら裁判にかけますよ、親から取り立てますよ。まさに金融の論理になる」

奨学金を借りた者は月々の返済をしていかなければならない(撮影:幸田大地)

入口は学びを助ける奨学事業。出口の返済では、金融業。その落差が奨学金問題の根本にある、との指摘だ。

支援機構は一般の金融機関ではないが、貸付金の原資の6割を返済資金で賄っているという。支援機構にすれば、返済が滞ると、新たな奨学金を出せなくなるというジレンマがある。

奨学金の財源の6割が返還金で占められている

「奨学金という名前がよくない」

同じ埼玉県には、奨学金問題を考えるネットワークがある。弁護士を中心に2013年から活動を続けてきた。返済に苦しむ人たちへのアドバイスや駅頭での宣伝のほか、制度の改善策なども話し合う。

ある日の会合には、奨学金担当の高校教員も参加していた。

「4年間借りて(大学卒業後に)返済することになるけど、月々の返済額がいくらになるか、ほぼ分からない」と教員は明かす。進学に際して奨学金に助けを求める高校3年生自身、借り入れと返済の内容を把握できていないというのだ。

相談に応じる埼玉奨学金問題ネットワークの鴨田譲弁護士(撮影:林建次)

いくら借りて、いくら返すのか。それすら分からない状態で、「利子付き奨学金」の利用は始まり、若者を将来にわたって苦しめる、と同ネットワークのメンバーたちは訴える。

そのうえで、返済義務のない「給付型奨学金」の創設が必要だと強調した。同ネット事務局長の鴨田譲弁護士によると、経済協力開発機構(OECD)加盟34カ国のうち、大学の授業料が無償の国は17カ国を数える。ちょうど半数だ。

さらに「給付型奨学金」をみると、国としての制度が存在しないのは日本とアイスランドの2カ国しかない。アイスランドは授業料が無償だから、「授業料有償+給付型奨学金なし」は日本だけだという。

約20年かけて、大学時代に借りた奨学金を返していく(撮影:幸田大地)

奨学金返済の悩みを抱える若者の声をもう1人紹介しよう。

千葉県に住む酒井弘樹さん(仮名)、23歳。大学卒業後、公務員になり、2015年秋から返済が始まった。手取り20万円ほどの給与から、毎月1万6000円が返済で引かれていく。返済総額は約404万円。250回払いで、完済は40歳すぎになる。

この月々の返済額、多いか少ないかは、人によって見方が異なるはず。酒井さん自身は就活で苦労したこともあって、フリーターの状況で返済するとなったら、自分も延滞しただろう、と感じている。けがや病気も心配だが、保険料を考えると、生命保険にも入れない。

酒井さんの返済が完了するのは40歳すぎの予定だ(撮影:幸田大地)

そしてこう付け加えた。

「奨学金という名前がよくない。お金で困っている貧困層の学生にお金を貸し付けますよ、ほかの民間より利率が安いですよ、というのであれば......。返せない方はそこを勘違いしてしまうのでは。『奨学金』だとお金がもらえると思ってしまう。自分もそうだった。安易だった」

※冒頭と同じ動画

[制作協力]オルタスジャパン
[写真]
撮影:幸田大地、林建次
写真監修(幸田撮影分):リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝

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