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澤田晃宏

なぜベトナムの若者は日本の技能実習生になるのか――ハノイで見た「それでも」行く理由

2018/12/20(木) 07:42 配信

オリジナル

外国人労働者の受け入れを拡大する改正出入国管理法が成立した。新設する在留資格「特定技能1号」の約半数は、技能実習生が移行する見込みだ。国会では劣悪な労働環境下で働く実習生の実態を問題視する声が上がったが、その実習生の数は増加の一途をたどっている。日本を目指す彼らもSNSなどで現場の実態を知ることはできる。全てではないにしても、劣悪な実態があることを知りながら、なぜ日本を目指すのか。技能実習生の最大の送り出し国、ベトナムの首都ハノイを歩いた。(文・写真:澤田晃宏/Yahoo!ニュース特集 編集部)

入国前に厳しい集団生活

空が白み始めた。5時45分、起床のベルが鳴る。5分もしないうちに、ベトナムの若者たちが、続々と校舎から出てきた。日本とベトナムの国旗がプリントされたおそろいのユニホームを着込んでいる。筆者を見つけると立ち止まり、大きな声で「おはようございます」と言って礼をする。すぐまた後ろの若者も……。

ここはハノイ市内の日本語研修施設。技能実習生として日本に行くことが決まった若者が、渡航前に日本語や日本文化を学ぶための場所で、約3カ月~半年間の共同生活を送る。この日は校庭に約350人が集まってきた。午前6時きっかりにラジオ体操が始まった。

校庭に実習生が入りきらず、ラジオ体操は二度に分けて行われていた

ラジオ体操が終わると、点呼だ。列の先頭に立つ者が声をかけ、前から順に1人ずつ「イチ」「ニ」「サン」「シ」と、テンポよく大きな声を上げる。点呼が終わった列の若者は、体育座りのまま、全ての点呼が終わるのを黙って待っていた。

案内のベトナム人スタッフが口にした。

「軍隊式の生活です」

ベトナム人スタッフは「日本で働きたいベトナムの若者はまだまだ多く、日本からの求人も増えるばかり。ここだけではおさまらず、新しい研修施設を建設中です」と話す

5時45分の起床から、夜の22時45分まで、日課がぎっしり組まれている。授業は日本語だけではない。日本文化や日本での生活やマナーなどもこの研修施設で教わる。

「技能実習生の大半はベトナムの地方出身の高卒や中卒の若者です。厳しい集団生活を経験させないと、日本での生活についていけません」(先のベトナム人スタッフ)

日本でのごみの分別方法なども学ぶが、文化的背景が全く異なる両国。「他人の家の敷地内になっている果物を食べてはいけない」「沼などで魚やカエルを捕まえて食べてはいけない」――そこから授業を始める学校もある。

訪れた日本語研修施設の階段はどこもこのように、一段一段、単語カードのように日本語のフレーズがベトナム語訳とともに表示されている。中にはこんなフレーズも……

施設内にある寮を覗くと、部屋には2段ベッドが七つ置かれていた。一つのベッドで2人寝ることもあるというから、最大で1部屋28人だ。ベッドには薄手のござが敷かれているだけで、マットレスもない。体は休まるのだろうか。

それでも、ブランケットは枕元に整然とたたまれ、廊下の洗濯物は列を乱さず天井からぶら下がっていた。

実習生の寮

受け入れ側の日本企業では、入国時の日本語能力として、日本語検定4級レベルを期待するところも多く、それに応えようとすれば半年程度はかかる。この研修施設では、日本語力は毎週テストされ、その都度、日本側の企業に結果が送られているという。

この取材でハノイに滞在中、別の二つの送り出し機関の日本語研修施設にも足を運んだ。授業や施設の内容は、どこも同じようなものだった。実習生は少なくとも3カ月程度、こうした研修施設で共同生活を送る。

送り出し機関関係者によれば、そんな大変な生活を乗り越えて日本にやってくる実習生は、多ければ100万円以上もの手数料を送り出し機関に払うという。

そうして得られる職は、ほぼ最低賃金に近い仕事だ。外国人技能実習制度の運営支援を行う国際研修協力機構(JITCO)の調べ(2017年度)によれば、ベトナム人を含む実習生の時間給は「714~800円」が全体の5割を占める。901円以上は10%に満たない。月収にすれば15万円前後だ。

何も知らないわけではない。ベトナムの地方でもインターネットにつながり、先に日本に渡った家族や友人から情報を得ている。多額のお金を払い、厳しい寮生活を乗り越え、それでも最低賃金レベルの仕事しかない日本を目指す理由は何なのか。

日本で働くベトナム人技能実習生は2013年以降、急増した。厚生労働省の公表データをもとに編集部作成(図表:EJIMA DESIGN)

日本の技能実習には夢がある

ハノイ市内から車で約1時間半。ハイズオン省のある村に向かった。高層ビルも立ち並ぶハノイ市内とは風景が一変し、田園風景が広がる。村の人々は、日本だけではなく、韓国や台湾など、多くが海外に働きに出るという。自宅で取材に応じてくれた日本の元技能実習生のグエン・ヴァン・ダットさん(31)もその一人だ。

日本に来る実習生の大半は高卒や中卒だが、ダットさんは大学を卒業した珍しいタイプだ。しかも、ベトナムでは最難関校の一つである国立ハノイ工科大の出身。高校時代は約200人中、上から2番目の成績だったという。そんな彼がなぜ、実習生として日本に行くことを決意し、実際にそうしたのか。

「日本のヤマハ発動機のベトナム法人から内定をもらいましたが、ベトナムで働く気はありませんでした。ベトナムの大卒としては最高クラスの初任給を提示されましたが、それでも5万円くらいです」

自宅で取材に応じたダットさん。奥さんと2歳の娘と暮らす

ダットさんは実習生として日本に行くために、合計5000ドル(約55万円)を送り出し機関に払ったという。ベトナム労働総同盟(VGCL)傘下の労働組合研究所のアンケート調査によれば、ベトナム人労働者の平均年収は6636万ドン(約32万円)。どれだけ高額か分かるだろう。

ダットさんはハノイの日本語学校で半年間の研修を受けた後、2012年3月に東海地方の大手工作機械メーカーの実習生として来日した。給料は月約13万円、寮費などを引かれた手取りは約9万円だった。「ベトナムの大卒としては最高クラスの初任給」の倍近くを稼いだ。

現在も日本の勉強は欠かさないという

「生活費として使ったのは2万円程度です。最低6万円は貯金できました。仮に送り出し機関に払うお金をすべて金利の高い銀行から借りたとしても、1年以内に返済し、3年間で年金の脱退一時金も合わせて200万~300万円を国に持って帰ることができる。これがベトナムの若者が日本に期待する平均的な夢でしょう。ハノイ市内では難しくても、地方ならそれだけのお金があれば、まだ家が建ちますし、お店を開くことができます」

ベトナムで平均年収を超える額を借金しても、3年間の出稼ぎでその5倍近いお金を持って帰ることができる。日本人の感覚に置き換えれば、500万円くらい借金しても、3年後にはそれを返済したうえで、さらに2500万円程度持って帰れるということだ。確かに夢がある。

日本を目指す理由には、歴然とした両国の経済力格差がある。

ハノイから車で1時間程度かかるフンエン工業団地には、たくさんの日系企業が進出している

それだけではない。

「日本で技術を学び、日本語が話せるようになると、ベトナム国内の日系企業から高いポジションで採用してもらえます」

ダットさんは現在、フンエン工業団地にある日系企業の生産技術課長として働いている。月収は1200ドル。ベトナムの国内企業のサラリーマンとしては、考えられない月収だという。

外務省の海外進出日系企業実態調査(平成30年要約版)によれば、ベトナム国内の日系企業数は1816拠点。近年は毎年8%前後ずつ増加し続けている。

ベトナムに帰っても、日本での経験を生かして、ベトナム企業より賃金の高い日系企業で働ける――そんな希望も、日本を目指す実習生の増加を後押ししているようだ。

ベトナムの10代は日本よりも韓国に憧れる

ただ、ベトナムの若者にとって、稼げるのであれば、必ずしも日本である必要もない。

ハノイ市内の韓国語学校を訪ねると、学長のグエン・クアン・ドックさん(31)が「来年中にベトナム全土に韓国語学校を開きたい」と語ってくれた。留学や働く目的で韓国を目指す若者が増えているという。

ベトナム人にとっては「日本語を学ぶより、韓国語のほうが簡単だ」と話すドックさん

「20代半ばより上の世代は、ドラゴンボールやONE PIECE、名探偵コナンが大好きで、日本への憧れが強い。一方で今の10代はK-POPの影響で韓国への憧れが強い。特に女性はそうだ」

韓国は2004年に単純労働者の受け入れのため、「雇用許可制」(EPS)を導入した。韓国政府が労働者を送り出す側の国の政府と協定を結び、韓国国内の雇用情勢を見ながら受け入れ人数を決め、外国人労働者を受け入れ企業に割り振っている。

韓国で働きたい外国人は母国で語学試験や健康診断を受け、就労支援センターに登録。韓国企業から採用されれば、雇用契約を結ぶという流れだ。語学試験を受けるために語学学校などに通う必要はあるが、日本を目指す実習生のように軍隊式の共同生活を送ることはない。韓国では現在、約28万人の外国人がEPSを利用して働き、そのうち約4万人はベトナム人だ。ドックさんは言う。

ベトナム人は親日的で国民の平均年齢が28歳と若い。日系企業の進出も目立つ

「最大5年間しか働けない日本の技能実習と違い、転職が認められ、雇用期限も9年8カ月に延びています。残業もたくさんできて、25万円以上稼げることもある」

条件だけを聞いていると、韓国のほうがいいことばかりだ。それでも実習生として日本に行く若者が多い理由は何なのか。

「韓国で働きたくても、就労支援センターに登録してから実際に採用されるまでに最低半年、長ければ2年かかる。日本なら半年後には働き始められる」

そしてドックさんはこう続けた。

「EPSは韓国とベトナム政府の国同士が直接つくった受け入れの仕組みで、中間マージンなどを取るブローカーの入るすきがない。日本の技能実習制度はその逆で、送り出し機関やブローカーの大きなビジネスになっている。彼らによって情報がどんどん広がっていて、認知度が高い」

実習生が払う手数料が高額になる構図

なぜ日本の技能実習制度が「ビジネス」になるのか。ベトナム・ハノイにある送り出し機関5社の幹部クラス職員7人に話を聞いた。

ある送り出し機関幹部は「人を紹介すればお金がもらえるということがベトナムじゅうで知れ渡っていて、ひどいところでは村長や学校の先生がブローカーになっているケースもある」と明かす。実習生1人当たり送り出し機関がブローカーに500~1500ドルを払うという。

ベトナムでは実習生から徴収できる送り出しにかかる手数料は上限3600ドルと決まっているが、別の送り出し機関幹部は「守っているところはほとんどない」と話す。実習生から1万ドル以上を手数料として取るところもあるという。

冒頭に出てくる校舎内。埃も目立たず、綺麗に保管されている清掃道具に厳しい教育が垣間見えた。掃除は一日2度、行われる

日本の「監理団体」へのキックバックも大きな負担だと、この幹部は言う。日本の技能実習生の受け入れには企業単独型と団体監理型の2種類あるが、約97%は「監理団体」が実習生を受け入れる団体監理型で、傘下の企業などで技能実習を実施する。監理団体は許可制で、営利を目的としない商工会議所や農業協同組合などの団体がなる。実習生を受け入れたい企業は監理団体を通し、母国の送り出し機関に応募した外国人労働者と雇用契約を結ぶのだ。

幹部が続ける。

「どこの送り出し機関から人を採るかは、監理団体が決めることです。実習生が増え、送り出し機関が乱立し、日本の監理団体への営業競争も強まっています。そのため、監理団体の一部では見返りを求めてきます。彼らからすれば、どこから人を採ろうと同じですから。人気のある水産加工や電子部品の組み立てなどは1人当たり1500ドル、人気がない建設や縫製も1人当たり500ドル程度はキックバックを渡しています」

日本企業の面接に向けて待機する実習生。採用が出れば、日本語研修施設での共同生活が始まる

キックバックはもちろん、技能実習生が失踪した際の補償料を求められることもあるという。

監理団体がこうした手数料や報酬を得ることは法律で禁止されている。

実際にキックバックを渡した経験のある送り出し機関の代表者はこう話す。

「基本は手渡しです。ベトナムでは日本人の非居住者は銀行口座を作れないため、愛人や、ベトナムにつくったペーパー会社に送金することもあります。そうした利益を得られるのは、監理団体といっても理事長などごく一部です」

監理団体が企業を連れてベトナムへ面接に来た際の接待費も負担になる。

「食事に市内観光、マッサージと夜の日本人向けのKTV(日本で言うキャバクラ)までは基本セット。希望があれば旅行やゴルフに連れていくこともあります。すべてベトナムの送り出し機関側の負担です」

ハノイ市内にある日本人向けKTV。在籍している女の子の多くは少なからず日本語が話せる

こうした費用が重なった結果、手数料はどうしても高くなる。それを負担するのは技能実習生として日本を目指す貧しい地方の若者だ。

技能実習生の保護を掲げ、監理団体の許認可権を持つ外国人技能実習機構は、こうした実態を把握しているのか。電話取材に対し、担当者はこう答えた。

「報道等で間接的に把握はしているが、個別の事案については現在調査中で、お答えできない」

同機構によれば、これまで監理団体の許可の取り消しや改善命令が出された例はないという。

冒頭に出てくる施設。壁には所狭しと日本語とベトナム語で表示された標語が掲示されていた

手数料の平均は8000ドル

ハノイで面白い若者に会った。チャン・テ・アインさん(27)。2014年から3年間、技能実習生として日本に来た経験もある。

日本語を学ぶベトナム人の間で、彼はちょっとした有名人だ。実習生として日本に滞在中、時間を見つけては日本語学習の独自教材をユーチューブにアップした。音楽に合わせて日本語とベトナム語を交互にしゃべる独自の内容は、評判を呼んだ。実習生として来日中に作ったファンページには約10万人の登録があった。

とび職として実習にきていた当時のアインさん。さらなる実習生の実態を調べようと、YouTube上で実習生へのインタビューを公開することを考えている

今では送り出し機関の幹部も務める彼が、今年5月、Facebookを通じて手数料に関するアンケートを募った。

51人から回答があり、支払った手数料の平均は8040ドルだった(3人は未記入)。手数料に関する公的な調査結果が見当たらないなか、貴重なデータになった。

アインさんは言う。

「1万ドル以上払っている人も13人いました。いくらキックバックや接待にお金がかかるといっても、取り過ぎです。最大で1万5000ドルと回答した人もいましたが、それなら日本に行っても借金の返済だけで終わってしまう。失踪する人が出てくるのも、背景にはこうした問題があります」

在ベトナム日本国大使館によれば、この10月、日越外交関係樹立45周年事業の一つとして行われたセミナーには、留学や技能実習での訪日を希望する若者、送り出し機関の関係者ら約240人が集まった。

彼らを前に大使館の代表者は、こう話している。

「日越両国の交流の拡大は大変喜ばしいことであり、多くのベトナム人の若者が日本で働いています。しかし、留学・技能実習の急増により問題も生じています。技能実習生の失踪者数はワースト1位で、全体の半数以上をベトナムが占めています。昨年の刑法犯の検挙件数はベトナムがワースト1位です」

実習生は入国後の最初の1か月は再び日本語や日本文化の教育を日本側の受け入れ団体から受ける

そして、こう続けた。

「ベトナムの若者は夢や希望を抱いて訪日しており、決して最初から犯罪をしようと思って日本に行っているのではなく、犯罪せざるを得ない状況に追い込まれています。ベトナム、そして日本において、悪徳ブローカー、悪徳業者、悪徳企業がばっこしており、ベトナムの若者を食い物にしています。日本におけるベトナムのイメージ、そしてベトナムにおける日本のイメージが悪化することを懸念しています」

ノイバイ国際空港から帰国の途に就いた。日本行きのチェックインカウンター付近には、たくさんの実習生が家族や恋人と写真を撮り、別れを惜しんでいた。たまらず、涙を流す若者もいる。それでも彼らは家族の期待も背負い、日本に向かって旅立つのだ。


澤田晃宏(さわだ・あきひろ)
ジャーナリスト。1981年、神戸市生まれ。関西学院高等部中退。建設現場作業員、出版社勤務、フィリピン・マニラの英語学校勤務(マーケティングマネージャー)などを経てフリー。進路多様校に関する問題、外国人労働者に関する問題を精力的に取材している。