文藝春秋

「心の中って自由なんだぞ」――松尾スズキの意地と覚悟

10/27(土) 7:00 配信

劇作家、演出家、俳優、映画監督など数々の顔を持つ松尾スズキ。「大人計画」を旗揚げし、松尾スズキを名乗り始めてから今年で30年になる。松尾のもとで宮藤官九郎、阿部サダヲ、星野源ら多くの才能が育った。だが「俺が発掘したっていう意識はない」と言う。売れっ子が輩出し続ける背景には何があるのか。仕事帰りによく立ち寄るという、四谷の裏通りのスナックで、創作への思いを聞いた。
(ライター・兵庫慎司/Yahoo!ニュース 特集編集部/文藝春秋)

自分ひとりで責任がとれるから、小説は手放したくない

多忙なスケジュールの合間を縫って、松尾が力を注いでいるのが小説だ。浮気がばれた男が巻き込まれる騒動を描いた『もう「はい」としか言えない』を2018年6月に刊行したほか、『小説現代』8月号には、同シリーズの新作となる『108』を書き下ろしている。

「小説は今、書いていてすごく充実感があるんですよね。今年になって、また人の小説を読むようになったのも大きいかもしれない。植本一子さんや西村賢太さんの私小説を、むさぼるように読んでいて。それから芝居とか映画とか、人を巻き込んで動いていく仕事ばかりやっていると、小説のように自分一人で全部責任が取れる仕事もいいな、これは手放したくないな、と思うようになりました」

『もう「はい」としか言えない』は、第159回芥川賞候補に選出された。候補になるのはこれで3度目。受賞は逃したが、いわゆる純文学然とした文体ではない、笑いの要素の強いこの作品が、芥川賞の候補に入ったこと自体が異例だとも言える。しかし、受賞を狙って笑いのないシリアスな作品を書くことに、当人は意欲的ではない。

「そうやって当てにいくって、なんかサムいというかね。シリアスな小説も書いてはみたいんですけど、『ああ、当てにいったな』と思われるのがイヤなんですよ。だから、『もう「はい」としか言えない』のような小説で芥川賞を取れれば、それ以降はもう『当てにいったな』とは思われなくなりますよね。そうなるのが理想なんです」

「大人計画」という居場所を見つける才能が、彼らにあった

福岡県北九州市で生まれた松尾は、地元の大学に進学し演劇研究会に入った。

卒業後は会社員として働くも挫折し、26歳のときに転機を迎える。

交際していた女性との凄惨なケンカの末、家を出ると街の様子に違和感を覚えた。
人が少ないし、空気がどんよりしている。

1989年1月7日、家に戻りテレビをつけると、ケンカの間に昭和が終わったことを知った。松尾はその女性に「あんた芝居しかほめられたことないんだったらもう観念して芝居やんなさい」と言われ、大人計画の旗揚げに至った。

それから30年間、劇作家・演出家のみならず、俳優や映画監督や作家としてさまざまなジャンルで作品を生み出してきた。さらに「大人計画」では、宮藤官九郎、阿部サダヲら、いくつもの才能を発掘している。皆川猿時、荒川良々、平岩紙、近藤公園といった俳優たちの活躍もめざましい。

舞台『業音』(撮影:田中亜紀)

松尾が講師を務めた演劇のワークショップ出身では、芥川賞作家で演出家の本谷有希子や、演出家・劇作家で俳優のノゾエ征爾などが世に出ている。

「でも、俺が誰かを発掘したんだ、っていう意識はないんです。阿部だって普通にオーディションに来ただけ。当時はオーディションに来たら誰でも入れていたから(笑)。だから、俺に才能があったっていうよりも、むしろ、『大人計画』という居場所を見つける才能が、彼らにあったんじゃないかな」

作品のオーディションであれ劇団員の募集であれ、来る者は拒まなかった。

「当時の『大人計画』なんて、誰も知らないじゃないですか。阿部とかトラックの運転手をやめて、『大人計画』に入るわけですよ。どんな展望を持っているのか、俺ですら分からないような劇団なのに、そこに来ちゃう才能があったんじゃないかなと思いますよね」

おもしろいことを前に逃げるのはかっこ悪い

2014年、宮藤官九郎にインタビューをしたとき、松尾はとにかく「何をやりたいの?」「何かやれば?」と言う人だった。「あ、そうか、何かやらなきゃ」と思って、何かをやってきた結果、今の自分がある──。彼はそう言っていた。

「発掘した」という意識は当人になくとも、「後続にチャンスを与える」人ではあるのだろう。阿部サダヲは入団して半年にも満たないうちに、松尾脚本の深夜ドラマに抜擢されている。

劇団員の評価について松尾はこう振り返る。

「彼らには、『おもしろいことのためだったらなんでもやる』という気概は、最初からあったような気はします。当時、自分たちで映像作品とかも作っていて、いま思うとけっこう危ないこともやっているんですけど。でもみんな、おもしろいことを前にしたら、『はい』としか言えないというか、『おもしろいことを前に逃げるのはかっこ悪い』みたいな意地があったと思う。人前に出たからにはタダでは終われない、みたいな」

高校生のときに松尾のエッセー『大人失格』に衝撃を受け、のちに「大人計画」の舞台に立った星野源もその一人だ。

「でも、星野が今みたいなことになるとは思わなかったよね。今、芝居やってて、本番終わって、星野が楽屋に挨拶に来たら緊張するもん(笑)」

所属俳優たちがそれぞれ売れっ子になっても移籍することもなく、30年の長きにわたって続いているのは、極めて稀なことだ。しかし松尾は、淡々とこう言葉にする。

「続けてこられた理由は、なんとか食えたから、というところに尽きると思います。自分のやりたいことを曲げずにこられたのが、一番大きいかな」

宮藤官九郎にも大いに刺激を受けた。

「俺がここまで頑張ったと思っても、宮藤はその間に三つやってるみたいな状況をみると、まだ休みたくないなという気持ちになりましたね」

「せっかく自分のもとに来た人たちなので、なんとか食えるようにならないかな、と。でも去年、自分の舞台で平岩紙に主役をやってもらった時点で、その役目はだいたい終わったなって思いました。30年やったということと、平岩が主役を終えたというのは、何か、自分の中で区切りになっているような気がしますね」

心の中の自由さを提示し続けたい

一定の役目を果たし、劇団は次の展開を見据えていくこととなる。

その前に、節目である今年2018年の12月に、「大人計画」と自身の30周年イベント『30祭』が行われる。

「今年が平成30年で、「大人計画」が30周年、だから俺が『松尾スズキ』って名乗り始めてから30年、ということに気がついて。じゃあ普段やったことがないことをやりたいなと思って」

思いつきの発言に会場のスパイラルも乗り気になり、コンサートだけでなく、「大人計画」の歴史を舞台写真で見ることができる、博覧会やトークイベントも開催するなど、話が大きくなっていった。周年イベントは、なかなかやらない松尾だが、淡々と、でも楽しそうに語る。

「『ここはイベントやりどきだな』と。40周年はもう体力的に厳しいだろうし、しかもちょうど平成が終わる年だし、久々にお祭りをやりたいな、という気持ちになって。今、劇団っていうものがどんどん地味になっていってる時代だから。『劇団だって派手なことができるんだよ』というか、少しは夢のあることをやりたいなと」

この30年で創作を取り巻く環境は変化した。ハラスメントやポリティカル・コレクトネスへの配慮は欠かせなくなった。
15年ぶりに再演した舞台『業音』でも、交通事故、介護、貧困、売春といったテーマを笑いのネタとして扱うなど、不謹慎さを面白がってきた松尾にとって、逆風ではないのか。

「心の中の自由さみたいなものを、自主規制しているみたいな風潮があるような気がするんですよね」

「フィクションの世界だとそれはないので。だからどこまでも不謹慎にやってやろうじゃないかというのはありますよね。心の中って自由なんだぞっていうのは提示し続けたいと思います」


松尾スズキ
1962年福岡県生まれ。劇作家、演出家、脚本家、小説家、俳優、映画監督、コラムニストなど。1988年に「大人計画」を旗揚げ。もっともチケットが取れない人気劇団の一つに育て上げながら、宮藤官九郎、阿部サダヲ、皆川猿時、荒川良々等の数々の才能を世に送り出す。1997年、『ファンキー! 宇宙は見える所までしかない』で、第41回岸田國士戯曲賞を受賞。作・演出を手がけた舞台多数、映画『ジヌよさらば』(2015年/監督・脚本・出演)やテレビドラマ『ちかえもん』(NHK、2016年)など、出演作品も多数、小説家・コラムニスト・エッセイストとしての著作も多数。2018年は、長編映画としては4本目になる監督作品を制作中でもある。
大人計画30周年を記念した「30祭」が2018年12月18日~30日、南青山スパイラルで開催される。 

動画制作:株式会社メディアストリーム


この記事へのご感想やご意見、または「Yahoo!ニュース 特集」で今後取り上げてほしいテーマをお寄せください。

Facebookコメント

表示

※本コメント機能はFacebook Ireland Limited によって提供されており、この機能によって生じた損害に対してヤフー株式会社は一切の責任を負いません。