伊藤詩織

「この子が人生の光であり、未来」――母となったコロンビア元ゲリラ女性

9/12(水) 7:06 配信

武器を捨てた彼女がその手に抱いたのは、わが子だった。2016年、それまで50年以上続いていたコロンビアの内戦に終止符が打たれた。政府との間に和平合意を結んだ左翼ゲリラFARCは、ジャングルを出て村に移り住んだ。女性兵士の割合が4割だった彼らの間では今、ベビーブームが起きているという。母となった今、元ゲリラの女性はどう平和をかみしめているのか。今年4月、元ゲリラの村を取材した。(文・写真=伊藤詩織/Yahoo!ニュース 特集編集部)

元ゲリラの村

元左翼ゲリラ「FARC」の村の入り口

大きな雨粒が容赦なく屋根と地面を叩く。コロンビア人の彼らには日常で慣れたものだろう。雨音に負けじと大音量の音楽を張り上げ人々は踊り続けていた。

4月下旬、雨期のさなかだった。コロンビアの首都ボゴタから約500キロほど南下した、コリナスと呼ばれる地域。元ゲリラ兵士たちが暮らす村だ。ボゴタから夜行バスでグアビアレ県の県都サン・ホセデルグアビアレへ。そこからFARCの元メンバーが運転する車でジャングルの舗装されていない道を3時間走って、ようやくこの村にたどり着いた。

この日は、元女性兵士に取材する予定だった。だがそこから防弾仕様の車に乗せられ突然連れて行かれたのは、誰かの家だった。50人以上が集まり大きなケーキ2つを囲んでいた。誰かの誕生日パーティなのだろう。半数は子どもたちだった。着飾り嬉しそうな女の子たちは少し緊張気味に男の子たちとサルサを踊っていた。

パーティの片隅にハンモックで気持ち良さそうに眠っている赤ちゃんを見付けた。ハンモックを揺らす女性に「かわいい赤ちゃんね!」と話し掛けると、バラが刺繍されたブラウスを着た女性はそっと笑った。

彼女の名前はミリアム、27歳。生後5カ月の男の子ジョンの母で、元ゲリラ兵士だった。13歳からずっとジャングルの中で戦ってきたという。

ミリアムと彼女の5カ月になる息子

「今まで私にとって武器が全てだった。どこへ行くときも武器を肌身離さなかったの。私を守ってくれる唯一のものだったから。でも今は違うわ。この赤ちゃんが私の全て。晴れの日も、雨の日も、雷のときだって一時も離れることなく一緒にいるわ」

家族のためゲリラになった少女

この村は、コロンビアの政府軍らと長い戦闘状態だった左翼ゲリラ「FARC(Fuerzas Armadas Revolucionarias de Colombia=コロンビア革命軍)」が2016年の和平合意をきっかけに、ジャングルから移住してきた。村には政府が用意した平屋の住居が並ぶ。

コロンビアの首都ボゴタからサン・ホセデルグアビアレを経由し、コリナスにあるFARC村に入った(図版製作:EJIMA DESIGN)

ミリアムは、FARCの拠点が近くにある「レッドゾーン」、いわゆる危険区域と呼ばれるエリアで生まれ育った。裕福とは言えないが、学校に通う日々を送っていた。

ある日、「パラミリタレス」(右派の武装集団)が突然、学校を襲撃した。中学2年生のときだった。理由は今も分からないという。当時、コロンビアは内戦の真っただ中で、政府軍、右派・左派のゲリラが入り乱れて殺し合いを続けていた。

この日を境に、ミリアムは自分と家族の生命の危険を具体的に感じるようになった。父親もパラミリタレスの標的にされていると知り、彼女はFARCに兵士として志願し入隊した。自分がFARCに入れば、FARCが家族も村も守ってくれると考えた。それは当時の彼女にとって生き残る唯一の方法だったという。

FARCに入隊してから十数年間、「死ぬも生きるも覚悟する」生活を送っていたという。

「戦闘では今日ここで死ぬのか、それともキャンプに戻って明日を迎え戦い続けるのか。銃弾が降り注ぐそんな場所だもの。いつだって身の危険を覚悟していたわ」

実際に彼女は同じく戦士だった女友だちを戦闘で亡くした。妹を失ったとき、ミリアムは19歳になっていた。

「妹は13歳で戦士として死んだの。とても短い人生だった。でも、自分たちの守りたいもの、信じているもののために戦って死ぬこと以外に何ができる?」

ミリアムは誰かの命を奪ったことはあったのだろうか?

「弾が放たれ誰かに当たり、死ぬ。それが誰かを殺したか? あの弾が妹を殺したことを相手が知るすべがないように、分からないわ」

それが“死ぬも生きるも覚悟する”ということなのだろうか。幸運にもその弾がミリアムに当たったことはない。銃弾がかすめて制服が切れたことは幾度かあった。

それでもジャングルでの日常は楽しいものだったと振り返る。自由な時間には誰にも見つからない「隠れ場」にこもり医学や数学を勉強した。負傷した仲間を助けながら手当てを覚え、ナースとしても参戦した。後に「少佐」になり、戦闘に立つだけではなく、情報を集めに外部へ視察に出ることもあった。そしてキャンプに戻れば、普通の若者と同じように仲間と過ごしたという。

子どもを授かったことは想定外だった。

FARCでは避妊効果があるホルモン注射を定期的に行っていた。しかし2017年の初め、避妊注射を受けに看護師を訪ねると、妊娠3カ月だと告げられたという。それまでFARCでは妊娠すると、戦闘に参加できないため脱退するか、子どもを手放さなければいけなかった。中には強制的に中絶させられることもあったという。だが政府との間で和平合意がすでに成立していたため、子どもを産んで育てることが許された。

母親になって分かった気持ち

「今までの失うものが何もないときと比べると、母親になって状況は変わりました。今までだったらすぐに武器を手にとってジャングルに入れたけど、今は第一に子どものことを考えるようになった」

息子に授乳しながらミリアムは取材に応じてくれた

母になって自分の親の気持ちが分かるようになったという。子どもをゲリラ兵士として送り出すこと、終わりの見えない戦争へ行くことは、永遠の別れを意味していた。

「最近になって、13歳でFARCに入ることを決心して両親に話したときのことを思い出すの。お母さんは涙を流し、お父さんは一言も言わなかったわ。今なら両親の気持ちが痛いほど分かる」

そうミリアムは淡々と語る。彼女は子どものことを話すとき以外、あまり表情を変えない。

和平から約2年、ミリアムはこの村の婦人会の会長に就任し、村に唯一の教育機関を立ち上げた。さらに他の女性と協力しながら、村でオープンしたベーカリーでも働いている。

村にできた学校で学ぶ子どもたち

「この子が私の人生の光」

「わが子に平和と社会正義の中で生きてほしい。今までのように血の海の中では育ってほしくないわ。親なら誰だって子どもの幸せを願うでしょう? 私だって同じ」

ミリアムは和平合意が破棄されて、ジャングルでの戦闘に再び戻ることは、いつでも起こり得ると考えている。政治情勢の変化で、和平合意がどうなるか不透明だからだ。

「もしもまた政府軍が襲ってきたら、間違いなくこの子を連れてジャングルに戻り、戦うわ。この子を置いて見殺しになんてできないから。この子が一人で苦しむのは耐えられない。だから苦しむときは一緒に苦しみたいの。この子が連れて行かれたらどこまででも追い掛けるわ」

授乳を終えたミリアムは最後にそっと言った。

「この子が私の人生の光であり、私たちの未来だわ」

「今まで戦うことばかりだったから、村で学ぶことは多い」とミリアムは話す

50年以上続いた内戦

FARCは1964年、貧富の差に苦しむ貧しい農民たちが立ち上げた左翼ゲリラである。コロンビアは政府軍をはじめ右派左派の武装集団による内戦状態に陥り、死者は22万人に上るとされる。2016年、政府とFARCの間に和平合意が結ばれ、半世紀以上続いた内戦に終止符が打たれた。

この合意内容は、政府はFARCに国会の議席を与えること、住居を与えて村を作り市民社会への復帰を促すこと、FARC側は武装解除し、資金源としてきた麻薬の原料となるコカ農地を他の作物に転換することなどだった。

ミリアムの暮らす村でも、作物の栽培についての講習会が開かれていた。

農作物の育て方について学ぶ元ゲリラ兵士たち

この和平合意は国際的にも高く評価され、主導したサントス大統領(当時)はノーベル平和賞を受賞している。

コロンビアの人たちはこの合意をどのように見ているのだろうか。コロンビア人ジャーナリストのディエゴ・セニョールはこう語る。

「FARCがジャングルで戦いや争いを起こすよりも、彼らに市民として生活してもらうこと。また、ジャングルの中で独立国家のような全く別の行政を作り出されるよりも、国会で議員として活動してもらうほうがいい。それが一般的なコロンビアの人々の思いでは」

一方でこうも言う。

「半世紀以上にも及ぶFARCがコロンビアにもたらした傷は癒えるには、ほど遠い」

和平合意に否定的な意見は、私がボコタの空港から市内へ向かう途中に乗ったタクシーの運転手からも聞けた。

「今までジャングルにいたFARCが、和平でボゴタ市内にも移り住むようになった。ゲリラが隣に住んでいるかもしれないと思うと、どこでテロが起きるのか分からなくて怖い」

ボゴタのスペイン語学校の男性職員もFARCに対して強い拒絶反応を示した。

「彼らが今まで市民にどんなに残忍なことをしてきたのか。そんな犯罪者たちをどうして政治参加させるのか」

多くの市民がFARCや右派勢力、政府軍入り乱れての内戦によって家族、友人、家を失った。内戦で住むところを失った国内避難民の数は、約770万人。シリアを抜いて世界でいちばん多い(国際連合難民高等弁務官事務所のレポートによる)。

合意内容は両者ともに十分に守っていない。社会復帰のための村も、全国に26あるFARCのキャンプ地のうち4カ所しか作られていない。村に移住しても、不満を抱いて再び銃を取りジャングルに引き返す者もいるという。また、今年4月にはFARCの元幹部がアメリカにコカインを10トンも密輸しようとして逮捕されている。

FARCの村。平屋の家が並ぶ

ミリアムと別れたあと、予定ではサン・ホセデルグアビアレまで戻ってホテルに宿泊するつもりだった。しかし大雨の影響で戻ることができず、急遽、村に泊まることになった。

取材に入る1週間前の2018年4月13日、エクアドルでFARCの残党に拉致されていたジャーナリストら3人の死亡が確認された。私の今回の取材についても、友人のコロンビア人ジャーナリストたちからは「一人で行くな。行くのであれば現地の人と一緒に行くこと」と強く警告されていた。

そこで友人のアンドレアが通訳として同行してくれた。彼女と2人、FARCの元メンバーたちと隣り合わせで、ドアも窓もない小屋でひと晩明かすことになった。「見張りがいるから心配するな」というFARC村のリーダーの言葉を信用するしかなかった。

村で2人が泊まった部屋。扉も窓もない。蚊帳の中にいるのがアンドレア。普段はボゴタでジャーナリズムを学ぶ

元ゲリラの村でベビーブーム

まだ外は真っ暗だというのにニワトリが騒がしく鳴きだした。夜が明け、村での聞き込みを始めると、大きなお腹を抱えながら洗濯をしている女性と出会った。

元女性兵士たちの間ではベビーブームが起きている。現在、人口約500人のこの村には生まれたばかりの乳児から小学生ぐらいの子どもが58人がいるという。だから、お腹の大きい妊娠中の女性とよく出会うのだ。

FARCの村の家。山奥にあってつくりは簡素だが、壁はトロピカル

洗濯している女性の家の軒先で立ち話をしていると、勝手口から「お客さん?」と明るいはつらつとした笑顔の女性が顔を出した。女性の義理の姉だという。名前はアンジェリナ。25歳というが、落ち着いた様子からもっと大人びて見える。

アンジェリナと息子

裸で遊んでいた息子に急いで服を着せながら私たちに話をしてくれた。この村の人々は共同で生活しており、ほとんどが数年前までジャングルで戦っていたFARCの元メンバーだ。アンジェリナもその1人で、もうすぐ2歳になる息子がいる。

「和平合意が結ばれて、私たちの生活は大きく変わったわ。今までのバッグの中に全て詰め込んでジャングルを移動していた生活から、今になって初めて『家』に住んでいるんだもの」

ベッドが二つと台所があるだけのひと間。そこに夫の弟夫婦と5人で暮らしている。シャワーとトイレは外で共同利用だ。

アンジェリナが同居している家族。近くまた子どもが生まれる

母の暴力から逃れて

アンジェリナは10人きょうだいの貧しい家庭で育ち、学校には行かせてもらえなかった。7歳のときに母が突然家を飛び出し、新しい父と戻ってきた。それ以降、母から暴力を振るわれるようになった。

親からの虐待できょうだいたちもどんどん家を出て行き、アンジェリナも家を出るために、11歳でFARCに入ることを決断した。それからずっとゲリラ兵士としてキャンプで暮らしていた。FARCに入ってから一度も家族に会っていない。FARCが新しい家族になった。

しかし、和平合意後に今の村に移り住み、最近になってフェイスブックを通じて兄と連絡を取ることができ、母とも再会できたという。兄はなんとFARCの「敵」であった政府軍に属していた。

村のすぐそばのジャングルには、ゲリラたちが住んでいたキャンプの跡が残っている。アンジェリナは「自然の中での寝泊まりは楽しかった」と言う

「FARCの中では男も女も関係なく戦う。みんな同じ仕事を分担してやっていかなきゃいけないから、外の世界のように、女は料理、洗濯しろっていうことはないの。だから私のパートナーとも自立したいい関係だと思う」

妊娠6カ月で10日間行進

アンジェリナの妊娠が分かった2016年の初めごろは、まだ戦闘状態が続いていた。他の兵士に妊娠を知られると、強制的に中絶させられる可能性がある。彼女は誰にも妊娠を告げなかったという。

「山の中を10日間歩き通す作戦も、妊娠6カ月でなんとかやり過ごしたわ。周りの隊員も和平合意が目前にあるとうすうす気付いていたから、何も言わなかったのね。そして今このおチビさんと一緒に暮らせるようになったというわけ」

村で唯一の学校の校舎。授業中、勉強に飽きてしまったのか男の子が外で遊んでいた

アンジェリナによると、戦闘の中で流産を経験した女性兵士も少なくないという。

「もしも和平合意にならず、出産して誰かにこの子を渡さなければならなかったとしたら、想像するだけで胸が痛くなる」

にもかかわらず新しい「家」での生活にはまだ慣れず、ジャングルでのキャンプ生活が恋しいという。

「家にはものが溢れているわ。今まではほんの少しの道具で生活できていたのにね」

アンジェリナの自宅。周りはジャングルだがテレビの放送も受信できる

アンジェリナは、和平合意や政府の対応を信じたことはないという。守られていない約束が多いからだ。

「今はこの村で平和に暮らしているけど、これから何が起こるかなんて誰にも分からない。それでも空から爆弾が降ってこないのは安心ね。今までは近くに政府軍がいると聞いたら朝早くに移動しなくてはならなかったし、交代で見張り役をして、こんなふうに安心してベッドで眠れることなんてなかったから」

アンジェリナにとって平和とは何なのか。

「人間としての権利を求めたときに暴力が起らないことね。でも、武器を使う戦争をしなくても政治を使って戦争している人はたくさんいる」

「今はとても幸せ。自分が一度も与えられなかった親からの愛をこの子に注げていることがとてもうれしいの」

アンジェリナの自宅の勝手口

和平反対の大統領が当選

現地取材から数カ月後、アンジェリナの不安が的中するような事態が起きた。

6月17日、大統領選挙の決選投票の結果、右派のイバン・ドゥケ(42)が次期大統領として選出され、8月7日に就任した。コロンビア史上で最も若い大統領になる。ドゥケ大統領は、FARCとの和平合意はFARCに寛大すぎると見直しを主張している。実際にそうなればFARCから反発が起こることが懸念されている。

コロンビアの未来はどうなるのか。上智大学外国語学部でラテンアメリカ地域を研究する幡谷則子教授は、こう話す。

「今回の選挙では、左派のキャンペーンに対する妨害行為はあったものの、1990年代と比べれば候補者殺害までの流血事件が起きなかったことは一定の評価をしてよいと思います。投票率が5割を超えたことは国民の関心の高さを示します」

「サントス大統領に贈られたノーベル平和賞には批判もありますが、国際社会がコロンビアの和平プロセスに関心を持ったことに意味があると思います。和平合意の内容に反対しているドゥケ氏であっても、国際社会に表明された和平合意の大枠を覆すことは難しいのではないでしょうか」

ゲリラ兵士から母になったミリアムとアンジェリナが再び戦場に戻ることになるのか、それは誰にも分からない。これから育つ子どもたちにとっての本当の平和とは――若き大統領にコロンビアの未来は託された。

(一部敬称略)

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伊藤詩織(いとう・しおり)
ジャーナリスト。平成元年生まれ。ロンドン在住でフリーランスとしてBBC、アルジャジーラ、ロイターなど、主に海外メディアで映像ニュースやドキュメンタリーを発信している。New York Festivals WORLD'S BEST TV&FILMS 2018ではデイレクターとして参加したドキュメンタリー番組『Lonely Deaths』(CNA)とカメラマンを担当した『Racing in Cocaine Valley』(Al Jazeera)が2部門で銀賞を受賞。性暴力被害についてのノンフィクション『Black Box』(文藝春秋)は第7回自由報道協会賞大賞を受賞し、5カ国語で翻訳が決定。

動画制作:岡村裕太


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