岡本裕志

高校球児は「練習しすぎ」なのか――時間短縮で問われる「効率」

7/29(日) 8:38 配信

高校野球と言えば「猛練習」のイメージを持つ人も多いだろう。平日は夜遅くまで、土日も練習試合で汗と土にまみれる。だが今、そんな練習スタイルにメスが入ろうとしている。スポーツ庁が今年3月、中学・高校の部活について「週休2日制」を提唱するガイドラインを策定したのだ。さっそく中学の部活では週休2日制が広がっている。果たして高校野球の猛練習も変わるのだろうか。(ライター・菊地高弘/Yahoo!ニュース 特集編集部)

昔は夜中の1時、2時まで練習していた

渡辺元智さんは横浜高校野球部監督として甲子園で春夏通算51勝、優勝5回。自身も右肩を痛めて選手生命を絶たれただけに、選手の体のケアについて関心が高い(撮影:神田憲行)

「昔は盆も正月もなく、365日練習をやっていた時代もありました。元日もみんなで野島公園に行って、体操したりしましたね」

そう語るのは、横浜高校前監督の渡辺元智さんだ。渡辺さんはコーチ時代を含め、1965年から2015年まで横浜高校で指導。1970年代、80年代、90年代、2000年代と各年代で甲子園優勝を勝ち取ったように、時代に応じてフレキシブルに指導法を変えてきた指導者でもある。横浜高校が甲子園の常連校になる前は、年間を通して猛練習に励んでいた時期があったという。

「監督に就任した初期の頃(1960~70年代)は、授業が終わってから全体練習が20時くらいまで。それから食事して、主力選手は22時までマンツーマンで指導。それから家に帰って、私の自宅に住み込みさせている部員は素振りをして、夜中の1時から2時くらいまで練習していました」

横浜高校だけが特別だったわけではない。かつては全国の強豪と呼ばれるチームはほとんど休みなく、練習に明け暮れる風潮があった。

全体練習より個人練習を重視

休養の重要性が浸透した現代では、さすがにここまで長く練習しているチームはない。日本学生野球憲章では「原則として1週間につき最低1日は野球部としての活動を行わない日を設ける」と定められており、週休1日は当たり前になっている。甲子園に頻繁に顔を出すような強豪私学でも平日は19~20時には練習を終え、その後は自主練習として選手の裁量に任せているチームが多い。

渡辺さんも「時代とともに選手の気質も変わってきて、それに伴ってムダを省くようになり、練習時間は短くなり、中身も変わってきました」と語る。

その一例が、全体練習が減り、個人練習が増えたことだ。

「昔は全員で監督が与えた練習メニューをこなす『やらされる練習』だったのが、今は選手個人が必要な練習に取り組む、自分の力を伸ばす方向にシフトしている。だから個人練習の時間が長くなっています」

横浜高校が個人練習を重視するようになったのは、松坂大輔(現・中日)を擁して甲子園春夏連覇を果たした98年頃からだという。

「松坂は『サボリのマツ』なんて呼ばれてましたけど、私からすると要領がよかっただけだと思います。決められた練習時間の中で集中してやっていましたから。個人練習で印象深いのは近藤健介(現・日本ハム)ですね。全体練習を終えるとすぐ室内練習場にこもって、バッティングケージで打撃練習する。あまりに長時間独占するので『お前だけのものじゃないぞ』と小言を言ったことがありました」

進学校の練習風景

では公立の進学校はどんな練習をしているのか。部活動に対して批判的な声の多くは、「学校は勉強を教えるところ」と指摘する。とくに進学校ともなると、保護者から「部活はいいから勉強の時間を確保して」という声が学校に届くという。

相模原高校野球部の佐相眞澄監督。かつては中学軟式野球部の監督を務め、全国大会に導くなどアマチュア野球界では名将として知られる(撮影:岡本裕志)

神奈川県内有数の進学校である県立相模原高校の佐相眞澄監督は、「学校は進学塾じゃない」と力説する。

「授業だけでは人は育ちませんよ。授業と部活動の学校生活を通して、生徒と教師が魂をぶつけ合う中で、成長するわけです。教師だって生徒に教わることも多い」

佐相監督が相模原高校に赴任して今年で7年目になる。赴任当時、校長からは「学校に核になる部がないからつくってくれ」と言われたという。野球部が2015年春の神奈川県大会で準優勝を飾るなど強くなっていく過程で、学校全体の雰囲気も変わってきた。

「野球部が率先してあいさつや校内清掃する姿を見て、周りの子がまねし始めるんです。今は野球部だけじゃなく、学校全体で活気が違いますよ。そうしてみんな自分の学校に誇りを持てるようになっていく。勉強だけやっていても、母校愛なんて芽生えません」

佐相監督は今年で60歳。「生徒から教えてもらって、教師も成長できる。こんなにいい仕事はありませんよ」と語る(撮影:岡本裕志)

部活動が学校の雰囲気を変えることは、前任の県立川崎北高校でも体験したことだった。だからこそ佐相監督は危機感を隠さない。

「このまま部活動を軽視した流れが強まると、学校がただ勉強を教えるだけの場所になる。もちろん、部活動は課外活動ですが、グループの中で人間関係をつくり、自分を高めることができる。これ以上ない学びになるんですよ」

陸上部とグラウンドを共用し、練習時間は2時間半から3時間半ほど。19時30分が完全下校のため、それまでに必ず学校から出なくてはならない。練習では複数の班に分かれてローテーションでメニューを消化するなど、効率を高める工夫をしている。

学業をおろそかにすることもない。野球部からは横浜国立大、筑波大などの国立大、さらに早慶などの有名私大への合格者を出している。

野球と勉強を両立すべく、厳しい入試を突破し入学する相模原高校の選手たち。2週間ごとに自身の目標を設定し、ベンチに置かれたボードに書き込む(撮影:岡本裕志)

週休2日、1日2時間練習のガイドライン

高校野球界の「練習時間短縮」の流れを加速させる出来事があったのは、今年の3月19日。スポーツ庁によって「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」が策定され、運動部に「週休2日制」の導入と練習時間の短縮を推進したのだ。ガイドラインの「3 適切な休養日等の設定」にはこのように記されている。

〈学期中は、週当たり2日以上の休養日を設ける。(平日は少なくとも1日、土曜日及び日曜日(以下「週末」という。)は少なくとも1日以上を休養日とする。週末に大会参加等で活動した場合は、休養日を他の日に振り替える。)〉

〈1日の活動時間は、長くとも平日では2時間程度、学校の休業日(学期中の週末を含む)は3時間程度とし、できるだけ短時間に、合理的でかつ効率的・効果的な活動を行う。〉

7月1日付けの朝日新聞によると、32都府県の教育委員会が中学校の運動部に週2日の休養日を設けることを方針に盛り込んだ、もしくは盛り込む予定であるという。

相模原高校のグラウンドに掲示された標語。「学校は公立 野球は私立」とは、公立高校として学業に励みながらも、野球は強豪私学に気後れすることなく戦う精神を表している(撮影:岡本裕志)

5月9日放送のテレビ番組『あさイチ』(NHK)でガイドラインの特集が放映された直後、スポーツ庁には約5000件もの電話がかかってきたという。その多くは「自分が部活をやっていた当時はこうだったのだから、しっかりやるべきだ」という抗議だった。

そもそもガイドラインは何のために存在しているのだろうか。スポーツ庁政策課学校体育室の益永直樹室長補佐は言う。

「多くの方に誤解されていますが、このガイドラインは今の部活動を否定するものではありません。少子化が進んでおり、競技や地域によっては単一の学校で活動するのが難しい時代になっています。一方で、静岡聖光学院ラグビー部のように、週3日の活動で練習時間が1時間~1時間半にもかかわらず全国大会に出場するようなチームもあります。今まで以上に効率よく活動できるのではないかと考え、ガイドラインは作られました」

ガイドライン作成に当たって参考にした医学的なデータ・研究報告によると、週16時間以上スポーツ活動をしている選手にスポーツ外傷・障害の発生率が高いという。さらに疲労骨折で病院を訪れた16歳前後のアスリート208人のうち、71.3%が週6日以上スポーツ活動をしていたというデータもある。

高野連「これから検討したい」

ただし、ガイドラインには強制力があるわけではない。実際にガイドラインを取り入れるかどうかは、各地域の教育委員会や学校法人の判断に委ねられている。その一方で、スポーツ庁は中央競技団体にガイドラインに沿った指導手引を作成するよう求めている。

日本高等学校野球連盟の竹中雅彦事務局長は、「今のところ連盟として加盟校に通達は出していない」と語る。

「高校の運動部も原則適用するということなので、これから委員会で討議していくという段階です。ただ、公式戦があるなかで週休2日は可能なのか。また練習時間を制限することで、専用球場を持つ強豪校と、他の運動部とグラウンドを共用する学校との差がさらに開かないかという懸念もあります。時間をかけて検討して、高野連として独自の方針を打ち出したいと考えています」

相模原高校は今夏の北神奈川大会でベスト8に進出。優勝候補の東海大相模高校と競り合ったがサヨナラ負けを喫した(撮影:岡本裕志)

ガイドラインが触れていない視点から疑問を唱える人物もいる。スポーツトレーニング研究者の小俣よしのぶさんはこう指摘する。

ガイドラインに欠けているもの

「成長特性という観点が抜けています。たとえ16歳でも、生物学的には18歳以上という『早熟』な子もいれば、まだ成長ピーク期を迎えていない『晩熟』な子もいる。高校生の年代はこうした成長特性が表れやすいので、それを一律に考えてしまうのはどうなのでしょう」

小俣さんの見解では、野球部の練習は「効率が悪い」と言う。

小俣よしのぶさんは東欧やキューバの育成システムに詳しく、とくにジュニアアスリートの育成について研究している。サッカークラブ・いわきFCのアカデミーアドバイザーも務める(撮影:岡本裕志)

「野球の指導者から『野球は陸上競技や水泳などと違って道具を多く使うスポーツだから、道具のスキル練習がたくさん必要』という話を聞きます。でも、それは幼稚園から小学校の段階である程度、習得されるものなんです」

「運動のための神経のネットワークは、子どもの段階でさまざまな運動体験をして体に刺激を与えることでできていきます。高校生にもなればそのネットワークができあがっている場合もありますので、そのような状態で同じことを繰り返しやっても体は刺激慣れしているので効果が薄いんです」

小俣さんは「高校生の年代で必要なのは実戦です」と語る。実は冒頭の横浜高校前監督の渡辺さんも「選手が一番うまくなるのは試合です」と語っていた。ガイドライン通り、週末(土・日曜日)の1日を休養日にするということは、実戦経験が減ることを意味する。効率を求めるあまり、本来必要であるはずの実戦の機会をガイドラインが奪ってしまう可能性がある。

小俣さんがアドバイザーを務めるいわきFCの育成年代では、自分の体を自在に扱うためのメソッドを取り入れている。「小学校の体育の授業が『楽しさ』を優先しており、子どもの身体能力を高めるという機能を果たしていないので」と小俣さんは語る(撮影:岡本裕志)

全体練習1時間半未満の学校

「短時間で効率よく練習する」という課題に真っ向から取り組んでいる高校野球部もたくさんある。中でも指導者が練習の見学に相次いで訪れているのが、山梨県立都留高校の野球部である。

都留高校は明治33(1900)年に設立された伝統校で、野球部の出身者にロッテのリリーフエースとして活躍した小林雅英がいる。2007年春には21世紀枠で選抜大会に初出場した。現在は柏木洋和監督が率いて、コンスタントに山梨ベスト8以上に進出している。

都留高校の野球部員は練習の準備がスピーディーで、会話も早口。それは試合での攻守交替時に、短時間でいかに有意義なやりとりができるか訓練しているからだという(撮影:岡本裕志)

都留高校の平日の練習を見ていると、16時30分から全体練習が始まり、ウォーミングアップ、キャッチボール、実戦形式のバント、ケースノックと進み、17時50分には選手が個別に練習を始めた。つまり、全体練習は1時間30分に満たないのだ。個人練習を終えた選手たちは、19時までにグラウンドを後にする。

練習時間を単に短く設定しているだけではない。効率を上げるために、例えばミーティングの時間を極力減らす努力をしている。高校野球の練習ではその途中や締めに監督が選手を集めてグラウンドでミーティングをすることがある。都留高校ではそのようなシーンは見られなかった。柏木監督は言う。

「グラウンドは動くところ。ミーティングをやると効率が悪くなるので」

都留高校野球部の柏木洋和監督。自身も同校の野球部OB。筑波大では左投手として活躍。卒業後は社会人の名門・日本生命に入社した(撮影:岡本裕志)

グラウンドでミーティングをしない代わりに、無料通信アプリ「LINE」を活用して、監督が気づいたことを文章にして、部全体で共有しているという。

柏木監督が短時間練習にこだわるのは、社会人野球の名門・日本生命時代の経験が大きかったという。

「練習の負担から肋骨を3回も疲労骨折したんです。大学時代は3時間ほどだった練習時間が社会人では朝から夕方まで続きました。要領よく対応している選手がいる中、僕はうまく適応できなかったんです」

練習しすぎてケガをすれば、結果的に練習ができなくなる。柏木監督は「頭を使う時間と体を使う時間を分けられれば、全体練習は2時間もあれば十分」と語った。

都留高校の練習メニューは選手たちが決め、練習前にボードに掲示する。毎週月曜日の昼休みにはランチミーティングがあり、選手と監督が練習内容をすり合わせる(撮影:岡本裕志)

練習時間は短縮傾向に

では、全国の野球部の練習時間はどのくらいだろうか。今年4~5月に日本高等学校野球連盟と朝日新聞社が硬式野球部を持つ3957校を対象に調査したデータによると、平日の平均練習時間(早朝や個人練習も含む)は、「3時間未満」が50.4%にのぼった。5年前の2013年(43.6%)に比べると、7ポイントも増加している。ガイドラインが目標とする「平日2時間」とはまだ隔たりがあるが、練習時間が短くなっていく傾向にはあるようだ。

冒頭の渡辺さんは多くのプロ野球選手を育ててきた。その実績からこう語る。

「一流のアスリートは自分の限界に挑戦するからこそ一流になれると考えています。その考えとは矛盾するかもしれませんが、体を壊してまでやる必要はないと思うんです」

環境も方針も違う4000校近い高校の野球部が納得できる最適解は見つかるのか。ガイドラインをきっかけに、球児の体と野球界の未来について考えてほしい。

都留高校野球部は今夏の山梨大会では準々決勝に進出。優勝した山梨学院高校と接戦を演じ、4対8で敗れた(撮影:岡本裕志)


菊地高弘(きくち・たかひろ)
1982年生まれ、東京都育ち。野球専門誌「野球太郎」編集部員を経て、フリーの編集者兼ライターに。元高校球児で、「野球部研究家」を自称。著書『野球部あるある』シリーズが好評発売中。アニメ「野球部あるある」(北陸朝日放送)もYouTubeで公開中。2018年春、『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)を上梓。

[写真]
撮影:岡本裕志
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝


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最終更新:7/31(火) 14:56

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