いま、30代の引きこもりは22万人以上いるという。その人たちがそのまま50代になったら? 頼りの父母らが80代前後になり、働けなくなったり他界したりしたら? そのとき、引きこもりの当事者はどうなるのだろうか。ある当事者は「親が死んだら自分も死ぬしかない」と言う。80代の親と50代の引きこもりの子ども。そんな「8050問題」が、いよいよ社会に広がろうとしている。「自己責任だ」として社会は彼らを見放していいのか、何か手立てを講じるべきか。孤立感と焦燥感を深める当事者を訪ね歩いた。(Yahoo!ニュース 特集編集部)
親子の関係悪化で将来の話ができない
東京都豊島区に住む大橋史信さん(38)は、小学校3年生の頃から引きこもりだったという。転校をきっかけに学校でいじめに遭うようになり、登校の足が遠のいた。以来、約30年。「回復途中」とはいえ、今も引きこもりだ。
父は70歳、母は69歳。両親と同居しているため、日々の暮らしは何とか成り立っている。それでも、この状態があと10年ほど続けば、「8050問題」の文字通りの当事者になる。
大橋さんは続ける。
「これからがすごく怖いです。親が年を取ってきたという不安。今後のこと。自分がどう生きていくか、家をどうするか。親と話しきってない」
引きこもりの始まった当時、大橋さんは「(両親は)話を聞いてくれない、一方的に考えを押し付けてくる、向き合ってもらえない」と感じていた。特に父と折り合いが悪く、大橋さんが包丁を持ち出して暴れたこともあったという。
そういった恨みは、既に消えてはいる。それでも一度疎遠になった関係はなかなか修復できない。同じ家で暮らしながら、親と言葉を交わす時間はほとんどないという。
「話せないし、親も話しかけてこない。こっちも聞かない、言わない。話をしても、感情的になってけんかしてしまう。お互いが見たくないテーマにふたをしている気がします」
親子とも衰弱死 悲劇は各地で
「8050問題」とは、どのようなものか。その深刻さをうかがわせる出来事が最近、あちこちで起きている。
福岡県福津市の住宅でこの4月、80代の女性が遺体で見つかった。死後約2カ月。そして女性の息子(61)が死体遺棄容疑で警察に逮捕された。5月28日の毎日新聞によると、息子は引きこもり状態で、母親の年金だけで2人は暮らしていた。息子は「母親が亡くなってどうしようもなくなった」と供述し、腐敗した遺体には布団がかけてあったという。
札幌市でも同じようなことが起きた。
アパートで暮らしていた母(82)と娘(52)。その2人が1月初旬、ともに遺体で見つかった。北海道新聞が3月になって報じたところによると、2人の死因は低栄養状態による低体温症。娘は長年引きこもり状態で、母親が先に亡くなり、1人になった娘はそのまま衰弱死した。この母子も母親の年金だけで生活していたらしい。
NPO法人・KHJ全国ひきこもり家族会連合会(東京)によると、福岡や札幌の事例は氷山の一角にすぎないという。
内閣府は2010年と15年の過去2回、15〜39歳を対象に引きこもりの全国調査を実施している。それによると、引きこもりの推計人数は2010年に69.6万人。15年は54.1万人で、30代に限ると22万人以上になる。
全体の人数は減少したが、同連合会本部事務局員の深谷守貞さんはこう指摘する。
「引きこもりが減ったわけではなく、1回目の調査のときに30代後半だった人がそのまま40代になって調査対象から外れたんです。そう認識しています。(実感として)引きこもりは長期化しているんです」
実際、内閣府の15年調査では、引きこもり期間「7年以上」は34.7%に上った。前回の16.9%から倍増している。
なぜ、中高年の引きこもりは孤立してしまうのか。
深谷さんによると、引きこもりは本人の甘えや親の甘やかしが主因と見なされ、公的支援を受けにくい面があったことも一因だ。
「親が『うちの子が引きこもった』と行政に相談に行くと、『本人を連れて来ないと話にならない』と言われることが多かったんですね。でも、本人が動けないから親が動いている。そして、相談先では『あなたの育て方が悪かったんじゃない?』とか言われて……。本人が行っても『いい大人なんだから働いて』と言われ、傷付いて(2度と)相談に行けなくなる」
親が元気なうちは問題にふたがされている
KHJの深谷さん自身、引きこもりの経験者だ。
「引きこもりは、エネルギーを使うんです。はたから見たら、親のスネかじって気楽に見えるかもしれない。でも、言い方を変えると、自分で自分を軟禁状態に置いている。他人と関わることを強く恐れる一方、引きこもることにエネルギーを費やしているので、社会で生きていくことにエネルギーが向かないんです」
「8050問題」について、深谷さんは「支援が急務」と訴える。
「親って、元気なうちは問題を隠してしまうことが多いんです。だから、親の介護が必要になったり、親が脳出血や心臓麻痺になったりしたときに、いきなり問題は外に出てくる。ふたをしていた問題が、何かのきっかけで一気に。そうなると、だいたい手遅れです」
経済面よりも孤立感への不安
東京都品川区在住の山瀬健治さん(52)は、母(86)と2人で暮らしている。大学生の頃に引きこもり、大学を中退。その後、就職しては引きこもって退職というプロセスを48歳まで繰り返してきた。2年前には発達障害の一つ、ADHD(注意欠陥多動性障害)の診断を受けている。自宅が乱雑なのはそのためだ。
発達障害の影響で掃除や洗濯は母に頼んでいるという。
「80過ぎた母親に掃除や洗濯をさせているって、非常にひどい話です。でも本当に自分でできない。つらいです。一度、親が半年間入院した時、頑張ってやろうとしたけど、習慣にならなくて……すごくつらかった」
山瀬さんの父は8年前、事故で他界した。頼れるのは母しかいない。
「きょうだいや親戚も今はいません。母親が亡くなったら天涯孤独。経済面は公的な制度や支援を使えばなんとかなる部分もあるでしょうけど、自分としては孤独感や孤立感といった精神面の不安がかなり大きいんです」
貯金を切り崩す生活 今はなんとかやっているけど…
親の立場からしても「8050問題」は深刻だ。
東京都内に住む上田剛さん(78)=仮名=は、妻(73)と息子(43)の3人で暮らす。高齢で聴力が落ち、両耳の補聴器を外せない。
息子は20年以上の引きこもり歴があり、就労経験が一度もないという。上田さん自身、いまは無職。年金をやりくりしながら家計を賄っている。
「一番かかるのが食費です。4人分作って、2人分を息子が食べる。あとは、自宅の賃料や保険料、医療費、住民税などですね。貯金を切り崩しながら、なんとかやっていけている。大病しなければ、という条件付きですが」
息子は予備校時代に引きこもった。当時、上田さんはメーカーの中堅管理職。帰宅は深夜で、翌朝は早くに家を出る。ちゃんと子どもと向き合わなかったことを後悔しているという。
「子育ては家内任せでした。家内も『子どもが変わらないとどうしようもない』というスタンスで……。それでいいのかと疑問も持ったけど、そのままのほうが当たり障りなかったというか……。親として無責任だったかもしれません」
「私ら親が死んだら息子は切羽詰まる」
現在、上田さんは腎臓の病気を患っている。自分たち夫妻に何かあったとき、息子の生活はどうなるのだろうか。
「親が死んだら息子は切羽詰まるでしょう。自分で考えないと前に進まない。そういう状況にならないと、(息子の引きこもり解消は)難しいんじゃないか。でも息子1人だけの生活なら何とかなるのでは、とも思うんです。今は社会の制度もいろいろあるし」
――親のほうから状況を解消するという考えはありますか?
「常に考えていますよ。どのタイミングで、どう話そうか、とか。だけど、なんとなく、(この先々も)大丈夫だろうなと思っている部分もあって……。なかなかそこができないでいるんです」
お金の切り口から「8050問題」を解決する
一般社団法人「OSDよりそいネットワーク」は昨年7月に発足した。OSDは「(O)親が(S)死んだら(D)どうしよう」の頭文字。子どものライフプランや親が亡くなった後の財産をどうするかなどについて、弁護士やファイナンシャルプランナー、税理士などに相談することができる。中には葬儀会社の人もいる。
東京・巣鴨の事務所で理事長の池田佳世さん(80)に話を聞くと、「相談者の半数は親です」と教えてくれた。
「これまで、家族会などとのつながりのなかった方が多いですね。行政の窓口に行って冷たいあしらいを受けたという最初の体験があって『どこに行ってもだめなんだ』とこの問題を放置していた、みたいな。そういう人たちが80歳になって、親である自分が死んだら子どもは……って目覚めた」
池田さんは、資産に関する相談が解決の糸口になるのではないか、と感じている。
「子どもにお金の話をしてはいけないと思っている親が多いんですけど、逆じゃないでしょうか。(自分の活動経験から)お金の話なら子どもは話を聞くのでは、と感じます。今まで親は『働きなさい』しか言ってこなかったのに、お金の話を持ち出すと、子どもが席に着く。子どももお金が要らないわけじゃないんですね」
引きこもりの家族 30年変わっていない
精神科医であり、筑波大学医学医療系社会精神保健学分野の斎藤環教授は引きこもりの当事者や家族と30年以上も関わってきた。その目には、この30年余り、何も変わっていない親子の関係が見える。
「ほとんどの親は、子どもとの付き合い方を間違えているんです。『こうあってほしい』という願望を押し付けすぎて、本人との意思疎通を図れない状況になっています。
『引きこもりは悪い』とか、『一家の恥』とか、そういう認識はほとんど変わっていない。それが変わらないうちは親子の対立は続くだろうし、対立関係があるうちは、引きこもりからの回復は期待できないでしょう」
引きこもりを“問題”と見ないで
冒頭で紹介した大橋さんは社会復帰を目指し、引きこもり者とその家族を支援するNPO法人「楽の会リーラ」(東京・巣鴨)で週4回働いている。経験者の目線で引きこもり本人や家族の相談などに乗る。それが役割だ。
引きこもりからの「回復段階」だと感じている。小学生のときのいじめ、それを発端にして引きこもって約30年。それが終わる日は来るのか。大橋さんは言う。
「引きこもりはいつ終わるのかっていう疑問がよくあるけど、私は終わらないと思う。引きこもりを受け入れながら自分らしく生きていきたい。それが今の気持ちですね」
引きこもった子どもを持つ、世の父母に語りたいこともあるという。
「息子、娘を『問題』と見ないでほしいんです。たまたま、その人の中にそういう(繊細な)ものがあるんだっていう感覚で。生活の中の困りごと、しんどいこと、そうしたことの一つだと思って、『大きな問題』にしないで。それを伝えたい。それと、抱え込まないで、どんどん相談してほしいなと思います」
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