遠藤智昭

特有の上下関係も、高いレベル――海外から見た日本の高校野球

7/14(土) 10:48 配信

野球部に入るために、地元ではなく、遠い地域の高校に進学することを野球留学という。郷土色をとかくアピールする高校野球界では、野球留学の是非について議論がよく沸き起こる。とくに最近は海外からの野球留学生も増えてきた。彼らは「助っ人外国人」と呼ばれることもある。その是非、海外と比較した高校野球を考えた。(ライター・菊地高弘/Yahoo!ニュース 特集編集部)

部員の3分の1が台湾出身の野球部

小高い山々に囲まれ、緑あふれる専用グラウンドに着くと、ちょうど選手たちがスクールバスから降りてくるところだった。なにげなくユニホームの左胸に書かれた名前を見て、目がくぎ付けになった。

施、張、具、鄭、王、顔、郭、黄、蘇……。

日本では見慣れない漢字1文字の姓が続く。

ここは岡山県共生高校(岡山県新見市)の野球部。彼らは台湾からの留学生だ。野球部員47人中、なんと台湾からの選手は14人に及ぶ。なぜそんなに多いのか。今年で就任15年目になる森下雄一監督(55)が説明する。

岡山県共生高校・森下雄一監督(撮影:遠藤智昭)

「もともと小林義明理事長(学校法人天真学園)の発案です。アジアの留学生を受け入れて、みんなで一つの目標に向かって取り組むのも面白いのではないか、という考えです」

「海外からの留学生は野球部だけに限らず、学校全体でいます。留学生の野球部入部は今年で17年目で、以前は台湾だけでなく、韓国人の生徒もいました。ただ留学生の選手がこんなに増えたのはここ数年のことです」

共生高校は一度も甲子園に出場したことがない。だがこれまで李杜軒(現・ロッテ)、呉念庭(現・西武)、廖任磊(現・巨人)と、3人の台湾からの留学生をプロ野球界に送り出している。野球部の川上聖史部長は「日本では無名なんですけど、台湾ではそこそこ知名度があるみたいです」と笑う。

留学生は寮生活を送る。鄭兆男君(3年、左)と黄大祐君(2年)(撮影:遠藤智昭)

海外からの野球留学生がここまで膨れあがってきたことについて、岡山県内では「外国人助っ人を呼んで強化するなんて……」という批判もあるという。だが森下監督は「実態は違う」と反論する。

「私たち自身はスカウトをしていません。留学生の選定は台湾の野球連盟関係者に委ねていますが、野球目的の子もいれば、語学留学が目的の子もいます。実際、今のレギュラーで留学生は2、3人です」

留学費用についても学校の奨学金の生徒もいれば、全て自費の生徒もいる。

日本の高校で野球をやりたい理由は

台湾からの留学生選手たちに、なぜ高校野球をやるために日本に来たのか尋ねると、「テレビで見た甲子園に憧れたから」「レベルの高い日本で野球がやりたかったから」といった返事が返ってきた。そう、台湾では日本の高校野球がテレビ放映されているのだ。

王冠鈞君(3年)は中学時代に共生高校OBのコーチに勧められ、来日を決意したという(撮影:遠藤智昭)

控え捕手の王冠鈞君(3年)は

「甲子園のテレビ中継で大阪桐蔭の森友哉選手(現・西武)を見て以来、ファンです」

と笑顔を見せた。王君は身長157センチ、体重80キロという体形で、顔つきも少し森友哉に似ている。どことなく愛嬌(あいきょう)があり、エースの日本人選手・辻興聖君(3年)が「愛されキャラで最初に仲良くなった留学生です」と王君を推すのも分かる。王君にはこんな夢がある。

「日本の大学に行って、いつかは野球の指導者になりたい。日本で学んだことを台湾の選手に教えたいんです」

日本で学んだことは「指導者に対して『ハイ!』と元気よく返事をすることです」と言う。日本国内では軍隊的とも揶揄(やゆ)される慣習も、王君にとっては「野球に対する姿勢の表れ」と、ポジティブなものとして映っているようだ。

練習中、留学生同士で上級生が下級生に「通訳」する場面も見られた(撮影:遠藤智昭)

チームの留学生の中で最も日本語が堪能なのが、2年生の黄大祐君。英語も流暢(りゅうちょう)に話せるという。

「小さい頃、野球をする前から外国の言語が好きだったんです。台湾の野球はアメリカっぽくエンジョイする雰囲気なんですが、日本はとにかく真剣に取り組む姿勢がすごいですね。そういうところも含めて日本の生活を楽しんでいます」

上下関係、敬語に苦労

もっとも、彼らが最初からすんなりと日本の高校野球の雰囲気に溶け込めたわけではない。9番・遊撃手のレギュラー・鄭兆男君(3年)は来日当初、苦労が絶えなかったという。

「最初は言葉が通じなくて、日本人との間で『何言っとるん!』とケンカになったこともありました」

(撮影:遠藤智昭)

言葉の壁を口にしたのは鄭君だけではない。控え一塁手の張柏智君(3年)は「敬語」の難しさを語る。

「上下関係にはちょっとビックリしました。敬語は全然意味がわからないので、最初は失敗ばかりで……。今もできているのか自信がありません(笑)」

15歳まで全く違う環境で育ってきた日本と台湾の選手たち。練習を見ていると笑顔でじゃれ合い、言葉は十分でなくとも彼らには野球という共通のコミュニケーションツールがあることが分かった。

日本人と留学生との間に垣根はなく、チーム内の雰囲気は明るい(撮影:遠藤智昭)

高校野球の規定には選手の国籍を日本に限る条項はない。外国籍球児第1号は1916年の全国中等学校優勝野球大会(現・全国高等学校野球選手権大会=夏の甲子園)に、慶應普通部(現・慶應高校)の一塁手として出場した米国籍のジョン・ダン選手だ。

ダン選手は野球留学組ではないが、在日外国人選手から野球留学組へと外国籍選手が甲子園に出場する姿は珍しくなくなってきた。彼らの究極の夢は共生高校の選手たちが語っていたように、甲子園に出て、活躍し、プロ野球選手になることである。

甲子園とプロ野球、夢をかなえた留学生

その夢をかなえた野球留学組の元球児に会うために、群馬県大泉町に向かった。ここはブラジル人たちが多く居住することで知られ、「リトル・ブラジル」とも呼ばれる。東武鉄道・西小泉駅に降りた瞬間から、日本語と併記されたポルトガル語の看板が目につく。駅からほど近いブラジルレストラン「カミナルア」。店はウッドデッキのテラス席があるなど、想像していたよりずっと広い。

「ブラジル人だけでなく日本人のお客さんにもたくさん来てもらえるように、大きな店にしたんです。ただ自己資金が少なかったのでウッドデッキは手作りなんですけれどね」

このレストランのオーナーの瀬間仲ノルベルトさん(34)が握手して笑いながら教えてくれた。

瀬間仲ノルベルトさん(撮影:菊地高弘)

瀬間仲さんはブラジルのサンパウロ州トゥパン出身で、本名はノルベルト・セマナカ・ダ・ホッシャ。祖母が沖縄からの移民というルーツを持つ。日本の高校に野球留学して甲子園に出場、プロ野球の世界にも身を置いた後、引退後はこのレストランを開いた。

「子どもの頃は日本に働きに出ている日系ブラジル人から野球の試合のビデオを送ってもらって、何度も見ていました。日本にはこんなにお客さんがたくさん入る、高校生のでっかい大会があるんだと驚きましたね。自分もここでプレーしたいと強く願いました」

ジュニア世代の国際大会での活躍が学校関係者の目に留まり、2000年、日章学園高校(宮崎県)に入学。学費や渡航費などは学校からの援助を受けた。ちなみに「瀬間仲」という名字は日章学園の理事長から母方の姓「セマナカ」に漢字を当ててもらった。

高校3年になった02年の夏、甲子園に4番・一塁手として出場。初戦で敗れたものの、ライトスタンドに大きなホームランを打ち込んでファンの記憶に残った。

02年の甲子園では興誠(静岡)と激闘の末、8-9で敗れた(写真:読売新聞/アフロ)

「ホームランを打った瞬間、自然と両腕を広げていました。相手をリスペクトするために、派手なポーズはしないよう厳しく言われていたのですが、このときはもういいと(笑)。球場全体から『ワー!』という大歓声を浴びて、もう泣きたくなりました。人生で最高の瞬間でしたね」

ベースを回っている途中、何度も胸の「日章学園」の文字を手で押さえた。学費などを援助してくれた学校への、せめてもの謝意を示したかったからだ。

同年秋のドラフトで中日ドラゴンズに7巡目で指名され入団。05年に退団した。

瀬間仲さんは改めて日本の高校野球の魅力を振り返る。

「来日した当初は厳しい上下関係とか丸刈りとか、理解できないことはたくさんありましたよ。でも『みんなで一つになる』ということの大切さを少しずつ学んでいきました。全員が一つの目標に対して一つになって行動して頑張る。それが高校野球の良さなんじゃないですか」

レストランで自慢のブラジル料理を紹介してくれた(撮影:菊地高弘)

少年野球から見た日米の比較

野球を通じて国の文化の違いはよく語られる。それを少年野球の観点から考察したのが、新聞記者の小国綾子さんだ。小国さんはかつて夫の仕事の都合でアメリカ合衆国メリーランド州に移住し、4年間生活した。息子・太郎君(仮名)が現地の少年野球チームに入団。『アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた』(径書房)という本にまとめ、ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した。

小国さんは「私の経験を一般化することはできませんが」と前置きをしたうえでこんな実感を語る。

「アメリカの少年野球はプロをモデルにしていて、日本の少年野球は高校野球をモデルにしているように感じます。簡単に言えば『スポーツ』か『教育』か……ということでしょうか。日本ではあいさつとか、本来は『家庭ですべき教育では?』という部分まで野球チームが担っていることが多いですよね。アメリカでは野球と道徳教育を結びつけることはありませんでした」

小国綾子さん。愛息の太郎君は現在、大学のサークルで軟式野球を楽しんでいるという(撮影:岡本裕志)

日本の保護者が少年野球を通じて道徳を身につけることを期待しているとするならば、アメリカの保護者は少年野球に何を求めているのだろうか。「自信をつけさせることです」と、小国さんは語る。

「だから子どもが試合に出られないと分かれば、すぐにチームを移ります。高校でも、活躍できそうな野球部に入るため、引っ越して校区を移るケースすらあるようです。日本の少年野球だと、たとえ試合に出られなくても同じチームにとどまって、ベンチで応援しますよね。時代は変わってきていますが、終身雇用の日本、転職してステップアップするアメリカ……という働き方の違いを反映しているように感じたものです」

アメリカには選手のレベルに応じたさまざまなチームがあり、トライアウト(入団テスト)を経て自分の身の丈に合ったチームに所属し、試合に出場してプレーすることで自信を獲得していく。日本では高校まで野球をしてこなかった生徒が高校で初めて野球部に入部するケースもある。アメリカではそのケースは限りなく少ないという。なぜなら、入部時のトライアウトで落とされるからだ。

「日本とアメリカのどちらがいい、悪いというものではありません。それはもう文化の違いですね」

アメリカ時代の少年野球チーム(提供:小国綾子さん)

アメリカから高い評価を受ける日本人高校生

台湾、ブラジル、アメリカから見て日本の少年、高校野球は異質だ。だが、こと「野球のレベル」という点では、どの国からも認められている。それは野球の母国であるアメリカも例外ではない。スポーツ留学を支援する企業・アスリートブランド(東京都)の代表を務める根本真吾さん(49)はかつて、U-18ワールドカップでアメリカ代表のコーチを務めた人物から、こんな言葉をかけられた。

「日本代表のピッチャーをみんなアメリカに連れて帰りたいと思ったよ。みんなNCAA(全米大学体育協会)のディビジョン1(アメリカの大学野球で最高クラスのリーグ)でできるレベルだ。スピードは90マイル(約144キロ)も出ていないのに、抑えられるなんてすごいよ!」

根本さんはさまざまな競技の選手とアメリカの大学を橋渡ししているが、とくに日本の高校野球は、アメリカの大学野球関係者からの評価が高いという。

「たとえ甲子園に出たことがない無名の選手でも、アメリカの大学で高い評価を受けて、結果を残した選手は何人もいます。多少パワーで劣っても、年間を通して練習しているからスキルが高く、体格に勝るアメリカ人ともマッチアップできるんです」

それにもかかわらず、日本の高校野球選手には不思議な傾向があると根本さんは首をひねる。

「日本では野球を高校で終えて、大学まで続けない選手が多いですね。アメリカではほとんどの高校生が続けます。野球がうまければうまいほど奨学金の支給対象になりますし、野球の実力を生かして大学に入り、勉強することが当たり前の感覚だからです。日本は高校野球で燃え尽きてしまう選手が多いのでしょうか。もったいないですね」

根本真吾さん(撮影:Yahoo!ニュース 特集編集部)

「甲子園」という晴れ舞台がゴールになってしまい、大学野球に価値を見いだせない球児は多い。大学野球部の門戸の狭さ、金銭的な負担などの要因もあるにせよ、高校野球でバーンアウトする球児が多いことは、甲子園というビッグイベントがもたらした弊害といえるかもしれない。

日本の高校野球にはいまだに古い体質にとらわれ、不合理な慣習が残るチームがあるなど、改めなくてはならないところが多くある。外国人野球留学生の存在は、私たちにそのことを再認識させ、その一方であらためて日本ならではの長所を教えてくれる視点にならないだろうか。

冒頭に紹介した共生高校の張君に話を聞いたあとだった。張君は取材を終えると、立ち上がるときに自分の座っていた椅子の座面をさりげなく手で払った。

「台湾でもそういうことをしていたの?」と問う私に張君は首を振った。

「日本に来てからです。ユニホームのお尻に土がついているので。先輩たちがやっているのを見て、自然とまねするようになりました」

彼らはただ野球をするためにやって来た「助っ人外国人」ではない。日本の野球を学び、心を学ぶ、「高校球児」である。

(撮影:遠藤智昭)


菊地高弘(きくち・たかひろ)
1982年生まれ、東京都育ち。野球専門誌「野球太郎」編集部員を経て、フリーの編集者兼ライターに。元高校球児で、「野球部研究家」を自称。著書『野球部あるある』シリーズが好評発売中。アニメ「野球部あるある」(北陸朝日放送)もYouTubeで公開中。2018年春、『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)を上梓。

[写真]
撮影:遠藤智昭、岡本裕志
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝


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