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「なんで丸刈りなんですか?」――高校野球は他競技の名将の目にどう映るのか

2018/07/08(日) 09:25 配信

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高校野球の常識はスポーツ界の非常識である。たとえば、高校野球では当たり前の丸刈りが、他競技のあるチームでは「禁止」事項に挙げられている。また逆に、たびたび批判の対象となる過密日程の問題は、高校野球だけでなく、ほとんどの高校団体スポーツの共通課題だった。他の高校生競技の名監督が覚える高校野球に対する違和感と共感とは。(ライター・中村計/Yahoo!ニュース 特集編集部)

スパルタ指導は“時代遅れ”

流通経済大学付属柏高校サッカー部の本田裕一郎監督(撮影:塩田亮吾)

「愛のムチ」が幻想であることに気づかせてくれたのは、サッカー王国・ブラジルだった。流通経済大学付属柏高校(千葉県)サッカー部の本田裕一郎監督(71)がそう振り返る。

「まだ習志野高校の監督だった時代の話なんだけど、初めてブラジル遠征に行ってね。試合に負けたもんだから、『この野郎!』って、いつもの調子でやったんだよ。そうしたら、ブラジル人に『おまえ、逮捕されるよ』って。それでハッとしましたね」

本田監督は習志野、流通経済大柏と、赴任校を次々と常勝軍団にし、何度となく全国制覇に導いた名監督だ。

1990年代以降、日本で最も急速な発展を見せたスポーツはサッカーだろう。本田監督は、その理由をこう語る。

「ヨーロッパや南米の情報が簡単に入るようになったから。日本の高校サッカー界の進化も、ものすごくスピードが速いですよ。練習内容なんか、昔とは雲泥の差がある。もうスパルタなんて言ってる指導者は、いないんじゃないかな」

最新のFIFA(国際サッカー連盟)ランキングで日本は61位だ(2018年6月22日時点)。つまり、変わりたいと欲すれば、世界に60ものお手本があるのだ。そこが世界のマイナースポーツ・野球と、世界のメジャースポーツ・サッカーの決定的な違いかもしれない。

サッカー強豪校のグラウンドは、ほとんどが人工芝。「土だと整備に1時間もかかっちゃうから」と本田監督(撮影:塩田亮吾)

サッカーに「行くな」というサインはない

静岡県出身の本田監督は、中学までは野球部に所属していた。それだけに「やってみたいよね、野球部の監督」と興味津々である。

「野球はあんなにピッチャーが大事だというのに、なんで全員にピッチャーの練習をさせないんだろうね。もしかすると、おもしろいピッチャーが隠れているかもしれないじゃない。あと、わからないのは『打つな』っていうサインがあることだね。私はサッカーでは攻撃は何でもありだよって教えてる。だから、うちの野球部の監督に冗談で『サッカーには行くなっていうサインはないよ』って言ったの。笑ってたね」

本田監督は「野球の練習は長いよね。うちは2時間くらい。そのかわり100%に近いパフォーマンスを求める」と話す(撮影:塩田亮吾)

過密日程が問題視されているのは、高校野球も高校サッカーも同じだ。FIFAの規定では公式戦の試合間隔は最低でも48時間以上空けなければならない。にもかかわらず、高校サッカーの最大の祭典、冬の全国高校サッカー選手権大会では「中0日」はざらだ。今年の選手権で決勝まで勝ち進んだ2チームは7日間で5試合をこなさなければならなかった。

決勝で敗れた本田監督は会見で「そういうのは私たちの時代で終わらせなければならない」と過密日程の改善を訴えた。

「日程に関しては、10年以上前から言われ続けてきたこと。協会は選手ファーストを標語のように使ってるけど、結局は、スポンサーがらみでもあるんだろうね、大会運営が最優先されている。そこはなかなか変わらない。そこは甲子園も同じでしょう」

選手が監督の指示とは違う選択をしてもいい

東福岡高校ラグビー部の藤田雄一郎監督(撮影:藤井ヨシカツ)

高校野球において、送りバントのサインが出ているにもかかわらず、「この投手なら打つ自信がある」と打者が自分の判断で強攻に切り替えたとしよう。その結果が、たとえホームランであっても監督から怒られるだろう。

しかし、ラグビーにおいては、そうした判断は「全然OKなんです」と語るのは、東福岡高校ラグビー部の藤田雄一郎監督(45)だ。

「今、話題になっているアメフトとラグビーは似ていると思われがちですが、ぜんぜん違う。アメフトは日大のタックル問題が起きたように、指示命令型のスポーツ。野球もそれに近い気がします。それに対して、ラグビーは自己判断型スポーツなんです。試合は止まらないし、そう頻繁に指示を出せるものでもない。グラウンドにおける全権はキャプテンにある。だから選手が監督の指示と違う選択をしても、全然いいんです」

藤田監督自ら率先して道具を運ぶ。「いい素材に来てもらって、それを壊さない。それが僕の指導の理想です」と話す(撮影:藤井ヨシカツ)

真っ先に思い出すのは、2015年秋、ラグビーワールドカップのイングランド大会で日本が南アフリカ共和国を下し「ブライトンの奇跡」と呼ばれた試合だ。日本は終了間近、相手陣内に攻め込んでいるときに反則を得た。ヘッドコーチのエディ・ジョーンズはペナルティーキックを指示したが、主将のリーチマイケルは自分の判断でトライを狙いにいった。その判断が奏功し、ヘスケスがトライを決めて、34対32。日本は土壇場で逆転勝ちを収めたのだ。

藤田監督が続ける。

「トライを取りにいこうとした瞬間、エディは怒り狂ってたみたいですね。でも逆転勝ちしたら選手と抱き合って大喜びしていたでしょう。よく判断した、と。そこが競技性の違いでしょうね。プロ野球でも、このピッチャーだったら自分のほうが上だからと勝手に勝負することは許されないのが野球。高校野球だったら、なおさらですよね」

勝利の逆転トライを決めたヘスケス(右)。2015年のラグビーワールドカップで日本が南アフリカ共和国に歴史的勝利を収めた(写真:ロイター/アフロ)

高校野球って、なんで丸刈りなんですか?

東福岡はここ11年で、6度も「花園」の呼称で親しまれる全国高校ラグビーフットボール大会を制した高校ラグビー界最強軍団だ。高校野球では、監督の野球を選手がどこまで深く理解しているかが勝利の鍵の一つになるが、ラグビーで強いチームをつくるためにはその逆の作業をやらなければだめなのだという。

「半分くらいは教えるけど、6から10は自分で考えてやりなさいと言います。それができないと高校卒業後、トップレベルのラグビーにはついていけない。選手のキャパシティーを監督で埋めちゃいけないのがラグビーというスポーツなんです」

藤田監督は、競技性の違いが練習方法の違いとなって表れている例をもう一つ挙げた。それは時間だ。

「ラグビーは野球と違ってタイムスポーツなので、どんなにやりたくても前半後半30分ずつ、計60分で終わり。なのに3時間も4時間も練習しても意味がない。だから、まあ、1時間半から2時間くらいでまとめるようにしています。練習の強度は試合の1.5倍あればいいかなと思っているので」

高校野球において、これほどまでに短い練習時間で全国の頂点に立つことなど、ほぼ不可能だろう。

社会人の場合、試合間隔を1週間空けることもあるが、高校ラグビーは9日間で5試合こなすことも。「大学生や社会人になると、高校時代、よくやってたよなって言いますね」と藤田監督(撮影:藤井ヨシカツ)

練習方法の相違については、藤田監督は競技性の違いからくるものだと理解を示していた。ただ、「僕の大きな疑問のうちの一つ」として首をかしげたのは頭髪だった。

「高校野球って、なんで丸刈りなんですか? うちは丸刈り禁止です。髪を切ったら頭を守れないじゃないですか。昔は高校ラグビーでも丸刈りにしている高校がけっこうありましたけど、今はもうほとんど見かけない。高校野球だと、髪を伸ばしていることが悪みたいな印象がありますもんね。負けたら、髪なんか伸ばしているからだって言われそう。大変ですね……」

昔は夜の12時を過ぎての練習も

下北沢成徳高校女子バレー部の小川良樹監督(撮影:塩田亮吾)

高校野球は「古い」と言われがちだが、日本のスポーツ界において、それ以上に古いと指摘されるのが女子バレーである。下北沢成徳高校(東京都)女子バレー部の小川良樹監督(62)は苦笑する。

「僕らが若かった頃は、夜の12時を過ぎても練習しているようなチームもあった。練習は長いし、雰囲気も殺気立っててね。ボールを床に落としたら殺すぞみたいな感じ。ちょっと変でした。高校野球でも体罰はよく問題になりましたが、いちばん殴ってたのは女子バレーじゃないかな……。おそらく」

下北沢成徳は、ここ6年で「春高」こと全日本バレーボール高校選手権大会を3度制した名門中の名門である。

女子バレーが古い体質を引きずってしまった理由を小川監督はこう分析する。

「女子バレーが東京オリンピックで金メダルを取ったように、昔、オリンピックで金メダルを取った競技は同じような傾向にあるんじゃないですか。成功体験があると、日本は強かったんだから海外で勉強する必要なんてないと、内に閉じこもってしまう。だから、いつまでも変わらない」

小川監督は、理想の指導者像は漫画「スラムダンク」に登場する安西先生だと語る。「本当に困ったときは手を差し伸べるけど、それ以外はお茶を飲んで『ほほほほ』って言ってる」(撮影:塩田亮吾)

この指導者だから勝てたんだと思ってほしくない

そんな旧態依然とした体質からの脱却を図ろうとしたのが小川監督だった。小川監督は指導する際、手や足はもちろん、口もほとんど出さない。東福岡の藤田監督と同じように、「自分たちで考えさせる」ことに主眼を置いている。

「厳しさは指導者が与えるのではなく、選手の中から生まれてこなければ意味がない。ただ、30代の頃は、挫折の連続でしたね。周りから、あんな甘っちょろいチームに負けるなって言われて。ただ、選手は自分たちのチームが好きなんだというのをプライドにしていた。そこだけが支えでしたね」

高校野球のグラウンドなどには、だいたい訓示や標語が張り出されているものだ。一方、下北沢成徳の練習場にはその類いのものは一切見当たらない。

「そんなおこがましいことはできないですよ。いかにも、君たちを教育するんだ、みたいな感じじゃないですか。私は選手に、この指導者だから勝てたんだと思ってほしくない。自分の力で勝てたんだと思ってもらいたいんです。彼女たちの高校時代の景色の中に、私はいなくてもいいんです」

女子バレーの全国大会の予選を含めた参加校数は約4000校。規模は高校野球とほぼ同じだ(撮影:塩田亮吾)

近年、高校女子バレー界では、小川流に触発され、じっと黙って見守るタイプの指導者が増えてきた。

女子バレーは大改革も成功させている。2011年、3年生も出場できるよう高校バレーの最大のイベント「春高」の時期を3月から1月に、会場を聖地・代々木第一体育館から東京体育館に変更したのだ。小川監督が話す。

「代々木はいわばバレーの甲子園ですから。かつての選手たちは、代々木のオレンジのコートでやるんだというのが夢だった。それだけに反対も大きかった。でも、もう8年もたちましたからね。今の選手に、代々木で……というのはないんじゃないかな。高校野球も全国大会の会場をドームにすれば、雨も暑さも関係なくなり、条件はよくなる。最初のうちは甲子園のほうがよかったという声が大きいでしょうけど、6年くらいしたら慣れるんじゃないですかね」

「1年生の子なんか、監督がきても、あいさつしないですよ。いつも黙って座ってるあのおじさん誰だろうって、僕のことなめてると思います(笑)」(撮影:塩田亮吾)

今回、訪れた3校に共通していて、かつ、高校野球の世界ではめったに見られないことがあった。それは、来訪者へのあいさつがほとんどなかったことだ。たまたま近くを通った選手が普通の声量で「こんにちは」と言う程度。かといって、もちろん無礼な感じはまったくしなかった。

くしくも3人の指導者が高校野球に対する違和感として声をそろえたのは「過度なあいさつ」だった。高校野球の世界では来訪者がくると練習を中断し、号令をかけてあいさつするケースも珍しくない。しかも、中には「ちはっ!」と、絶叫する選手もいる。

小川監督は言う。

「あいさつの強要って、下品じゃないですか。やらされるあいさつは、学校を卒業したらやらなくなりますよ。だから、私は自然と身に着くまで待つようにしてるんです」

高校野球では、とかく礼儀が重んじられる。だが、本当の意味での礼儀の指導とは何か。それは即席で形を教えることではなく、時間をかけて心を育てることである。


中村計(なかむら・けい)
1973年、千葉県船橋市生まれ。同志社大学法学部卒。スポーツ新聞記者を経て独立。スポーツをはじめとするノンフィクションをメインに活躍する。『勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇』(集英社)で講談社ノンフィクション賞、『甲子園が割れた日』(新潮社)でミズノスポーツライター賞最優秀賞をそれぞれ受賞。近著に児童書の『王先輩から清宮幸太郎まで 早実野球部物語』(講談社)がある。趣味は演芸鑑賞、京都旅行、ボートレース。

[写真]
撮影:塩田亮吾、藤井ヨシカツ
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝
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コラージュ:KILIMANJARO.office
撮影:塩田亮吾、藤井ヨシカツ