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なぜ日本メディアは大谷翔平を信じようとしなかったのか?

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
大谷翔平選手のメディア対応は日米メディアの関心を集めた(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【感情を交えて自分の言葉で説明した大谷選手】

 自身の元専属通訳である水原一平氏に関するスキャンダルが発覚して以降、初めてメディア対応を行った大谷翔平選手に対し、彼がどんな発言をするのか日米メディアが大いに注目していたのは今更説明する必要はないだろう。

 会見実施前にチーム広報から質疑応答、映像撮影なしで、大谷選手が声明を発表するという通達があった時は、かなりメディアの不評を買うことになりそうだと予測していた。

 だが実際は、よくありがちな事前に用意された声明文を読み上げるのではなく、メモを見ながら自分の言葉で丁寧に説明する姿は間違いなく大谷選手の誠意が伝わるものだった。

 その後自分なりにできる限り多くの米メディアの反応を確認してみたが、殿堂入りを果たしているベテラン記者の1人、ESPNのティム・カークジャン氏の感想が、彼らの思いを代弁していたように思う。

 「自分が想像していた以上に彼は直接的に訴えかけていたことに少し驚いた。事前に質疑応答なしで声明文を読むと聞いていたが、彼はそれ以上のことをした。

 会見中彼は自分が考えていた上に、感情を表に出していた。それは非常に重要なことだと思う。彼の発言内容のほとんどに説得力があると感じた。少なくとも自分は納得させられた。

 今回の球界最大のスター選手にまつわるスキャンダルは、野球界にとってネガティブなものだ。まだ多くの疑念が残っているものの、今日いくつかの答えを得ることができた。現在調査が続く中で、彼が話せる最大限を話していた。

 今後調査でいろいろな事実が明らかになるにつれ、更なる疑問が出てくるだろう」

【大谷選手は現時点で出来うる責任を果たす】

 カークジャン記者の言葉通り、大谷選手の説明ですべての疑念が晴れたわけではない。その一方で、大谷選手は現時点で彼ができるすべての説明を行い、それが説得力のある内容だったということだ。

 個人的にも、今回のスキャンダルを誰よりも早く、深く取材していたESPNのティシャ・トンプソン記者が、時系列に沿って取材状況を詳細に記述した記事を読んでからは、水原氏が大谷選手のみならず、あらゆる関係者に嘘をつき続けていたという構図を組み立てていただけに、今回の大谷選手の説明はそれを裏づけてくれるものとなった。

 なぜか日本では大谷選手の説明後も、米メディアの「まだ疑念が残る」という部分だけが誇張され報道されているように見受けられるが、実は多くのメディアが大谷選手の説明に納得もしているのだ。むしろこちらの方を重視すべきではなかろうか。

 しかも大谷選手は自分の口座から水原氏が盗んだと説明しているのだから、どうやって大谷選手の口座にアクセスし、違法ブックメーカーに送金を行ったかの疑念は、大谷選手ではなく水原氏に向けられるべきだし、彼以上に説明できる人物は他にはいないはずだ。

 カークジャン記者が指摘するように、今後は連邦機関やMLBの調査で明らかになる事実に注視すべきであって、この件に関する現時点での大谷選手の責任は十分に果たしたと考えている。

【なぜか米メディアの報道に追従し続ける日本メディア】

 実は今回のスキャンダルが発覚して以降、多くの日本メディアの報道内容に違和感を抱いてきた。米メディアで報じられている疑念をそのまま鵜呑みにして、大谷選手に疑いの目を注ぎ続けていたように感じられたからだ。

 今も米メディアの中に残る疑問の1つが、前述にある水原氏が大谷選手に認識されることなく口座にアクセスし、送金を行えたのかだが、これまで大谷選手と水原氏の関係性について誰よりも詳細に報じてきたのは日本メディアだ。

 これはあくまで現場取材時代の自分の経験談だが、自分1人で慣れない米国生活を強いられている日本人選手たちを何度もサポートしてきた。ドライバー役として日本の食料品店や日本食レストランに運んだりするのは日常的なことで、時にはクレジットカードや携帯電話の契約を手伝ったこともある。

 多分自分のみならず米国で日本人選手を取材してきたメディアならば、誰もが経験していることだと思う。

 さらに通訳がついている選手なら、信頼度に多少の差はあったとしても、誰もが通訳にプライベートな部分をサポートしてもらっているのも、現場取材記者の常識のはずだ。

 そうした背景と大谷選手と水原氏の密接な関係性から、自分はSNSや有料記事を通じて、水原氏が大谷選手の口座に自由にアクセスできても何ら不思議ではないと主張し続けてきた。

 今回のスキャンダル報道の中で、自分のような主張はかなりの少数派だったように思う。

【自分たちで築き上げたものを自分たちで破壊する行為】

 今回のスキャンダル発覚前の日本メディアは、大谷選手を神格化するかのように彼のイメージを損なうようなことには一切目を向けず、とにかく礼賛の限りを尽くしてきた。

 「純粋に野球を愛し続ける少年のようだ」、「すべてを野球に捧げているストイックすぎる性格」、「野球以外には興味がなく無頓着」等々、すべて日本メディアが訴えてきたことだ。

 ところがスキャンダルが発覚した途端、米メディアの報道に追随してスポーツ賭博への関与やマネーロンダリングを疑うような報道が続き、大谷選手を擁護する声がほとんど掻き消されていた。そうした報道姿勢は過去の自分たちを否定する行為に他ならないし、自分には極端な日和見主義に映ってしまっていた。

 そして日本メディアは、MLBで水原氏以外にも多くの通訳が働き、彼に負けない優秀な人たちがいるにもかかわらず、彼だけを特別扱いにしてヒーローに仕立て上げた。その影響もあってか、日本メディアや一般大衆の中で水原氏を冷静な目で見ることができていなかったようにも感じている。

 これまで大谷選手についてポジティブ、ネガティブ両面から取り上げてきた自分が、なぜか今回のスキャンダルに関しては大谷選手を完全擁護しているような立場に置かれていること自体が異様でしかない。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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