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30年前の赤裸々な告白を映画化。女性の狂おしいまでの性と愛を体現したフランス人女優が語る

水上賢治映画ライター
「シンプルな情熱」より  (c)Julien Roche

 レバノン、ベイルート出身のダニエル・アービット監督が手掛けた映画「シンプルな情熱」は、フランス現代文学を代表する作家、アニー・エルノーのベストセラー小説の映画化。

 エルノーが自身の愛と性の実体験を綴り、1991年に発表した同小説は世界で大反響を呼び、日本でも小池真理子、林真理子、山田詠美ら名だたる作家が絶賛の声を寄せた。

 30年のときを経ての映画化作品で、主人公のエレーヌを演じたのはフランスの女優、レティシア・ドッシュ。女性の性と愛を体現した彼女に話を訊いた。

アニー・エルノーの小説はすべて読んでいました

 はじめに彼女は、アニー・エルノーは大好きな作家だったとのこと。「シンプルな情熱」に限らず、アニー・エルノーの小説はすべて読んでいたという。

「大の読書家とはとてもいえないんですけど、わたしの人生において本は欠かせないもの。いつも傍らに置いておいて、時間があれば手にしています。

 特に好きなのは長編小説。たとえば、ジョン・アーヴィングとか、ロシア文学も大好きだし、シェイクスピアも好き。

 アニー・エルノーももちろん好きな作家のひとり。全作品を読んでいて、とりわけ『シンプルな情熱』はわたしの心の中に深い印象を残す作品でした」

アニー・エルノーの小説は、自分という人間を知る機会を与えてくれる

 アニー・エルノーの文学の魅力をこう語る。

「アニー・エルノーの作品は、読むと、自分の人生をもう一度見直す機会になるというか。

 自分の心に手を当てて、いろいろと考えながら、自身との生き方や考え方と照らし合わせるようなことができるんです。

 わたしはだいたい彼女の小説を読むときは、いつも横になって楽な姿勢で本を開いて、その世界へと身をゆだねます。

 ただ、ときどき、あまりにも辛かったり切実に感じることがあるので、一気に読むことはできない。

 だから、時折休みながら、時には少し期間をあけてじっくりじっくり読むんです。

 すると、ものすごく物語が体に沁み込んでくるというか。

 彼女は自分に起きたことについて包み隠さず、しかも正確に精緻に描くのだけれど、それがこちらに伝わってくると、他人事と感じられない。

 自分の心の中にもある本心に気づいたりして。自分という人間について知る時間にもなれば、それまで知らなかった世界を知る機会にもなる。

 だから、読み終わると、少し自分が賢くなったような気にもなれば、すごく観察力がついたような気にもなって。自分という人間が少し成長したような気分になります。

 いずれにしても、わたしにとっては自分自身を見つめ直す、自分という人間を知る機会を与えてくれる小説ですね」

オマージュを捧げる、そういう演技ができたら

 そこまである意味、心酔する特別な作家の大好きな小説をもとにした映画での主演。このオファーはどう受け止めたのだろう?

「素直に、演じさせてもらえるのはラッキーなことだと思ったし、とても光栄なことだと思いました。

 同時に、アニー・エルノーは、女性の心理をひじょうに精緻にしかも芸術的に描いている。

 小説と映画では表現が変わってきますけど、わたしはエルノーの作品に誠実かつ真摯に向き合って、可能な限り同じように表現しなければいけないと思いました。

 彼女にオマージュを捧げる、そういう演技ができたらいいなと考えました」

レティシア・ドッシュ Photo by Carlos Alvarez
レティシア・ドッシュ Photo by Carlos Alvarez

この役をやりたいと思ったら、恐怖心は消えてしまう

 敬愛する作家の大好きな小説の主人公を演じるプレッシャーはなかったのか?

「わたしの場合、『(この役を)やりたい』と思ったら、もうそういうことは吹き飛ぶというか。

 『演じたい』という気持ちの方が勝ってしまって、恐怖心とか消えてしまうんです(笑)。

 そういう意味では、今回演じたエレーヌに近い性格かもしれません。

 彼女は自分の欲望に忠実で、その気持ちに嘘をつけない。たとえそれが道徳的に認められなくても。

 わたしもできるだけ、自分のやりたいことや求めていることに関しては、己の心に耳を傾けるようにしています。

 『無理なんじゃないか』『実現は難しいだろう』と思ったとしてもとりあえずトライしてみる。

 ですから、わたしの人生は、自らの欲望や欲求を無視するのではなくて、その心に従ってチャレンジして願いを実現させてきたところがある。

 ひょっとしたらものすごく贅沢な生き方をしているのかもしれません」

 その演じたエレーヌは、夫と別れ、息子と暮らしながら、パリの大学で文学を教える教授。

 聡明でひとりの女性として自立して生きている彼女だが、あるパーティでロシア大使館に勤めるアレクサンドルと出会い、たちまち恋に。

 自宅やホテルで逢瀬を重ね、彼との関係にのめり込んでいく。

 アニー・エルノーが実体験を赤裸々に綴った原作を基にした物語は、年下の既婚男性との関係に溺れ、彼からの連絡を待ち続ける女性の切なくもエモーショナルな愛と官能の日々が描かれる。

「いろいろな女優さんがいて、役の作り方、役へのアプローチもそれぞれ違うと思います。

 わたし自身は、前もってかなり下準備をするタイプ。シナリオもすごく読み込むし、参考資料があるのならば必ず目を通す。

 撮影に入る前に、その役がどういう人間であるかを知っておくんです。

 今回ならば、エレーヌがどういう女性でどういう生き方をしていて、どういう性格なのか細部にわたって知っておく。

 そうした下準備があって、撮影にいったときに、その役をものすごく自由に演じることができるんです」

彼女の奥底にある胸の内に触れてもらえたら

 その役作りの過程、実際に演じてみて、エレーヌにどんなことを感じただろうか?

「彼女はアレクサンドルという存在に依存しているというか。完全に心を100%もっていかれる瞬間がある。

 少なくともある一定の期間、そういう状態で彼をひたすら待ち続けていた。

 彼女は自立した分別のある聡明な大人の女性です。でも、それでもどうにも抑えられない感情がある。

 その感情がどこからくるのか、わたしはわかりました。おそらくみなさんも作品をみて、感じることができるのではないでしょうか。

 表面的なところでいい悪いでジャッジしないで、彼女の奥底にある胸の内に触れてもらえたらと思います」

エレーヌもほかの世の女性とかわらない、

好きな男性の前では『きれいでありたい』といった女ごころがある

 では、演じていて意外な発見はあっただろうか?

「完璧に準備して臨むわけですけど、その役を見つけたとしても、演技をする中で、その場に立って、『あっ、こういうことね』『そうかこういうことなのか』といった新たな発見はつきもの。

 今回も現実に演じてみてわかったことがいくつもあります。

 一番驚いたのは、エレーヌ自身は意識していないけど、傍からみるとちょっとコミカルにみえる一面が彼女にはあることかしら。

 監督のダニエル(・アービッド)からの指示だったんだけど、『てきぱきと動いて』と言われたんです。

 たとえば、アレクサンドルが急に来ることになって、急遽めかしこんだり、服を着替えるところとか。

 ああいう所作や動作はわたしの中では想定していなかった。むしろオーバーアクションになってしまわないかと思いました。

 この映画はドラマチックでロマンチックで、シリアスと考えてましたからよけいに。

 でも、実際演じてみてもそうだったし、映像をみてみても『なるほど』と。

 ある意味、エレーヌもほかの世の女性とかわらない、好きな男性の前での『はじらい』や『きれいでありたい』といった女ごころが伝わってくる。

 これは意外だったし、発見でした。

 そして、この映画はちょっとしたコメディの要素が入ったことで、ドラマチックでロマンチックでシリアスだけど、とてもモダンな作品になった気がします」

(※第二回に続く)

「シンプルな情熱」より  (c)Julien Roche
「シンプルな情熱」より  (c)Julien Roche

「シンプルな情熱」

監督:ダニエル・アービッド

原作:アニー・エルノー「シンプルな情熱」(ハヤカワ文庫/訳:堀茂樹)

出演:レティシア・ドッシュ、セルゲイ・ポルーニン、ルー=テモー・シオン、

キャロリーヌ・デュセイ、グレゴワール・コランほか

Bunkamuraル・シネマほか全国公開中

場面写真はすべて(C)2019L.FP.LesFilmsPelléas–Auvergne-Rhône-AlpesCinéma-Versusproduction

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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