「次に引き継でいくことが大切……」古都千年の歴史を彩り続ける顔師
【この人に聞きました】顔師 (株式会社エ・マーサ 代表取締役) 青江伸泰さん
疫病退散を祈り、貞観年間(9世紀)に始まった八坂神社の祭礼、祇園祭が終われば、京都は8月、いよいよ夏本番を迎える。祭礼のハイライト、山鉾(やまほこ)巡行を先導する長刀(なぎなた)鉾で舞う神の使いの稚児(ちご)と禿(かむろ)、小学生3人の顔には貴人の化粧が施されている。それは、古都に生きる顔師の大切な務めなのだという。 25年間、その大役を担ってきた青江伸泰さん(53)の経歴はかなり異色だ。大学卒業後に就職した損害保険会社では、法人営業で大きな商談をものにしてきた。東京でビジネスマンとして生きる自信もついたが、呉服店を営む両親の背中を見てきたからだろう、いつかは生まれ育った京の町で自分の力を試してみたい、という思いが消えることはなかった。
鴨川にかかる七条大橋のたもと、株式会社エ・マーサは京友禅の着物をまとい、舞妓さんや芸妓さんに変身するフォトスタジオだ。5年の東京暮らしの後に両親の事業を継承し、トップに就任したが、そこでの出会いが人生を変えた。長刀鉾の化粧方を務めていたベテラン顔師だ。白粉を塗り、眉をつぶし、紅を差す。和化粧の魅力を知った青江さんは美容師の資格まで取得、花街に通って芸妓さんから直接手ほどきも受けたこともあった。「祇園祭を手伝ってほしい」と頼まれた時、未熟な自分に務まるのか、迷いはあったが、「伝統を絶やしたらあかん」という言葉に背中を押されたという。 彼は8年前に引退し、次は自分がその技を継承する番になった。古い資料や文献を研究するのは、千年の都に恥じない、伝統の作法を伝えていきたいから。「25年なんて、長い歴史のひと駒でしかない。原点に戻り、次に引き継でいくことが何よりも大切」と言う。 大学講師も務めている。繊細な技で舞妓さんに変身した女子大生たちははるかな過去、雅の世界へといざなわれ、京文化の奥深さを知るという。華やかな舞台を支える裏方、古都の顔師は時代の継承者でもある。 文・三沢明彦 ※「旅行読売」2024年9月号より