藤井聡太叡王、防衛ならず 254日で八冠陥落「時間の問題だと思っていた」…同学年挑戦者に快勝ムード一転 返り咲きは最短で来春
将棋の藤井聡太八冠(21)=竜王、名人、王位、叡王、王座、棋王、王将、棋聖=が20日、甲府市「常磐ホテル」で指された第9期叡王戦五番勝負第5局で、後手の挑戦者・伊藤匠七段(21)に156手で敗れ、通算成績2勝3敗で失冠。八冠から陥落した。藤井がタイトル戦で敗退するのは今回が初めて。タイトル連続獲得記録は22期で止まり、昨年10月の王座戦からの“天下統一”は254日で終わった。 【プロフィール】藤井聡太七冠と伊藤匠新叡王の比較表 髪は乱れ、胸元ははだけていた。局面は明らかに藤井敗勢。それでも最後まで手を進めて死闘を戦い抜き、「あ、負けました」と小さく、同学年の挑戦者に自らの敗戦を告げた。20年棋聖戦で初タイトル獲得以来、初めての失冠。「それ(失冠)は時間の問題だと思っていたので、あまり気にせずに…。何とかこれからも頑張っていきたいと思います」と言葉を絞り出した。 戦型は両者得意の角換わり。序盤はリズム良く進み、中盤からは「気分良く攻めてはいた」。藤井が強気の攻めの手を繰り出し始め、快勝ムードがただよい始めていた。 一転、不穏な空気が流れたのは、107手目。「バシン」と藤井が自らの膝をたたいた。AIの形勢は依然“藤井よし”を示していたが、苦悶(くもん)の表情が浮かんだ。水を何度も飲み、髪をかき上げた。「直前は指せてる可能性もあるかなと思ったのですが…思わしい手が分からず。甘いところがあった」。狂った歯車が戻らず。伊藤の的確な攻めも、最後まで途絶えなかった。 藤井は「(八冠堅持は)特に意識せずにやっていた」というが、頂点に立ち続けている者のプレッシャーは計り知れない。今年度はここまで8勝4敗と不調気味だ。挑戦者たちは“打倒藤井”を目指し、手を替え品を替え、さまざまな戦型で挑んできている。一方、受けるタイトルホルダーは藤井一人。5月には「経験の少ない将棋になることが最近は多く、その局面における判断力がまだ十分ではない」と弱点を自己分析。加えて、「終盤の精度」にも課題を感じていたという。 そんな中、伊藤は序盤研究にたけているのは前々から知られる。加えて、今シリーズでは特に終盤の強さが光った。藤井がタイトル戦で初めて連敗を喫した第3局でも伊藤が終盤に繰り出した精度の高い指し手を受け切れず。対局後、藤井は「うっかりしていた」と振り返り、この日も「終盤戦でのミスが結果につながってしまった」と繰り返した。 史上初となる八冠の座から254日で降りたが、返り咲きはあるのだろうか。藤井は「今の時点では全く考えていない」と答えた。それでも、「伊藤さんの実力を感じるところがすごく多かった。私自身も頑張らなければいけない。これを糧にして頑張っていきたい」としっかり前を見つめる。感想戦では対局を振り返りながら、笑みさえ見せた。藤井の失冠の日は同時に、王者に好敵手が現れた日でもある。(瀬戸 花音) 〇…藤井が再び八冠に返り咲くためには、現在進行中の棋聖戦(第3局は7月1日)であと1勝するのが第一歩。さらに、その後に控える王位、王座、竜王、王将、棋王、名人のタイトルを防衛した上で、来年度の叡王戦の挑戦者となり、25年春(予定)からの五番勝負を制する必要がある。叡王戦は予選は免除されるが、本戦はトーナメント形式のため、一つも負けられない戦いが待っている。
報知新聞社