「つらいことをすれば報われる」は間違い…金メダル連発の全盲スイマーが到達した追い込み禁止という生き方
とはいっても、「ここぞ」という場面では、どんな人でも大なり小なりプレッシャーが押し寄せるものだと思います。僕も、これまでの大会でプレッシャーを感じてきました。でも、冷静に考えてみると、プレッシャーに押しつぶされそうなときというのは、「自分で自分にプレッシャーをかけている」ということに気づいたのです。第三者からもたらされているわけではないのですよね。 職場だと、上司や先輩、後輩からの期待やプレッシャーを感じる瞬間があるかもしれません。僕も、メダルへのプレッシャーはあります。でも、実はそれって「ここで結果を出さなければ……」と勝手に自分自身にプレッシャーをかけているだけなのかもしれない。 ■プレッシャーは「成功への吉兆」 さらに、プレッシャーは「成功への吉兆」だと思うのです。自分自身の経験でいえば、プレッシャーを感じるときというのは練習メニューが見事にはまり、理想的な準備ができているときであることが多い。自分でも納得のいくコンディションで迎えるからこそ、「万全の調整をしてきたのだから、絶対に失敗できない」という良い緊張感が湧いてくる。 だから、得体の知れないプレッシャーを感じるということは、それだけいいコンディションであるということの証明なのかもしれません。そう考えるようになったら、かなり気持ちがラクになりました。 もうひとつ僕が大切にしていること。それは、「面白いからやる。不必要だからやらない」。シンプルに生きることで、一気にラクになりました。いわゆる「QOL(クオリティ・オブ・ライフ)」も向上したし、余計な力が抜けた分、今まで以上に練習に集中できるようになりました。 リオ大会までは、「金メダルを取るために、どんなことでもやる」とがむしゃらに練習に取り組んでいました。後から振り返ると、それだけでは自分の求める効果は得られなくなっていた。こうした経験を経て、自分が取り組むことに対して根拠を求めるようになりました。一度立ち止まって、「それは自分にとって必要か?」と考える。ただの自堕落にならないように自分を律しなければいけませんが、「水泳のタイムを少しでも速くしたい」という強い意志があるから、そうそう安易な方向には流れません。 たとえば、今年のパリ大会に向けてフォーム改造に取り組むことを決めました。それは、これまで以上にタイムを縮めるためには何か大きな改造が必要だと思ったからであり、また、「新たなことを試してみたい」と前向きな気持ちになれたから。正直なところ、フォーム改造によって劇的な変化が見込めるかというと、そこまで期待が高いわけではありません。でも「面白いからやる」という姿勢が大事。果たしてどんな結果が残せるか? ぜひ注目してみてください。 ---------- パラリンピック水泳競技は競技の公平性を保つため、障がいの度合いに応じてクラス分けされている。アルファベットのSは自由形・背泳ぎ・バタフライ、SBは平泳ぎ、SMは個人メドレーのクラスを表す。数字はその選手の障がいの種類や度合いを表す。11~13は視覚障がいのクラスで、数字が小さいほうが障がいが重くなる。全盲の木村選手の場合は、もっとも障がいの重い11となっている。2024年8月28日開会のパリ2024パラリンピック競技大会代表内定で、5大会連続出場となる木村選手。その活躍を応援したい。 ---------- ※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年9月13日号)の一部を再編集したものです。 ---------- 木村 敬一(きむら・けいいち) パラリンピック 水泳(視覚障害クラス)金メダリスト 1990年、滋賀県に生まれる。日本大学文理学部卒業。同大学大学院文学研究科博士前期課程修了。2歳の時に病気のため視力を失う。小学校4年生で水泳を始め、2012年ロンドンパラリンピックで銀・銅2つのメダルを獲得し、2016年リオ大会では銀・銅合わせて4つのメダルを獲得する(日本人最多記録)。2021年東京大会では自身初となる悲願の金メダルを獲得する。東京ガス株式会社人事部に在籍。日本パラリンピアンズ協会(PAJPAJ)の理事も務めている。著書には『闇を泳ぐ 全盲スイマー、自分を超えて世界に挑む。』(ミライカナイ)がある。 ----------
パラリンピック 水泳(視覚障害クラス)金メダリスト 木村 敬一 構成=吉田彩乃