「ベトちゃん、ドクちゃん」をどうやって分離すればいいのか…大手術を見送った日本赤十字社の重い葛藤
■弟「ドクちゃん」と結婚相手をハグ 2人の分離手術から18年が経過した2006年(平成18年)。25歳の立派な青年になった弟のグエン・ドクさんが来日しました。その時、自身の結婚を報告するため、お相手を伴って日赤の本社を訪ねてくれました。 私はこの前年に日赤の社長に就任していました。あのドクちゃんが綺麗なお嫁さんを連れてきた。ついうれしくなり、「君の奥さんはチャーミングだ」と言いながら、2人をハグして祝福しました。 兄のグエン・ベトさんは分離手術後もずっと体調が不安定で、重い障害を抱えての入院生活が続いていました。苦難を分け合った弟が幸せをつかんだことを見届けると、この翌年、安堵したかのようにホーチミンのツーズー病院で息を引き取りました。 ■ジュネーブ条約の趣旨に立ち返るべき ベトナム戦争の終結からもう半世紀になろうとしています。いまだに気になっているのが、枯葉剤を「エージェント・オレンジ」と呼び、戦術兵器として使用した米国の責任です。ベトナムではあの戦争以来、障害を抱えて生まれてくる子供たちが増え、その傾向は数世代に及んでいます。しかし米国では、ベトナムの戦場にかり出されるアメリカの若者を救うためには、エージェント・オレンジの使用はやむをえなかったという論調が根強いのです。 ジュネーブ条約は〈紛争当事者が戦闘の方法及び手段を選ぶ権利は無制限ではない〉とさだめています。禁止事項として〈過度の傷害又は無用の苦痛を与える兵器、放射物及び物質並びに戦闘の方法を用いること〉〈自然環境に対して広範、長期的かつ深刻な損害を与えることを目的とする又は与えることが予測される戦闘方法及び手段を用いること〉などを挙げています。 この条約を締約しているにもかかわらず、化学兵器や対人地雷、クラスター爆弾といった残虐な兵器を戦闘に使用する国が後を絶ちません。 現代においても、ロシアによるウクライナ侵略やガザ地区でのイスラエルとパレスチナの戦闘、シリアの内戦などで、非人道的な兵器の使用が報告されています。武力紛争を地球上からなくすことは、人類の歴史を鑑みると難しいのかもしれません。 ならばせめて、武器使用による残虐な被害を最小限にとどめ、とりわけその累が未来を担う子供たちに及ぶことを防ぐ必要がある。世界の指導者はいま一度、ジュネーブ条約の趣旨に立ち返り、条約の順守を確かめ合うべきではないでしょうか。 ---------- 近衞 忠煇(このえ・ただてる) 日本赤十字社名誉社長 1939年東京生まれ。学習院大学卒業後、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに2年間留学。1964年日本赤十字社入社。2005~2019年日本赤十字社社長。2009~2017年国際赤十字・赤新月社連盟会長を兼務。2022年、長年にわたる人道支援活動の功績が国際的に認められ、個人に贈られる国際赤十字・赤新月運動における最高位の褒賞アンリー・デュナン記章受章。近衞家31代当主。著書に『近衞忠煇 人道に生きる』(中央公論新社/聞き手・構成 沖村豪)がある。 ----------
日本赤十字社名誉社長 近衞 忠煇