映画『碁盤斬り』が好評の草彅剛“独自の演技スタイル”で天才と評されるウラに「つかこうへいの教え」
草彅剛主演の映画『碁盤斬り』が5月17日から公開され、3週間が経った今も週末の「映画動員ランキング」では、トップ10にランクイン。さらには「ウディネ・ファーイースト映画祭」で批評家によって選出されるブラック・ドラゴン賞を受賞。「ニューヨーク・アジアン映画祭」でも上映が決定するなど、海外でも注目を集めている。 【写真あり】カッコイイ…草彅剛『碁盤斬り』でみせた粋な”サムライ姿” この映画は、身に覚えのない罪を着せられた上に妻も喪い、故郷・彦根藩を追われ、娘のお絹(清原果耶)とふたり、江戸の貧乏長屋に暮らす浪人・柳田格之進(草彅)が主人公。ある日、旧知の藩士により、悲劇の冤罪事件の真相を知らされた格之進とお絹は、復讐を決意する。 古典落語の名作「柳田格之進」を映画『凶悪』『孤狼の血』など、これまで数々の話題作を手掛けてきた白石和彌監督が映画化したリベンジ・エンタテインメントである。 愚直なまでに清廉潔白すぎた格之進が、“復讐の鬼”と化して旅に出る。その鬼気迫る姿は、この世の者にあらず。穏やかだった格之進の豹変ぶりには、共演者からも驚きの声が上がっている。 「格之進を間近に見た萬屋の手代・弥吉役の中川大志が、『自然体から少しずつギアを上げていく集中力は凄まじかった』と言えば、久しぶりに共演した町の親分・長兵衛を演じた市村正親は、『魂で芝居をする人なので、今作でも同じ空気の中で生きられて幸せでした』とコメント。また度々共演を重ねてきた敵役・柴田兵庫を演じた斎藤工は、『草彅剛さんでしか辿り着けない秘境があって、そこに辿り着いた人』とまで形容しています」(制作会社プロデューサー) 実に草彅の役作りには、独自のこだわりがある。 「どの役を演じる場合も、草彅は自分のセリフだけ覚えて、他のキャストのセリフは読んでいません。その理由について『セリフが現場で変わることもあるし、相手の俳優もいるので、その場で感じたままに表現する』とだけ、答えています」(制作会社ディレクター) 台本を読まずに本番を迎える。こんなスタイルで果たして役作りができるのか。そんな疑問さえ芽生えてしまう。 しかし草彅はデビュー当時から、このスタイルだったわけではない。 「20代から30代前半までは、何度も何度も台本を読んで、夜も寝ないで考えていた時期もあった」 と語る。さらに現場で監督がOKを出しても納得がいかずに 「もう一回やらせてください」 と直談判することも度々あったという。それを知った盟友の香取慎吾は、草彅を呼び出し 「お前は監督じゃないだろ」 と注意したこともあった。さらに驚くべきことに草彅の台本を開いてみると、細かい文字の書き込みがびっしり。そこには役作りのために考え過ぎて、どうしたらいいのかわからなくなってしまった草彅の苦悩の跡が読み取れる。 そうした経験を踏まえて 「必要以上に読むと、余計な考えが増えて集中できない」 「だから台本を読み込まない、今のスタイルになった」 と本人も明かしている。 まるで悟りの境地を開いた孤高の剣士を思わせる演技プラン。このスタイルが開眼した裏には’10年、若くしてこの世を去った恩師・つかこうへいの教えがあった。 「1999年、草彅はつかさん作・演出の舞台『蒲田行進曲』で、売れない大部屋の役者ヤスを熱演。つかさんは『君の中には魔物がいる。そこがすごくいい。感情の扉を開こう』『セリフに意味なんかないんだよ、もう言っとけ。ただ大声でセリフを言ってりゃいいんだよ』と草彅を鼓舞しています。 この一見矛盾するような、つかさんのアドバイス。俳優は、何も考えるなと言っているわけでは決してありません。(草彅の中に眠る)魔物の思うがままに、演じてほしい。それこそが、草彅が本領を発揮するために必要な演技プランなのだと、つかさんは言っていたのかもしれません」(前出・プロデューサー) こうした演技ができたのは、草彅が当時置かれていた環境にも原因があった。 SMAP時代、メンバーの中でドラマの主役を演じたのも草彅が一番最後だった。そうした境遇が、売れない大部屋俳優ヤスの姿と重なり、当時感じていた焦りや劣等感を、草彅は舞台の上ですべて吐き出したのである。 「まるで刀で斬り合うようなこのスタイルこそ、今では“天才”の名をほしいままにする草彅剛による唯一無二の演技スタイル。その切れ味は、トランスジェンダー役を演じた映画『ミッドナイトスワン』以降、大河ドラマ『青天を衝け』、『罠の戦争』(フジテレビ系)、朝ドラ『ブギウギ』(NHK)と作品を重ねるごとに鋭さを増しているように感じます」(前出・ディレクター) 『碁盤斬り』を手掛けた白石和彌監督は、異次元を突き進む姿を見て 「草彅剛は高倉健を継ぐ男」 とまで言い放つ。もし生きていたのなら、今の草彅をつかこうへいはどう評するのか。聞いてみたかったのは、私だけではあるまい――。 文:島 右近(放送作家・映像プロデューサー) バラエティ、報道、スポーツ番組など幅広いジャンルで番組制作に携わる。女子アナ、アイドル、テレビ業界系の書籍も企画出版、多数。ドキュメンタリー番組に携わるうちに歴史に興味を抱き、近年『家康は関ケ原で死んでいた』(竹書房新書)を上梓。電子書籍『異聞 徒然草』シリーズも出版
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