昭和のヒーロー、幼い子どもに媚びない設定「好奇心そそる違和感」を大切に
10年ほど前、『仮面ライダー電王』に夢中になった幼稚園年長の男児が『仮面ライダーV3』のレンタルDVDを観て、「怖い」と号泣しました。初回にいきなり、怪人・ハサミジャガーが登場し、主人公の両親と妹が殺されてしまうシーンは幼稚園児には衝撃的だったようです。それでも怖いもの観たさというのでしょうか。続きはやはり気になり、最後まで観てしまうのでした。 「【連載】「月光仮面」誕生60年 ベンチャーが生んだヒーロー」の第3回では、映画評論家で映画監督の樋口尚文さんが、『月光仮面』のプロデューサー・西村俊一氏が目指した世界観とその奥底に流れていたものについて解説します。
子ども向けでも容赦なく、「好奇心そそる違和感」を大切に
テレビ史において突出した人気を誇るヒーローたちは、『ウルトラマン』にせよ『仮面ライダー』にせよ、幼い子どもに媚び、安心させる風貌ではなかった。その原点たる『月光仮面』も、ターバンにマスクにサングラスというオリエンタルな怪人の扮装で、どこか神秘的であった。実は視聴者の子どもたちは、自分たちの目線に合わせたのどかなデザインよりも、こういった好奇心をそそる異物感にこそわくわくと飛びついてくるのである。その異物感を保証するものは、類を見ない突飛なオリジナルさであって、あるヒーローがウケたからといってそれをマイナーチェンジした二番煎じ三番煎じに走ってもそっぽを向かれるだろう。 そして、テレビヒーローの系譜をたどり直すと、もうひとつ、ヒーロー創造をめぐるパターンの反復に気づかされる。つまり、テレビヒーローを生み出す過程において、必ずテレビ番組の作り手たちは、自分たちの青少年時代に(作品の受け手として)深く影響されたヒーロー像を視聴者の子どもたちに申し送りしているのだ。そのことを掘ってゆけば、なぜ月光仮面があんなビジュアルになったのかもよくよく理解できるのだ。
西村俊一プロデューサーの心の奥底に流れる「少年倶楽部」的なDNA
つまり、川内康範とともに月光仮面の設定やデザインを作り上げたキーマンである29歳の西村俊一プロデューサーにとって、幼き日から思春の頃までにかけてのヒーローは、戦前の時代小説や冒険小説の主人公たちであり、それはいわば人気雑誌『少年倶楽部』の世界観だった。『少年倶楽部』には、山中峯太郎、海野十三、南洋一郎、高垣眸といった作家の痛快な少年冒険小説と、樺島勝一、伊藤彦造、梁川剛一ら錚々たるさし絵画家による劇的な挿画が満載で、読者の少年たちを魅了した。 折しも日本軍の大陸侵攻たけなわで、ここに描かれる大陸雄飛的なロマンは軍国少年たちの血を逆流させたというわけである。しかもなんたることか、西村俊一の父はこの『少年倶楽部』の編集部におり、当時の講談社のそばにあった生家には、『少年王者』の山川惣治や『豹の眼』の高垣眸が打ち合わせに現れて、西村少年をかわいがっていたという。 そういう意味では西村俊一は、骨の髄まで「少年倶楽部」的なDNAを埋め込まれた子どもであって、そんな彼が『マライの虎』みたいな世界から越境してきたような月光仮面や、どくろ仮面やサタンの爪といった悪役たちをもってテレビ番組を作ったというのは、あまりにも自然な流れであろう。こうして戦後の高度経済成長期前夜の子どもたちは、作り手の西村を介して戦前の「少年倶楽部」的世界観を申し送りされていたわけであり、この世代ギャップが逆にこのヒーローに新奇性を与えていたのだろう。