刑事告発スピード受理、捜査本格化の機にスクープ記事…斉藤元彦知事を包囲する「2つの判例」
元テレビ朝日法務部長・西脇亨輔弁護士が指摘
兵庫県の斎藤元彦知事が再選された先の知事選について、PR会社の女性社長が「自分がSNS戦略を企画立案した」などと投稿し、知事らが公職選挙法違反などの疑いが浮上した問題で、今月16日、神戸地検と兵庫県警が刑事告発を受理した。捜査開始を受けて元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士は「2つの判例が気になる」と指摘した。 【写真】「相変わらずお美しい」の声 『ゴゴスマ』に初登場した女性コメンテーターの姿 正直なところ、刑事告発の受理は年明けになると思っていた。 告発を捜査機関に正式に受理してもらうには数か月かかることも珍しくない中、斉藤元彦知事についての郷原信郎弁護士と神戸学院大の上脇博之教授による告発は、わずか2週間で受理された。捜査機関の反応は素早く、斎藤知事と女性社長をめぐる捜査が本格化しようとしている。 そのタイミングで報じられたのが読売新聞のスクープ記事だ。斎藤陣営の広報担当者が支援者に「SNS監修はPR会社にお願いする形になりました」とメッセージを送ったする報道。これが事実なら、「SNS戦略を『監修』したという女性社長の話は『盛った』もの」「PR会社が『会社として』SNSに関わったことはない」という斎藤知事側の弁明はひっくり返されかねない。斎藤知事が女性社長に何を「お願い」したのかは、今後の捜査の焦点になるだろう。 一方、斎藤知事は一貫して、PR会社に約70万円を支払ったがポスターデザインなどの作業料で「選挙運動」について払ったものではなく、買収ではないと主張している。だが、この弁解は通用するのか。ここで気になる「判例」が2つある。 一つは2003年(平成15年)の東京地裁判決。この事件では選挙カーの運転手への「ドライバー報酬」の支払いが買収になるかが争われた。判決はまず、車の運転「だけ」なら単なる作業で「選挙運動」ではないので、報酬を払っても許されるとした。 しかし、問題はここからだ。この運転手は選挙カーが街頭演説の場所に着くと、車から降りて「よろしくお願いします」と言うなどしていた。車の運転「だけ」ではなく選挙運動にも参加したのだ。これに対して「支払ったのはあくまで『車の運転』の料金。選挙運動は『ボランティア』でカネは払っていない」という被告人側の弁解が通るのかが問題となったが、東京地裁はこれを否定して買収罪とした。 判決では、ある人物が選挙運動も単純作業も両方やった場合は「選挙運動者が、選挙運動の一環として単純作業もやってあげた」ものと扱い、運転手が選挙運動もしていた以上「選挙カーの運転行為のみ取り出して」報酬を払うことは許されないとした。同じ人物の行動を「ここまでは、報酬が発生してもいい単純作業」「ここからは、ボランティアの選挙運動」と切り分けることの不自然さを示した判例だと思う。 斎藤知事の件では、SNS投稿などを通じて選挙運動をしていた女性社長側に選挙期間中の11月4日、カネが払われた。これを「ポスターデザインなど」の作業だけ切り分けて、その報酬と考えることは妥当なのか。 この疑問に対して斎藤知事側は「選挙期間前にした作業の報酬だから問題ない」と主張するかもしれない。しかし、ここでもう一つの「判例」が現れる。 それは、1930年(昭和5年)の大審院(現在の最高裁)の判決。そこでは選挙運動に関する行為は時期に関係なく、選挙期間前の行為でも、カネを払えば買収罪とされている。 この「2つの判例」を合わせると「選挙期間前の『単純作業』の名目でカネを払っても、相手が『選挙運動』もしているなら、切り分けて扱うのは不適切」と考えられるのではないだろうか。「候補者のカネを一度手にした人間は、選挙運動をしてはならない」とすることは「選挙の公正」という公職選挙法の目的にもかなうと思う。逆に「単純作業」と「選挙運動」を分けて考えるなら、女性社長の選挙へのかかわり方などについて説得力ある説明が必要だろう。 ただ、この考え方は「選挙ビジネスはどこまで合法なのか」という疑問を大きくするものでもある。この点で最近、気になるのが「公職選挙法は時代遅れ」という議論が出ていることだ。「現代の選挙に戦略作りは必須だから、コンサルタントの報酬を法律で認めるべきだ」という主張もされている。 果たしてそれは正しいのか。その主張は「広告会社に大金を払わないと当選できない世界」を作り出すものに思える。しかし、私たち有権者が必要としているのは「良い政治」であって、「美しいポスター」でも「SNS映えするドラマ作り」でもないはずだ。 有権者に直接カネを配る代わりに、イメージ作りやSNS戦略にカネをかけて有権者の「頭の中」を左右する。それもまた「カネで選挙を買った」ことになるのではないか。そうした事態を防ぐには「選挙運動」へのカネの支払いを一律に禁ずる公職選挙法は意味があるし、むしろ、この禁止をより厳しく運用すべき時代がきたのだと思う。そうした中での斉藤知事らを巡る捜査の行方は、これからの我が国の選挙と政治のあり方全体を左右するのではないか。私はそう考えている。 □西脇亨輔(にしわき・きょうすけ)1970年10月5日、千葉・八千代市生まれ。東京大法学部在学中の92年に司法試験合格。司法修習を終えた後、95年4月にアナウンサーとしてテレビ朝日に入社。『ニュースステーション』『やじうま』『ワイドスクランブル』などの番組を担当した後、2007年に法務部へ異動。社内問題解決に加え社外の刑事事件も担当し、強制わいせつ罪、覚せい剤取締法違反などの事件で被告を無罪に導いた。23年3月、国際政治学者の三浦瑠麗氏を提訴した名誉毀損裁判で勝訴確定。同6月、『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』(幻冬舎刊)を上梓。同7月、法務部長に昇進するも「木原事件」の取材を進めることも踏まえ、同11月にテレビ朝日を自主退職。同月、西脇亨輔法律事務所を設立。今年4月末には、YouTube『西脇亨輔チャンネル』を開設した。
西脇亨輔