なぜ東京五輪の一部競技日程はアスリートファーストの原則を守れなかったのか?
また室伏スポーツディレクターは、「陸上決勝が午前9種目、リオ五輪では午前の決勝が8つあったが、今回は9つある。午前にやることでフルスタジアムとなり多くの人に見てもらえる形になるのでは」とも語っていた。まだ水泳は、室内競技で観客に負担はないが、灼熱の新国立競技場に最も暑い時間帯に詰め込まれる観客も、たまったものでははない。だが、組織委員会のスポークスマンの立場にある室伏スポーツディレクターには、こう答えるしかなかったのかもしれない。 東京五輪の組織委員会が決して公言できない理由が背景にある。多額な放映権料を払っている放送局サイドの圧力である。 米国のNBCは2014年のソチ大会から32年夏季大会まで10大会で120億ドル(約1兆3000億円)と言われる巨額の放映権料で北米の独占放映権を得た。2020年の東京大会と、それ以降で、金額が段階的に違うというが、東京大会には約11億ドル(約1200億円)が支払われる予定で、全放映権料の大きなパーセンテージを占める。NBCは、当然、その放映権料の見返りとして、米国時間のプライムタイムに自国での人気競技を組み込みたい。平昌五輪では、米国で人気のフィギュアスケート競技を午前の時間帯に持ってきたし、2008年の北京五輪でも、水泳、体操、バレー、バスケット、陸上の一部などが午前中開催となった。 五輪競技を扱う海外のスポーツサイト「インサイド・ザゲームズ」は、この日、「東京アクアティクスセンターで行われる競泳は7月25日から8月2日に行われ、決勝は日本の午前中に行われる。これは国際オリンピック委員会(IOC)と国際水泳連盟が昨年に合意したもの。総額で76億5000万ドル(約8400億円)で2032年までの夏季、冬季五輪の放映権を取得したアメリカの巨大テレビ局NBCの影響が大きな要因となったことが考えられる。日本で午前中に決勝が行われることにより、米国プライムタイムでの放映が保証されるだろう」と報道した。 1984年のロス五輪から“ビジネスマン”のピーター・ユベロスが本格的に始めた“商業五輪”は、最低価格をつり上げて入札制度にした莫大な放映権料と、スポンサーを絞ることにより競争が起きて全体のスポンサー料が跳ね上がったスポンサー協賛金の2大収入が柱となっている。1992年のバルセロナ五輪から本格的にプロも解禁され、さらに商業価値が高まった。だが、いつのまにか、アスリートファーストでなくなり、あらゆる利権がIOCに集中して開催地決定を巡って、あの手、この手でアンダーマネーが“IOCサロン”に飛び交い、しばしばスキャンダルが発覚する。クリーンにするために細かいルールが決められているが、そこには、また細かな合法的な抜け穴が存在しており、この大事な時期にIOC委員でもあるJOC会長の竹田恒和氏が汚職疑惑を持たれて辞任するに至った。 利権も開催費も巨大化する一方の“金のかかる近代五輪”は、再び限界に来ていて、開催立候補都市が激減。固定都市での五輪定期開催までが議論されるほどになっているが、なおさら複数大会の放映権料を担保してくれる放送局、特に一番の“お得意様”であるNBCの意向は無視できないという事態に発展している。実は、アメリカは五輪よりもNFLの「スーパーボウル」というお国柄で、五輪競技の視聴率は、全般的にいいわけではないが、特定の人気競技だけは別モノ。だからこそ、そこで稼ごうと放映時間確保に必死になるわけである。 だが、この日の会見で、室伏スポーツディレクターは、「放映局サイドからのスケジュールに関して特定の要望があったのか?」と聞かれ「組織委員会が、直接、海外、国内の放送局とコンタクトをとることはない。OBS(オリンピック放送機構)から送られてきたものをどこが送ってきたか想定はできるが、OBSからの要望を協議のもと、IF(各国際競技連盟)と一緒に考えていく。何か具体的な放送案件があったとは明確には言えない」と不明瞭な回答しかできなかった。 北京五輪では午前中に開催された体操男女の団体、個人総合の決勝を東京五輪では夜に持ってきたのが、せめてもの“東京の抵抗”だったのかもしれない。だが、アスリートや世界中から東京に足を運ぶ観客、アジアのテレビ視聴者の立場からすれば「多額な放映権料を払う米国放送局の意向だから仕方がない」では済まされない。五輪は誰のためのものなのか。このスケジュールを決めた人々は辞任した大臣が読んでいなかった五輪憲章をもう一度読んだ方がよかっただろう。 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)