ピアニストになりたい…夢を叶えるために必要なお金はどれくらい?【榎政則の音楽のドアをノックしよう♪】
「私の職業はピアニストです」という言葉の響きには、何とも言えない魅力があるように感じます。華麗な芸術の世界に生き、スポットライトを浴びるピアニストに憧れを持つ人も多いことかと思います。しかし、実際にわが子がピアニストになりたいと言い出したら、一旦躊躇してしまう両親も多いことでしょう。サポートの仕方がわからない、レッスン代・楽器代・学費が高そう、将来の仕事や生活に困りそう・・・。 そこで、今回の記事では必要な費用がどのくらいなのかを見ていきたいと思います。 ◆何歳からピアノを始める? ピアニストのプロフィールには、「3歳からピアノをはじめる」と書かれていることがあります。本人が社会における立ち位置としてのピアニストを具体的に想像できる年齢ではありません。 また、「3歳からはじめる」といっても、習い事の一つとしてのピアノではなく、幼児への音楽教育の専門家による特別なレッスンを受けてきたというピアニストも多いです。 このことから、両親や周囲が、なかば強制的に子どもをピアニストにしようという思いがあり、幼少期から専門的な教育を受けさせなければピアニストにはなれない、という見方が多数派になっているように思います。 実際、3歳からピアノを始めるのと、15歳でピアノを始めるには12年のハンディキャップがありますから、これはかなり大きな問題です。18歳で音大受験をしようと思った場合、5倍もの経験の差ができてしまいます。 15歳~20歳からピアノを始めて実際にピアニストとして活動している方もたくさんいらっしゃいますから、最終的には本人に才能があり、努力をすれば何歳から始めてどんな環境であっても全く関係ありません。ただ、それでも「日本語より楽譜のほうが読める」「声よりもピアノのほうが思った通りの音を出せる」といった、身体に染みつくレベルの感覚を身に着けるには早くにピアノを始めるに越したことはありません。 ただ、専門的な音楽教育を受ける必要まではありません。プロのピアニストでも、そういった方は少数派です。 筆者の考えでは、ピアノに自由に触れることができる環境が7歳までに与えられているのであればそれだけで十分だと思います。自由に触れるとは、自分自身の意志でピアノの蓋をあけて音を鳴らすことができるという意味で、曲を弾くことができる必要もありません。そして電子ピアノでもアップライトピアノでもグランドピアノでも構いません。 鍵盤を押すと音が出る、という感覚と楽しさというものはピアニストにとって根源的に必要な体験だからです。 ◆月々のレッスン代はどれくらい? ピアノに触れて楽しいという体験があれば、やはりレッスンに通いたくなるものです。 レッスンで得られるものは、合理的な姿勢や弾き方、そして幅広い楽曲の知識です。先生によっては、演奏会でのマナーや、挨拶・お金の渡し方などの社会常識も大切にすることがあります。 レッスンは大手の音楽教室ですと、年齢にあまり関係なく5000円から20000円程度です。 そのほかに楽譜やノート、入会金などもプラスで掛かってくる場合があります。 個人教室でも基本的には値段は変わりません。 5000円は月1~2回のライトな習い方の場合で、20000円は月4回~6回程度しっかり習う場合です。 これは習い事として見た場合で、音大受験を目指すとなると、話が変わってきます。 音大の入試はいくら教科書を読んでも対策できるものではなく、それなりに専門的な知識が必要になってくるからです。 ピアノだけではなく、「楽典」「音楽理論」「音楽史」「ソルフェージュ」といった内容の勉強も必要になります。ピアノと同時並行でこれらも勉強しなくてはいけないため、それなりに時間も費用もかかります。 ピアノのレッスン自体も、それなりに高度なレッスンを受ける必要があります。 音大教授クラスのレッスンを受けようとすると、1回10000円~30000円程度掛かります。毎週受けるとなるとこれはかなりの負担になってしまいますね。 ◆音大の学費はどのくらい? このまま音大の学費を見てみましょう。 ◇私立音大の学費 私立音大の学費の一般的な金額は ・入学金10万~30万円 ・授業料70~150万円 ・施設維持費30万~70万円 となっており、初年度約250万円、2年次以降200万円程度というのが一般的です。 4年間で約900万円となり、私立文系の平均約400万、私立理系の平均約550万円と比べてもかなり高額なことがわかります。 日本学生支援機構での借り入れと、学生のバイトだけでこの金額を捻出するのは、学生生活をよっぽど犠牲にしない限り不可能といえ、これだけを見れば家族や親族の支援がいかに重要かがわかります。 世帯年収における在学費用の割合は、15%程度とされていますのでそのまま学費200万円を当てはめると、世帯年収1300万円以上が必要になります。 これは上位3%に相当する収入で、実際に私立音大にわが子を入れるためにはかなり裕福である必要がありそうです。 ◇国公立音大の学費 次に、国公立音大を見てみましょう。 国公立音大は、 ・東京藝術大学 ・愛知県立芸術大学 ・京都市立芸術大学 ・沖縄県立芸術大学 ・大分県立芸術文化短期大学 の5つがあります。 国公立は基本的に一律で授業料が決まっているため、53万円~65万円+入学時の諸費用10万円程度という形に落ち着いています。 卒業までに220万円~300万円程度であり、日本学生支援機構での借り入れだけで十分学費を賄うことが可能です。もちろん倍率も高くなりますが、入れてさえしまえば、本人の努力だけで卒業まで可能です。 ◇世界の音楽大学の学費 ここで、参考のため、世界の音楽大学の学費も見てみましょう。条件や為替レートによって学費が大きく変わる場合があるため、一般的な学費の概算のみを提示します。 ・アメリカ ボストン音楽大学:約700万円/年 ジュリアード音楽院:約800万円/年 これに家賃や生活費がかかってくると、毎年1000万円以上は必要になります。日本とは比べ物にならないほど高額ですね。相当裕福な家庭でない限り、基本的に奨学金で進学するしかありません。日本で実績を積み、奨学金が出たり、招待されたり、といった前提が必要になるでしょう。 ・フランス パリ国立高等音楽院:約9万円/年 エコール・ノルマル音楽院:約120万円/年 打って変わってフランスは基本的に授業料が極めて安いです。国公立の音楽院は、外国人でも10万円程度の授業料で済み、私立であっても100万円程度の授業料となります。もちろん世界中から才能のある学生が殺到するため、合格倍率はかなり高くなります。 ・イギリス ケンブリッジ大学(音楽学部):約300万円/年 英国王立音楽院:約500万円/年 イギリスはそもそも物価が極めて高いため、学費も高く感じますが、感覚としては日本の私立の音大と同じような学費となります。アメリカほどではないですが、それでも奨学金を前提としなければなかなか入学は難しいといえるでしょう。 ◆必要金額シミュレート それでは実際に6歳から始めて、順調にピアニストになるために必要な金額をシミュレートしてみましょう。 ◇ピアノの準備 最安値コース: 電子ピアノ 約5万円 標準コース: アップライトピアノ 約80万円 ◇毎月必要な費用(6歳~12歳) 最安値コース: レッスン代 6,000円/月 教科書・ノート等 2,000円/月 標準コース: レッスン代 10,000円/月 教科書・ノート等 2,000円/月 ◇毎年必要な費用(6歳~12歳) 最安値コース: 発表会代 10,000円 標準コース: 発表会代 40,000円 調律代 15,000円 ◆この6年の合計金額◆ 最安値コース:約70万円 標準コース:約200万円 ◇楽器代 最安値コース: アップライトピアノ 約80万円 グランドピアノ(スタジオ)レンタル 10,000円/月 標準コース: グランドピアノ 約200万円 防音設備など 約100万円 ◇毎月必要な費用(12歳~18歳) 最安値コース: ピアノ・レッスン代 20,000円/月 楽典などレッスン代 10,000円/月 教科書・ノート等 3,000円/月 標準コース: ピアノ・レッスン代 40,000円/月 楽典などレッスン代 20,000円/月 教科書・ノート等 3,000円/月 ◇毎年必要な費用(12歳~18歳) 最安値コース: 調律代 15,000円 標準コース コンクール・発表会など 100,000円 調律代 20,000円 ◆この6年の合計金額◆ 最安値コース 約180万円 標準コース 約830万円 ◆この12年の合計金額◆ 最安値コース 約250万円 標準コース 約1000万円 さらに音大に進学した場合、国公立だと+250万円、私立だと+1000万円と考えると良いかと思います。 ◆音楽は最も格差の激しい世界かもしれない ここまで見てきたように、音楽の世界は少なからずお金が必要です。 極めて格差の激しい世界で、バイトと練習の両立に苦しむ学生から、不自由なく練習を続ける学生もいます。 そして、もちろん良い先生にたくさん習うことができ、不自由なく練習ができる学生のほうが圧倒的に有利なのは間違いありません。 しかし、ピアニストになりたいという夢を経済的な理由であきらめるのは残念なことです。次回は経済的な理由でピアニストになる夢をあきらめないための方法を模索していきたいと思います。(作曲家、即興演奏家・榎政則) ◇榎政則(えのき・まさのり) 作曲家、即興演奏家。麻布高校を卒業後、東京藝大作曲科を経てフランスに留学。パリ国立高等音楽院音楽書法科修士課程を卒業後、鍵盤即興科修士課程を首席で卒業。2016年よりパリの主要文化施設であるシネマテーク・フランセーズなどで無声映画の伴奏員を務める。現在は日本でフォニム・ミュージックのピアノ講座の講師を務めるほか、作曲家・即興演奏家として幅広く活動。
福井新聞社