スーパー高校生・桐生、9秒台への課題
日本人初の9秒台突入へ、スーパー高校生・桐生祥秀(京都・洛南高3年)の快挙達成への可能性はスタートの時点で萎(しぼ)んでしまった。 約1万7000人のファンが詰めかけた味の素スタジアム。お目当てはもちろん最終種目の男子100m決勝だ。名前がコールされた時に沸き上がった大歓声が「シーッ」というアナウンスとともに静まり返った中で、号砲が鳴り響いた直後から5コースの桐生は大きく出遅れてしまう。 リアクションタイム(スタートの反応タイム)は0.140。決勝に進んだ8人の中で、3番目に時間を要していた。優勝した山縣亮太(慶応大学)は0.119と最も早く反応している。予選2組で1位になった7日の予選でも、出場した18人で最も遅い0.193だった。結局、そのスタートの遅れを取り戻せなかった。 優勝した山縣は10秒11。2位の桐生は10秒25。決勝の気象条件は追い風0.7m。絶好のコンディションにもかかわらず、記録が10秒25にとどまったことに「悔しさがないと言ったらおかしい」と真剣な顔をした。 日本陸連の伊東浩司・短距離部長は、予選を見た時点で桐生がスタートに出遅れ、山縣の後塵を拝するレース展開が予測できたという。 「予選のスタートは明らかに失敗だった。彼が体で覚えていた“スタートを自動化する動き”がちょっと狂ってしまったんでしょう。どんなスポーツでも形が一回崩れるとそれが癖になるというか、元に戻すのに簡単な時と、難しい時とがあるので。彼の場合は、それが癖になった。スタートに遅れてしまうと山縣をまくるのは無理。それほど山縣のレベルは低くないですから」 桐生のスタートミスの原因は何なのか。 ひとつ考えられるのは、6月第1週にあったインターハイの京都予選だ。3日間で9レースを走った。レース過多による故障が怖かったのか、桐生は100mでのスタートを自重していたという。この時に桐生のスタートのメカニズムに狂いが生じ、修正できないまま日本選手権を迎えてしまった。桐生本人も分かっていたのだろう。決勝を前にしても、しっくりこないスタートに不安を覚えていた。 「苦手というより、意識しすぎるあまりに思い切ったスタートが切れない。フライング(への不安)もそうですし、構えた時に腰がふらつく。ピタッと止まらないんです」 それでも、40m地点でトップスピードに到達する加速度は、10秒00の日本記録保持者である伊東部長をして「規格外」と言わしめるほど。予選では7人をごぼう抜きにして2組で1位、全体でも、山縣に次ぐ2位で通過し、決勝でも中盤からの加速で4人を抜いた。 「スタートのいい選手にあれだけ前に出られると、普通は心理的に動揺する。なのに、どうしてあのようなレースができるのか。彼の修正能力は、私たちの想像の域を超えている」 レース後に総括をした伊東部長は、桐生の体に宿る能力を絶賛した。メディアの注目は日本歴代2位となる10秒01を出したスーパー高校生の9秒台の可能性である。