知らぬ間に引退報道…恩師から「使ってもらえねぇぞ」 家族を呼べなかった“晴れ舞台”
雨中のマウンドで有終の美も「ベンチに帰りたくなかった」
松沼氏は進退について熟考した。登板機会が少なくなった現実を「そりゃそうだよな。俺、何回も試合を壊しているしな」と顧みた。根本氏は、入団交渉で松沼兄弟を引き入れてくれた当時の監督でもある。「そうなんですよ。だから僕の中では根本さんは絶対なのです」と心酔する存在だ。“親分”ならではのストレートな物言いには、ライオンズを支え続けてきてくれた松沼氏をねぎらう愛情が含まれていた。 引退登板はレギュラーシーズン最終戦の10月13日、ロッテ戦。敵地・川崎球場で先発した。相手はマサカリ投法のエース村田兆治投手で、こちらも引退試合だった。両先発の最後の雄姿に天も泣いたのか、雨が降りしきる中の一戦は5回降雨コールドの0-4で決着した。松沼氏は述懐する。「ホームの西武球場だったら家族も呼べたんだろうけど、天気予報が悪くてね。球場も古くてキレイじゃなかった川崎。家族は呼べないでしょう。今でも家族にその事を言われますけどね」。 2イニングを無失点で有終の美を飾った。「もう自分の中では絶対に終わりって、引退に納得してたんですけど……。いざ川崎に行って『最後の登板』と言われた時に何か知らないけれど涙が止まらなくてね。『俺って後悔しているんじゃないのか』『もっとできるんじゃないか』と頭をよぎりました」。ウオーミングアップで瞳が濡れていたのは雨粒ではなかった。「本当に涙が止まらなくなって。困ったもんだな、と思ってました」。 2回の満塁の危機を切り抜け、最後のマウンドを降りた。チーム最年長の功労者を温かく迎えようと選手たちが待ち構えている。「ベンチに戻らなきゃいけないんだけれど、真っ直ぐ帰っていくのが嫌でした。帰っちゃったら、着いちゃったら終わりだから……」。松沼氏は言葉を繋いだ。「あの思いは忘れないね」。西武球団に記念すべき初勝利をもたらしたパイオニアは、マウンドに別れを告げた。
西村大輔 / Taisuke Nishimura