バスケを始めた理由が「ダイエットのため」178センチ、88キロの『ブーちゃん』が後にドルフィンズで8シーズン「もう1回やれと言われてもできない」バスケ人生を振り返る【引退迫る中務敏宏にインタビュー】
◇名古屋ダイヤモンドドルフィンズ特集「RED PASSION」 2016年のBリーグ発足以来、名古屋ダイヤモンドドルフィンズ(名古屋D)で在籍9季目を迎えた中務敏宏(38)が今季限りで引退する。チームメートやファンから「トシさん」の愛称で親しまれるベテランが、現役引退を決めた経緯や周囲からの反響を明かしながら胸中を語った。 (広瀬美咲) 今季ホーム開幕戦となった10月12日川崎戦。最終第4クオーター(Q)の終盤、中務がコートに入ると、ファンからの大歓声を浴びた。約2週間前に今季限りでの現役引退を発表したばかり。声援を受けて「僕以上にファンの方たちが思い入れを持ってくれている。自分が思っていたより、たくさんのものを受け取ってくれたんだな」と感慨深そうに語った。さらに10月20日の茨城戦で個人通算500試合出場を達成した。 シーズン前の5月末に契約満了となり、一度はリーグの自由交渉者リストへ公示された。引き続きドルフィンズと交渉する中で、中務は「このまま引退するか、引退を先にみんなに伝えてもう1年プレーする」のどちらかを自身の希望として伝えた。その心は「ファンの方にきれいに推し活を終えてもらいたい」という思いから。チームにも意向をくんでもらった。 競技を本格的に始めたのは中学1年の時。同じ学校にいた親戚の1人が柔道、1人がバスケットボールをしていたため、後者を選んだ。理由は「ダイエットのため」という。当時は身長178センチ、体重が88キロで、あだ名は「ブーちゃん」。最初はリバウンド要員だったところから、体格を生かしたゴール下への進入、ターンしてシュートと、できることが増えるうちにのめりこんだ。「太っていた子が少しでも有名選手を超えていく、みたいなのがモチベーションだった」と振り返る。公立の大阪・八尾高では強豪私立を抑えて全国高校総体に出場。ウインターカップでは8強入りした。筑波大に進み、当時関東大学リーグで2部だったチームを1部に昇格させて卒業した。 周囲からは「準備力の高さ」を買われてきた。特に顕著だったのは、22~23年シーズンの終盤。チームはけが人が続出し、ベンチ登録が8、9人の状況が続いた。その中で中務が仕事人ぶりを発揮。チームのポストシーズン出場に貢献した。「基本的に怖がり」と自認する中務は「どれだけ準備しても、どれだけ練習で良くても試合に絡まない限り証明できないので、一生足りない」ときっぱり。 「選手みんなが憧れるドルフィンズの登録枠1つを自分が使っている」という責任感もあった。これまでの8季を振り返り「もうこれ以上できない、もう1回やれと言われてもできないことがいっぱいあった」と充実した表情を浮かべた。 今季のリーグ戦の約4分の1を終え、チームは6勝8敗の中地区5位。昨季の地区優勝チームとしては、今季は苦しい出だしとなった。「きちんとドルフィンズらしくカムバックして、やっぱり年間優勝したい。カムバックしていく過程で、みんなに喜んでもらえたり、自分たちも成長できると思う」と語る。 パナソニックトライアンズ時代の13年に天皇杯で優勝し、昨季はドルフィンズで初のBリーグ地区優勝を経験。強豪チームでプレーしてきたからこそ「理想通りにはいかないと思う。味方に対してもキツいことを言わなきゃいけないし、求め合わないといけない部分もたくさんある。それが続けられるチームでありたい」と話した。 自身は単身赴任3年目の2児の父という一面も持つ。大阪の自宅に住む妻には引退の意向を伝えると「あんたが納得せえへん限り、終わってからびーびー言われるん嫌やから、好きにし」と頼もしい言葉を受けた。小学1年の長男からは「引退って言ったけど、ほんまに? それは嫌じゃない? 好きにしていいよ」と気遣うボイスメッセージが届いた。家族への「ありがとう」は欠かさない。中断期間に大阪に帰った際には、「嫁さんの日」として妻の買い物にとことん付き合い、子どもたちとサプライズで花束を渡した。 引退を表明してから約1カ月半。今の率直な思いを聞くと「はよ終わらんかな」と冗談交じりに笑う。何年にもわたってプロとしての準備を続け、長いシーズンを戦ってきたからこその言葉だった。今季のリーグ戦は残り46試合。開幕戦で得意の3点シュートは決まらず、「次はスリー(3点シュート)ですね。まぐれでも入ったらみんな喜んでくれるので」といたずらっぽい笑みを浮かべた。ファンもその瞬間を待ち望んでいる。 ▼中務敏宏(なかつか・としひろ) 1986年4月18日生まれ、大阪府東大阪市出身の38歳。188センチ、86キロ。ポジションはシューティングガード兼スモールフォワード。弥刀中1年から本格的に競技を始め、八尾高、筑波大でプレーした。パナソニックトライアンズ、兵庫ストークスなどを経て、16年から名古屋Dに在籍。パナソニック入団前に約3カ月間、ドイツのバスケットボール・ブンデスリーガに所属するゲッティンゲンでのプレー経験もあり、同チームで別時期にプレーしたスコット・エサトンと話が盛り上がったことも。 ▽ショーン・デニス監督「トシは最高のプロだし、完璧なチームメート。彼みたいな選手を指導できるのは本当に楽しい。彼はいつでも準備している。全然、試合に出ない時期があっても準備はちゃんとできている。彼の姿勢を見ていると、今年は多分(出場の)チャンスがもっとあるかなと思う。私が厳しく選手に言う分、トシがみんなをフォローしてくれていることが多い。おかげでチームが一丸となり、みんなの気持ちも高まる。トシが引退後もドルフィンズに何らかの形でかかわってくれたらうれしい」 ▽梶山信吾ゼネラルマネジャー(GM)「トシは同じ大阪府東大阪市出身の縁。ベテランとしてオフコートのところでも若い選手の見本になれる存在。たとえ試合に出られなくても腐らずに常に準備し続ける。彼が強いメンタリティーを示してくれることで、チームが一つにまとまる。これまで長くドルフィンズに貢献してくれたので、うちで引退してほしいという思いが強かった。なので、GMの私の口から『そろそろ引退せえへんか』と話をさせてもらった。オフに契約を継続したのも、開幕直前に今季限りでの現役引退を発表したのも、トシがファンに感謝の気持ちを伝えられる場を設けたかったから。ファンに愛されたトシにはその権利がある」 ◇得意のDIYでグッズ製作、コート外でも仕事人 ○…コート外でも仕事人ぶりを発揮してきた。企画力と得意のDIYでグッズ製作や、鳥居や絵馬を手がけた「ドルフィンズ大社」のイベントをプロデュース。グッズの売り上げの一部はチームの社会貢献活動費に充てている。「ドルフィンズ大社」はプロ野球中日のお膝元、名古屋市東区のイオンモールナゴヤドーム前にある「ドアラ神社」から着想を得たといい、今季もイベント開催に向けてシーズン前から準備している。
中日スポーツ