武田砂鉄が政治家のスピーチ力を問う──「もうちょっと自分の言葉で喋ってよ」
政府は、めくれない状態になっていた、としたが、問題は、めくれたか、めくれなかったか、ではない。「そういうことじゃなく、読んでいておかしいと思わなかったのか?」と多くの人が突っ込んだ。菅首相は、自分が読んでいる内容が通っていないことにさえ気がついていなかったのである。もし、誰かが「日本は非核三原則を捨て、核兵器を持つ国へと移行していきます」と書かれた原稿にさしかえていたとしても、そのままスラスラ読んだのではないか。 先日、アメリカの連邦議会上下両院合同会議で、岸田文雄総理大臣がスピーチをした。全編英語でのスピーチは、かつて、レーガン米大統領のスピーチを書いた経験があるベテランのスピーチライターが作り上げたものとのこと。身振り手振りなどもレクチャーを受けたそう。冒頭で、岸田首相は「Thank you, I never get such nice applause from the Japanese Diet.(ありがとうございます。日本の国会では、これほど素敵な拍手を受けることはまずありません)」(英文・和文とも外務省のサイト参照)と述べた。 議会はそれなりに笑いに包まれたが、この演説がメディアを通じて流されるのは、米国よりも圧倒的に日本なのは明らか。日本で報じられるこのくだりが、裏金問題の雑な対応で批判を浴びる自分自身にどのような影響を及ぼすのか、本人もスピーチライターも周りの人間も考えなかったようなのだ。本人は、極めて上機嫌にスピーチを続けた。もし、「自分の言葉で語ってよ」という要望のハードルが高いなら、「誰かに用意してもらった言葉を、しっかりと自分なりに受け止めた上で話してよ」と思うし、「誰かに用意してもらった言葉をそれぞれ検証して、この言葉を言ったらどういう反応が起きるか想像してみてよ」とも思う。 「日本の国会では、これほど素敵な拍手を受けることはまずありません」で笑顔になった首相は、素敵な拍手を受けられない理由をまたひとつ作ってしまった。青臭い意見だと言われるかもしれないが、「自分の言葉で喋ってよ」という要請を怠ったらいけないと思う。
武田砂鉄 1982年生まれ、東京都出身。 出版社勤務を経て、2014年よりライターに。近年では、ラジオパーソナリティーもつとめている。『紋切型社会─言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社、のちに新潮文庫) で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。著書に『べつに怒ってない』(筑摩書房)、『父ではありませんが』(集英社)、『なんかいやな感じ』(講談社)などがある。 編集・神谷 晃(GQ)