演奏家に”響く”逸品 内田さんギター作り半世紀 長野県伊那市高遠町
長野県伊那市高遠町にアコースティックギター工房「内田ギター」を構える内田光広さん(71)が、ギター製作50年の節目を迎えた。エリック・クラプトンや南こうせつさん、徳武弘文さん、安田守彦さんら国内外の名だたるギタリストやミュージシャンを魅了する内田ギター。全工程を内田さん一人で行う受注生産で、演奏家が求める“音”を再現して信頼に応えてきた。新規の注文は受け付けていないが、残された製作本数の中で「いいギターをつくりたい」と話している。 ■ローデンギター 技術部長、工場長 内田さんは東京都出身。バイク製造工場で働いた19~20歳のころ、「オートバイを作れると思っていたら、ヘッドライトを一日中作っていた」。当時はフォーク全盛期。自分で買ったギターのケースを作ろうと思い立ち、ギターの構造に興味を持ったのが転機になった。 ギター製作の先駆者、故中出阪蔵さんの門をたたき、息子の敏彦さんの下で修業を始めた。最初は工房の掃除が中心だったが、道具の手入れやクラシックギターの製造を任されるようになり、技術を習得して独立。「本当に作りたかったフォークギターの製造を音楽の本場で学ぼう」と渡欧した。 ドイツでギター修理を経験後、ギター製作者ジョージ・ローデンが少数精鋭で営むローデンギターに技術部長として参加。ボブ・デュランやジェイムス・テイラー、ジャクソン・ブラウン、エルビス・コステロら一流ミュージシャンのギター製作に、工場長として携わった。 ■風土と人に惚れ 高遠に工房開設 38歳になった1990年に帰国。翌年、友人の紹介で訪れた高遠町に惚れ込み、千代田湖近くの山中に工房を構える。自ら間取りを考え、住居部分や工房、機械室を地元の大工職人と一緒に作ったという。内田さんは「湿度が低く、木が乾燥して音が良くなる。東京や名古屋との交通の便もいい。何より高遠の皆さんの人の良さ。大正解だった」と話す。 内田ギターは全て受注生産だ。音にこだわる演奏家たちが内田さんに相談を持ち掛ける。「明るい音」「大きな音」「クリアな音」など、演奏者が思い描く音色を再現するため、木の材質やボディーの形状を吟味して仕上げる。同じものがない一点もので、構造や形状、部品の細部にまでこだわった内田ギターは、独創性にあふれている。28弦のハープギターやバロックギター、音域が高いピッコロギターなども手掛けた。 ■予約10年分以上 新規注文は困難 世に送り出したギターは、2~3割がナイロン弦のギター、7~8割がスチール弦を張るアコースティックギターという。現在は182本目のギターを製作中。年間の製作本数は2、3本で、10年分以上の予約と自身の年齢を考慮するとこれ以上の注文は受けられないと話す。ギター製作50周年を記念し、20種類の木材を組み合わせて製作したエレキギターも発表した。 「始めたころと頭の中は同じで、これからも作りたいギターを作り続けていくだけ。『これが正解だ』と思えばそれで終わり」と内田さん。親交のある米国人製作者のスティーブ・クラインの言葉に触れながら、「次はもっといいギターを作ろうと理想を追求している」と話す。 ■全工程を一人で 究極を目指して 「ギターは楽器として完成している。ただ、僕にとっては一人で作れるのが面白い。テーマは次々変わる。終わりは来ていない、気が済んでいないのでしょうね」とほほ笑む。良いギターの条件を尋ねると、「道具としていい音、出したい音が出て、何百年も壊れないこと」とした上で、「僕は究極のものを作りたい」と言葉に力を込めた。