「自衛隊は優良企業。早々に立ち退かず、町外から人も来る」「有事は攻撃対象に」…消滅可能性自治体が未来を懸けて防衛施設に寄せる期待と不安 地域の亀裂につながる恐れも さつま町
梅雨の晴れ間が広がった6月19日、防衛省は鹿児島県さつま町の中岳周辺(永野、中津川)で、弾薬庫(火薬庫)の適地調査を始めた。同省によると民間小型機で上空約千メートルから地形や標高を調べた。地上ではプロペラ音が聞こえ、周囲を往復する機影が見えた。 【写真】自衛隊が弾薬庫の整備検討地として調査を始めた中岳近くで代かきをする地域住民=6月19日午前、さつま町永野
麓には水田が広がる。耕運機を洗っていた近くの男性(64)は「集落に60歳以下はいない。自衛隊が来てくれるとありがたい」と話す。「20年すれば人がいなくなる。消滅するよりはいい」。民間組織が4月公表した報告書は同町を「消滅可能性自治体」に挙げた。 さつま町は宮之城、鶴田、薩摩の旧3町が2005年に合併して誕生。当時の人口は約2万6000人、24年4月の推計人口は約1万8400人となった。毎年約400人が減った計算となる。人口増や交付金による地域活性化が期待できるとしてさつま町では18年、商工会を中心に防衛施設誘致推進協議会が発足。町長をはじめ、議員16人全員が弾薬庫整備に賛成の立場だ。 防衛省は適地調査費として24年度当初予算に2年分の計10億円を計上。3月の住民説明会では隊員60人規模の施設が例示された。 協議会の山崎隆会長代行(56)は「自衛隊は民間と違って早々に立ち退かず、町外から人の流入も期待できる優良企業」との見方を示す。弾薬庫が整備されれば「他の防衛施設や関連企業の誘致につながるかもしれない。地元経済の起爆剤になる。知事は実情を把握し、後押ししてほしい」。
■■■ 計画に反対する住民グループ「弾薬庫建設計画を考える会」は街頭抗議を続ける。「人口減少のペースを考えると誘致は焼け石に水だ」と事務局の河野修一さん(79)=同町広瀬。「弾薬庫を足がかりに次の防衛施設誘致につながる。施設が増えれば有事に攻撃対象となるリスクが高まる」 薩摩地区の70代女性は「自衛隊は災害の時に頼りになる」という。それでも、自宅から望む中岳に計画されていると知り「見慣れた景色や静かな日常が変わるのは嫌だ」と感じた。家族とも「弾薬庫はできてほしくないね」と話す。街頭抗議に参加しないのは「周囲からの反発が怖いから」。知事には表に出にくい小さな声をくみ取る力を望む。 ■■■ 県産業立地課によると、14~23年度に県内で企業と市町村が結んだ立地協定は424件(さつま町27件)、雇用人数(予定者)は6821人(同276人)。一定の成果を上げているが、地元や近隣市町村の住民を雇用すると地域の人口が増えるとは限らない。
九州経済研究所の福留一郎経済調査部長は「隊員や家族が移り住むことで消費が生まれ、学校や地域行事が活性化する」とした上で、防衛施設は企業進出に比べて地域経済への波及効果は限定的とみる。「県や町、経済界は海外も含め企業と人をセットで誘致する努力を続ける必要がある」 自衛隊の地域社会への影響を研究する相愛大の藤谷忠昭教授(社会学)によると、防衛施設によって利益を受ける住民と不利益を被る住民が生まれ、個人の中にもメリットとデメリットが併存する。「整備の合意形成の過程で時間や費用、心理的負担などがかかり地域に亀裂が入ることもある。地元行政トップの知事は地域の負担を国に伝えることが大切だ」
南日本新聞 | 鹿児島
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