13歳で単身渡米。破天荒なニューヨーカーから気鋭アーティストに転身した男の原体験
他と一線を画す、“線香”を使う表現方法
彼独自の線香画はどのようにして生まれたのだろうか。 「表現方法を探して試行錯誤を繰り返すうちに、焦がすといった技法を行きつきました。線香はその道具として優秀だったんです。物によって温度の違いがあり、焦げ色の濃淡でグラデーションを生み出すことができるんです。狙った焦げ色が出せるように、和紙も特殊なものを使っています」。
市川さんにとって創作活動とは、自らの記憶を“形”として残すこと。それは彼の波瀾万丈な青春時代が起因する。 「僕はこれまでの人生で、ひとつの場所に長く留まった経験がないんです。おそらくそれができない性分なんだと思います。 ただ一方で、自分がそこから居なくなったあとも、日常は変わらずに続いていくという事実に寂しさも感じていました。だからこそ日常の些細な瞬間をずっと残したいと思うようになったんです。そのイメージを形にしていく作業が、いつしか作品作りにつながっていきました」。
形にしたものを作品として展示するのも、消失への不安からだという。 「いくら作品に劣化を防ぐ処理をしたとしても、永遠に無くならないとは言い切れません。展示することで人が観てくれたら、誰かは覚えておいてくれる。それだけで安心感が得られるので、作品を発表することに意味を感じて、アーティスト活動を続けています」。
和紙を線香で焦がす、重ねた絵の具を削るといった表現方法は斬新だ。しかし絵画のつくりとしては、古典的な構成にすることを意識している。 「破天荒に見られますが、僕はルールとか型が大好きで、自由が大嫌いなんです。僕の作品にもそれが表れていると思います。ほとんどが額の中に縛られているし、絵画という表現方法から逸脱しないように作品を生み出します。絵画に自由を求めてしまうと、取り止めが無くなって“自由の根源”が守られなくなると思うんです」。
「ハリウッド映画と作る」という次なる展望
市川さんの強い好奇心は、絵画という枠だけにとらわれない。 「今後は映画製作もしてみたいと考えています。小難しい作品ではなく『バットマン』のような、子供が楽しめる娯楽要素の多いハリウッド映画を作りたいですよね」。 唐突な話のようだが、その理由を聞くと彼の顔に童心に返ったような笑顔が浮かぶ。 「単純に自分が好きというのと、子供の頃に映画を観ていて楽しかったんです。基本ミーハーなので流行りものが大好きなんですよね。世の中に浸透して受け入れられているってことは理由があるとも思いますし、流行りものといえば……YOASOBIやあのちゃんも聴きますよ(笑)」。 13歳で単身海を渡り各地を放浪したのち、辿り着いた「線香画」という表現。近くで観ると線香の焦げ跡、遠くから見ると像として浮かび上がる作品は、ふとした瞬間に思い出す懐かしい記憶にも似ている。 [イベント詳細] 市川孝典「DELUSIONAL murmur(#003)」 場所:GALLERY COMMON 住所:東京都渋谷区神宮前5-39-6 B1F 営業:12:00~19:00 (月・火曜日休廊) 期間:~3月10日(日)まで 佐藤ゆたか=写真
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