元暴走族の父が「あと20万は俺が出す」ぼる塾・あんり 距離があった親子関係が変わった意外な「言葉」
「よかった、公園に連れて行ってもらえるんだ」と思っていたら、なぜかショッピングモールの前で車が停まって。なんだろうと思ってついて行ったら、父がピコの売り場に行って白いニット帽を買ってるんです。それをすぐに兄に被せて(笑)。なんで新しく同じようなものを買うんだろうって思うくらい、父はこだわりが強いというか、曲げない人ですね。 ── (笑)。お父さまとは普段からよくお話しされていましたか? あんりさん:兄弟5人の中で、私が一番父と距離があったかもしれないです。上の兄2人は喧嘩してもちゃんと怒られるんですよ。何やってんだって。でも私は兄たちのように殴り合いの喧嘩にはならないし、喧嘩しても怒られるのは兄。ただ、私が怒られなくても父が怒ってる姿は見ているからビビっていたし、思春期もあったのかな。なんとなく父とふたりだけになると何をしゃべっていいかわからない。リビングに父がひとりでいたら、別の部屋に行こうみたいな感覚はありましたね。
── 少しぎこちないような。 あんりさん:あと、母と買い物に行ったら「このお菓子が欲しい」って言えても、父には言えませんでした。でも、父と買い物に行ったとき、「このお菓子、欲しいんだろ?」って察してくれるとか。中学のときは風邪をひいて自分の部屋にいたら、大量のお菓子や飲み物を持ってきてくれたこともあって、大人になって思い返すと、優しかったしコミュニケーションも取ろうとしてくれていたんだと思います。
■静かな空気の中で父が語ったこと ── 今はお父さまとお話しされますか? あんりさん:今は話します!テレビに出ていることも、めちゃくちゃ喜んでくれて。 ── いつごろからお話しされるようになったのですか? あんりさん:正直、大人になってからかもしれないですね。私は高校中退してアルバイト生活をしていましたが、はるちゃんが高校を卒業したら、一緒にNSC(吉本総合芸能学院)に行くことを決めていたんです。ただ、親にどのタイミングで話をしよう。今までお笑いが好きだとか、お笑い芸人になりたいといった話しもしたこともなかったし、NSCに行きたいって話も急過ぎる。そうこう迷っているとき私の誕生日があったんです。私の実家は誕生会をしっかりやる家だったので、何か発表するならそこしかないと覚悟を決めました。