アップルの「Vision Pro」を発売前に体験──首は疲れるが別世界に足を踏み入れたよう
米国で2月2日に発売予定のMRヘッドセット「Vision Pro」。アップルが「空間コンピューター」と呼ぶ“ウェアラブルなMacBook”を、US版『GQ』のエディターが一足先に体験してきた。 【写真をみる】指揮者のように手を動かしながら、仮想世界に没入する筆者。 昨年6月、アップルは「Vision Pro」を発表した。これはアップル初となるMR(複合現実)ヘッドセット(Appleいわく「空間コンピューター」)であり、基本的には、身につけるMacBookとして機能するものだ。 主にゲーマーに支持されている同種のMeta Quest 3とは違い、エンターテイメントよりもコミュニケーションや生産性向上のためのツールとしての側面にアップルはウェイトをおいている。空間を目で見て、指でつまむことで操作しながら、現実世界にアクセスできるウェアラブル端末なのだ。私は、すでに米国での予約受付がスタートしているVision Proを一足先にテストし、最高な時間を過ごしてきた。同時に、いくつか重要な注意点にも気がついた。 ■スペック バッテリー持ち:約2時間 素材:合わせガラス(スクリーン部分)、アルミニウム合金(フレーム部分) 機能:ビルトインスピーカー(=別途ヘッドフォンを準備する必要なし) 重さ:約450グラム 価格:3499ドル(約50万円) ■新たなワークスペースとして アップルにとってVision Pro最大のセールスポイントは、仕事の仕方を革新的に変えるかもしれないポテンシャルにある。Vision Proは“ウェアラブルなコンピューター”だというのがアップルが伝えたいことなのだ。 この端末ならではの新しく、かつ最もクールな機能は、目や手の動きをスキャンして直感的にコントロールできることである。目や手がまるでカーソルのような役目をするのだ。アプリをクリックしたいときは、じっと見つめる。するとボタンが光るので、意図したものが選択されたことがわかる。クリックは親指と人差し指をタップするのだが、これは、Apple Watch最新モデルのダブルタップ機能を連想させる。 ヘッドセットに搭載されているカメラのひとつが、手の動きを常に記録している。ウェブページのスクロールをする時はピンチやスライドの動作もする。使ってみてすぐに、今の自分はオーケストラで指揮をとるレナード・バーンスタインのように見えるのだろうなと思った。 デスク上にモニターなどの仕事道具があるように、Vision Proもワークスペースとして様々なタブをオープンしておける。ちなみに、Vision Proにとってのデスク=ワークスペースとは、360度の空間であり、それは非常に進化したひとつのスーパーウィンドウである。例えば、自分の右側にSlackを開き、スプレッドシートは目の前に、Spotifyは左に配置。フットボールの試合結果表は自分の後ろにおいて、iMessageは足元に。頭の上にはクロスワードパズルと、文字通り360度に配置できるということだ。 目と手だけを使ってアプリを操作するのはなかなか秀逸な方法であり、もしこれで生産性が200%アップしなければ、それはたぶんVision Proを正しく使いこなせていないということになるだろう。アップルの担当者いわく、Vision Proをオフィスで活用することでマルチタスク作業が向上するという(これは、デスク上のモニターをマルチモニターに変えるのと同じような効果)。また、別のVision Proユーザーとの連携プロジェクトには、コラボレーションモードを使うこともできる。が、残念ながらこの機能は今回テストできなかった。 タッチスクリーンを初めて使ったときのように、Vision Proもまずは使い方を学び慣れる必要がある。例えば今回のテストだと、膝の上に両手をクロスして置いていた時は、クリックの動きがうまく感知されなかった。それでも、テストの終わりには、両手を離して動きをスキャンしやすいように意識できていた。つまり、よほどのことがない限り、Vision Proを学び、慣れるのはそんなに難しくはないはずだ。 ■別世界への片道チケット Vision Proのディスプレイが高画質でなければ、そもそもこの端末をリリースすることに意味はないだろう。Vision Proに搭載されているマイクロOLEDは、息をのむほど美しく正確な画(写真や動画)を映し出してくれる。 デモテストでは、iPhoneの写真や動画を拡大して写し、ディスプレイの美しさが堪能できた。パノラマ撮影をしたことがある人なら、撮影しつつも「なぜこんなのを撮っているだろう?」と、ふと思ってしまったことがある人もいるはずだ。が、Vision Proでは、その自分を取り囲むような画像が非常に活きてくる。画像が視界すべてに広がることで、撮影したあの場所、あの時に戻るような気になるのだ。 Vision Proでディスプレイに投影されるものはすべて、リアル=現実環境にも投影される。Vision Proは、例えるなら、自分だけに見えるパーソナルなホームシアター。バーチャルリアリティの世界観はとても感動的だが、特に実物大のオブジェクトがでてくるコンテンツは圧巻だ。 デモテストでは、「JigSpace」というアプリをプレイしたが、アルファロメオのレーシングカーが実物大3Dレンダリングが自分の目の前でクラッシュする様子には息をのんだ。見ていると、車がリアルではないこと、(リアルじゃないので)自分にぶつかる心配がないことすら忘れてしまいそうだった。恐竜が登場したコンテンツでは、絶滅したはずの恐竜が自分に向かって突進してくる様子に、思わず身を避けたほどだ。 さらに驚くべきは、周辺環境を視覚的に再構築するVision Proの能力の高さだ。ヘッドセットのサイドにあるクラウンをタップすると、目の前の世界は一瞬で消え、まったく異なる世界(画)が360度に現れる。つまり、これはハワイのハレアカラ山から、スーパーヒーローたちのアベンジャーズタワー、スター・ウォーズのタトゥイーンの砂漠まで、一瞬で移動できるということなのだ。 ■仮想世界にいながら現実ともつながる 没入型エンターテイメントには、現実と繋がる術がいる。端末を装着しつつも(=VRの世界にいながらも)、普通の人と同じく現実世界の周囲とコミュニケーションをとれる必要があるのだ。Vision Proを使用中、画面上に現実環境とそこにいる人をうまく視覚に入れ込む体験(適応型オーディオに似ている)のために、アップルは十分な時間をかけたようだ。このおかげで、ヘッドセットをつけたままで、現実にいる目の前の人とスムーズにやりとりができる。 Vision Proの興味深い機能にEyeSightディスプレイがある。これは、Vision Proを装着しているユーザーの目(リアルタイムの目の動きなど)をそのまま捉え、外側のディスプレイに映し出す機能だ。これがあると、ヘッドセットを装着した人と喋る人にとっても違和感が少なくなる。 残念ながら、これも試すことはできなかったのだが、EyeSightが機能しいるVision Proを装着したアップル担当者と話すチャンスはあった。ヘッドセットで顔の50%は隠れているのだが違和感はなかった。EyeSightのプロモ画像で感じたほどの奇妙さ、気持ちの悪さもなかったのだ。ただ、ヘッドセットを装着しバーチャルの世界にいる人と、長く会話することがなければいいなとも思う。(人と話すときは、やはりヘッドセットを外してほしいと思うのは僕だけではないはず。) ■大きくてゴツイデザイン すでにさんざん言われているが、Vision Proの明確なデメリット、それは大きくてゴツいデザインにある。普通のメガネが重さ30グラムもないとすれば、Vision proの重さは450グラムほど。頭にサッカーボールを乗せていると考えるとわかりやすい。安定した装着感のため2種類のバンドが用意されている。ソロニットバンドは、頭の後を回り、ダイアルでサイズを調整できる。が、頭上を通るバンドがないので、重いスキーゴーグルをつけたような、なんとも言えない心許なさがある。 もう1つのバンド、デュアルループバンドの方を使う人が多いだろうと思う。こちらは、頭の後と上を通るストラップで、N95マスクくらいの安心感がある。バランスとフィット感がいいのだ。ただ、このバンドにも難点はある。マジックテープで止めるようになっているので、サイズ調整(締め付け具合)をするのが微妙に難しい。装着して10分ほどは問題ないのだが、そのあとはつけ心地を確認するのに、ヘッドセットを常に触ってしまう状態だった。25分体験したところで、首が疲れて終了。VR体験で大きな意味をもつのは3D映画だろうが、この重さのヘッドセットに1時間以上耐えられる人は、果たしてどれほどいるのだろう。(3時間超えのアバターなんて考えられないはず。) ■充電が… バッテリー持ちも気になる。2時間ほどの使用で充電の必要ある。ライバルであるMeta Quest 3も同じくバッテリー持ちは2時間ほどなので、そういうものだと言えばそうなのだろう。が、やはり電源が近くにない場所に持ち運ぶことを考えると大きなネックだ。仕事に使うとすれば、バッテリー切れを気にするよりも充電つなぎっぱなしの利用になりそうだ。ただ、USB-C経由でノートPC越しにも充電できるので、充電自体はしやすい。 ちなみに、バッテリーパックはヘッドセットとコードで繋がっている。つまり外付けだ。大きな問題ではないのだが、アップル製品としてはぎこちない。デモテストでは、このバッテリーパックはポケットに入れていたのだが、数回コードが腕に巻きついて絡まり、動きの邪魔をすることがあった。 ■総評 短時間とはいえ、Apple Vision Proを使用してVR世界に足を踏み入れてみた体験は、正直楽しかった。リモートワークが一般的になった今、期待できるメリットも多くありそうだ。一方で、現実のオフィス環境(仕事場)でこれがどのように活きてくるのかは実際に見てみないとまだわからない。次世代のVision Proでは、つけ心地をもう少し快適にすることを避けては通れないだろう。 もし、仕事環境において、モニターを2つ買うか、3500ドルのVision Pro(MacBook2台分)で悩んでいる人がいたら、たぶん正解は前者なのだろう。空間コンピューターを使うという真新しさ、ワクワク感は、使い始めたらすぐに消えてしまう。もちろん、Vision Proを使う楽しさを否定するつもりもない(重さに耐えられるのなら、という注釈つきで)。とはいえ、馬鹿げたテクノロジーの使い方が溢れる現代において、少なくともVision ProはVR技術をいい方向へ向かうために使っていると思わせてくれる製品なのだ。 By Tyler Chin From: GQ.COM Adapted by Soko