ふるさと納税10年。税収減で豪華返礼品異議の杉並区が模索する地方との共存
「豪華な返礼品」に異議……回りまわって自分たちの住む行政に影落とす
文京区や世田谷区は対抗策を打ち出していますが、ふるさと納税制度の根本に変化はありません。地方自治体間で税の奪い合いをしている構図は変わらないのです。 「ふるさと納税の発想は、もともと寄付文化から出発しています。ほかの市区町村を寄付で助けようという精神には賛同していますので、制度そのものを否定するつもりはありません。しかし、豪華な返礼品を用意してふるさと納税を集めるという、今のやり方には問題があります」と話すのは、杉並区区民生活部の担当者です。 杉並区は、豪華な返礼品でふるさと納税を集めることには異議を唱え、HPでも「ちょっとヘンだぞふるさと納税」と主張しています。ふるさと納税によって、区民税が減収する。それは、回りまわって自分たちの住む行政に影を落とす。具体的には、保育サービスやゴミの収集、街の美化・緑化といった行政サービスが低下してしまうのです。 とはいえ、杉並区がふるさと納税に対してまったく無策だったわけではありません。杉並区でもテーマ型ふるさと納税のメニューを揃えて、寄付を募っています。一例を挙げれば、近衛文麿の別邸だった荻外荘を公園として整備する財源に充てています。しかし、「本来、こうした事業は一般財源でするべき事業です。だから、積極的にPRすることは控えています」(同)と言います。 また、杉並区でもふるさと納税者に対して返礼品を贈っていますが、区内の障害者施設で制作されているグッズを贈る程度にとどめています。豪華な返礼品を用意し、その見返りとしてふるさと納税を集めようとはしていないのです。その返礼品を辞退することも可能です。その場合は福祉施設に返礼品分の金額が寄付される仕組みになっています。
地方と交流、共存共栄するシステム構築を模索
ふるさと納税に異議を唱える杉並区ですが、新しい方向性として示しているのが、地方と共存共栄する“収奪から交流へ”という考え方です。 「杉並区は、北海道名寄市や福島県南相馬市、静岡県南伊豆町といった自治体と災害時相互援助協定を締結しています。杉並区は台湾・台北市と中学生による親善野球大会を開催していますが、そこには名寄市も参加してもらっています。そうした国際交流を踏まえて、名寄市が台湾からの修学旅行を誘致するという動きが出ています。また、南伊豆町では杉並区の特別養護老人ホームを整備しています」(同)。 そのほか、杉並区は東日本大震災の被災地支援の活動にもふるさと納税を活用しています。そうした杉並区と地方の市町村間で新たな交流が生まれ、「連携・協力できる仕組みをつくることで、それが経済的にも大きなメリットがあると考えています」(同)。 従来、自治体の予算で自治体間の交流事業をおこなうことには強い風当たりがありました。ふるさと納税を自治体間交流に使うことは、杉並区と地方の市町村双方にとってもプラスです。 これは、単にふるさと納税で財源を地方に流すというものではありません。杉並区が地方と協力・連携関係を築くことで、地方でも持続的に経済を回るシステムが構築されるという考え方です。 新たなシステムを構築することは、時間がかかります。肉や魚といった地元の特産品で税収増につなげるといった目先の取り組みよりも、杉並区の政策は中長期的です。それだけに、杉並区の“収奪から交流へ”というふるさと納税に対する新しい考え方が定着するのは時間がかかるでしょう。成果が出てくるのも、先の話です。 しかし、ふるさと納税という制度や地方を応援するという考え方に、杉並区は一石を投じたと言えるかもしれません。 小川裕夫=フリーランスライター