「アポロ11号」月面着陸はニセ映像だった? 話題の映画で考察する“陰謀論ブーム”の歴史
アポロ11号の月面着陸にはウラがあった?
中国の無人探査機が月の裏から岩石サンプルを持ち帰ったり、日本のH3ロケット打ち上げが成功したりと、最近、宇宙にまつわる話題がつづいている。そんな折、話題の映画「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」(グレッグ・バーランティ監督)が公開されている。 【写真】小説からノンフィクションまで…アポロ計画を巡る陰謀論を扱った書物
「コメディとサスペンスが絶妙なバランスで同居している映画で、マスコミ試写の段階で大好評でした」 と、映画ジャーナリスト氏が語る。ざっと内容を説明してもらおう。 「1969年、アポロ11号による人類初の月面着陸をめぐる“秘話”です。アポロ計画がはじまって8年、事故や失敗つづきで、なかなか目標の月面に到達できない。予算はふくらむ一方で議会からにらまれ、国民の関心も薄れ気味。このままではソ連との宇宙開発競争にも負けるかもしれない。焦った政府は、すこしでもアポロ計画のイメージをよくしようと、ニューヨークのPRウーマン、ケリー(スカーレット・ヨハンソン)を雇い、NASAに送りこみます」 彼女は、イメージ・アップのためならば手段を選ばないやり手である。 「それだけに、NASAの発射責任者で生真面目なコール(チャニング・テイタム)と対立し、溝は深まるばかり。中心プロットは、この2人がケンカしながらも、次第に惹かれ合っていく過程です。ともにベテラン俳優だけに、シリアスとコメディが一体となった演技で、実に楽しく見せてくれます」 問題は、平行して描かれる“もうひとつのプロット”だという。 「政府は、もしも月面着陸が失敗したら……と不安でならない。そうなったら世論の大反発は必至で、政権の危機すら招きかねない。そこで、もしものために月面の“フェイク映像”を極秘裏に撮影しておくよう、ケリーに指示するのです」 果たして、ケリーはどう対応するのか? 発射が近づくなか、事態は予想もしない方向へ転がり始める……。
陰謀論ブームの先駆け
「ここまで聞くと、往年の映画ファンならすぐに思い出す作品があるでしょう――1977年に日本で公開された映画『カプリコン・1』(ピーター・ハイアムズ監督)です。人類初の火星着陸計画、その準備中に生命維持装置の欠陥が判明。しかし天文学的な予算を費やしただけに、いまさら中止はできない。計画の失敗を恐れたアメリカ政府は、発射寸前に乗組員をこっそり下ろし、極秘スタジオでの“フェイク中継“に参加させるのです」(映画ジャーナリスト) ところが、リアルの宇宙船(もちろん無人)が帰還の際、大気圏で爆発事故を起こしてしまう。「中にいた(はずの)乗組員」は全員死亡と発表される。彼らはこの世にいてはいけない存在となり、抹殺指令が出て……といった、なかなか面白いサスペンス映画である。 この年、イギリスで、あるTVドキュメンタリーが放映された。 「タイトルは『第三の選択』。将来、人口増加の影響で人類は地球に居住できなくなる、そこで米ソが組んで、極秘で火星移住計画を進めていることを暴露した、衝撃的な番組でした……が、もちろん“フェイク・ドキュメンタリー”。いわゆるジョーク番組だったのですが、あまりに真に迫ったつくりだったので、イギリス中の視聴者が誤解して、大騒ぎになりました」 すでに1974年には、アメリカで、“アポロの月面着陸はなかった”と説く最初の本が出ていた。そこに加えて1977年には「 カプリコン・1」に「第三の選択」……どうも1970年代半ばあたりから、宇宙にまつわる“陰謀論”が囁かれるようになったようだ。 「いちばん有名なのは、アポロ11号の月面映像が『2001年宇宙の旅』のスタンリー・キューブリック監督が極秘に撮影したものだとの都市伝説でしょう。この噂は、のちに『ムーン・ウォーカーズ』(アントワーヌ・バルドー=ジャケ監督、2015年)と題するコメディ映画になりました」 ところが……。 「いや、アポロ11号“陰謀論”が世界で最初にあらわれたのは、わが日本ですよ」 と教えてくれるのは、この種の“怪しい話”が大好きな、中年編集者氏である。 「それは、後年、トラベル・ミステリーで売れっ子になる推理作家、草川隆の小説『アポロは月に行かなかった』(栄光出版社刊)です。発売は1970年10月。執筆、校閲や印刷・製本の時間を考えると、おそらく月面着陸(1969年7月)直後、すぐに構想されたと思われますが、これが意外とよくできているのです」 あまりにカネがかかるアポロ計画。失敗すれば世論の反発は必至だ。アメリカ政府としては、なんとしても成功させるしかない……。 「そこまでは、ほかの“陰謀論”とおなじです。この小説は、そこから先がユニークです。アメリカ政府は、日本の特撮の神様で、いまはなき円城寺英三 の弟子、山本武をNASAへ招くのです」 “円城寺英三”のモデルが、円谷英二であることは、いうまでもない。 「そこで山本が、フェイク映像をつくる――のではありません。乗組員のための“教育用映像”をつくってくれと頼まれるのです。というのも、ただの月面着陸では、世論を味方につけられない。乗組員にも、相応の仕草や動きをしてもらって、中継を盛り上げたい、それには本番そっくりの映像をつくって、それを乗組員に見せ、身につけてもらいたい……」 そういうことならと山本は引き受けるのだが、実は……というお話である。 「そのほかにも、“アポロ陰謀論”本は、多く出ています。極めつけは、副島隆彦著『人類の月面着陸は無かったろう論』(徳間書店刊、2004年)でしょう。著者は吉本隆明や小室直樹を師と仰ぐ国家戦略研究家ですが、あまりにすさまじい内容ゆえ、翌2005年、第15回日本トンデモ本大賞を受賞しています。それどころか、同年には、『と学会レポート 人類の月面着陸はあったんだ論』(楽工社刊、山本弘)なる反論本までが出ました」 AFPニュースサイトの記事「月面着陸はうそ? アポロ11号を取り巻く陰謀論」のなかで、フランスの陰謀論研究者、ディディエ・ドゥソルモー氏は、こう述べている(AFPBB News 2019年7月12日配信)。 〈宇宙で主導権を握ることは人類にとって重大な出来事だった。それを攻撃することで、科学の根源と人類による自然支配という概念を揺さぶることができる〉 さらに〈メディアイベントの視覚的解釈を中心に構築され、それがすべて仕組まれたものであると非難する陰謀論〉は、アポロ11号の月面着陸が初めてだったという。そして、いま、同じ論法が〈米国で相次ぐ学校襲撃事件をうそだとする陰謀論でも繰り返し使われている〉のだそうだ。 しかしいったいなぜ、わたしたちは、こんなに“陰謀論”が好きなのだろうか。