栗山英樹が「久米宏からのダメ出し」で学んだ事 「きれいにしゃべったところで、伝わらない」
「はい」 「人間がテレビを観て、どの瞬間に集中するか、わかってる?」 僕にはわかりませんでした。 「それはね、VTRからスタジオに降りた瞬間の1秒間。それが、まったく活かせてない」 小宮さんは、「久米さん、それを今の栗山くんに言ってもわからないでしょう」と助け船を出してくれました。 テレビはみんな真剣に観ているわけではないのです。だからVTRが終わってスタジオに切り替わった瞬間は、人間が気持ちをふと持っていかれる瞬間でもあります。
たしかに久米さんは、その瞬間にエンピツでテーブルを叩いたりしていました。VTRで報道されていたことへの怒りを示すにしても、なんとなくでは伝わらない。1秒間で示せるか、なのです。 現場では、皆さんはプロとして命がけで伝えようとしていました。その本気さを、僕は強烈に学ぶことになったのでした。 こんなこともありました。日本シリーズの解説。1分間の映像について、原稿で解説していくのですが、一文字でも読み間違えると、映像の時間が足りなくなってしまうのです。それこそ「てにをは」を一つでも間違えると、入らなくなってしまう。
僕はよく言い間違いをしていました。ほとんど毎回間違えていました。 ところがあるとき、ほぼ完璧にしゃべれたことがありました。今日は完璧にできた、と思っていたら、反省会で久米さんから「いい?」と言われました。 「今日のは、いいとか、悪いとかじゃなくて、きちんとわかりやすくちゃんとしゃべっちゃうと、わかんないことがあるんだよなぁ」 「えっ?」と僕は思いました。 一緒に出ていたディレクターも、このときは後で「あれは無視していいですよ」と言いました。
でも、僕は無視できないと思いました。久米さんが何を言いたかったのかというと、言いたいことは、言葉だけで伝わるわけではない、ということです。 それこそ、野村克也さんのように、スタジオに来て映像を見て「うー」とか言っているだけで、言いたいことが伝わってしまったりする。野村さんが、そのプレーを非難していることは、テレビには伝わるのです。 実は、それこそが大事だったのです。丁寧にきれいにしゃべってしまうと、スーッと流れてしまう。観ている人たちには、何も残らない。うまくしゃべればいいわけではまったくないのです。なんという深い世界なのかと、このときに思ったのでした。