「流出しないようにしなくちゃ」松任谷正隆がETCゲート前で土下座も覚悟したトラブル
車のある風景
音楽プロデューサーであり無類のクルマ好きとしても知られる松任谷正隆氏が、クルマとの深い関わりを綴ったエッセイ集『車のある風景』が発売された。 【写真】土下座も考えたという松任谷さん
本記事では、ETCトラブルに見舞われた日の出来事を、一部抜粋・再構成してお届けする。
クルマ乗りの心得
1年に一度、ジャーナリストや自動車ライターに向けた輸入車試乗会というのが開催される。聞き覚えのない名前だと思うが、日本自動車輸入組合(JAIA)というところが主催する。ほぼ、輸入されるすべての新車に乗れる、ということで開催される神奈川県大磯町のホテルの駐車場は1年に一度、花が咲いたようになる。僕はかれこれ30年近く通っているだろうか。 30年通っていると、この催し物にもいろいろな変化があった。一番大きかったのはETCの登場だった、と個人的には思っている。最初の頃は試乗車にETCの機械そのものが装着されている車両が少なかったから問題はなかった。 でも翌年には半分くらいが装着された。インポーターによってはETCカードを用意して、どうぞお使いください、みたいなところもあったし、袋に入れた現金を用意したインポーターもあった。個人がETCカードを用意し、乗るクルマに挿し込んでいく、という暗黙のルールが出来上がったのは割合最近だったのではないか。 僕がマイカーにETCを導入したのは意外に遅く、登場から2~3年は経っていたと思う。最初はどうにもこの小さな機械が信用できなかった。それにゲートが開かず立ち往生しているクルマを見るにつけ、あれにだけはなりたくない、と思った。 とはいえ同じように思うドライバーも多いらしく、目の前のドライバーが立ち往生しても、あーあ……くらいで、クラクションを鳴らすような輩はいまだに見たことがない。こんなとき、日本は案外いい国なんだな、と思う。
「ETCカードが使えません」
話を戻そう。2022年の試乗会は2年ぶりの開催であった。ご想像の通り、前年はコロナ禍でお休みだったのだ。会場は同じ敷地内でもちょっと離れた駐車場。そして待合室はいつもの宴会場ではなく、広くはあるが隔離された空間、とでも言っておこうか。テーブルは置かれず、椅子だけがポツリポツリと同じ方向を向いて置いてある。殺伐とした感じだ。 この日、撮影ディレクターが来られないという事実を現地で知った。家族全員でコロナに感染したらしい。他のスタッフたちが黙々と仕事を進めている。嫌な予感はしたのである。大丈夫だろうか……。少なくともこの日のうちに8台のクルマを撮影しなければならない。外からと中からと。毎年、これが目の回るような作業なのは知っている。 ま、そんなことを言っていても仕方がない、始めよう。ということで1台目のクルマに乗り込んで、走り始めた途端に喋り始めた。すぐに始めないと時間はあっという間に過ぎてしまうのだ。 なんだか予想と違って試乗した印象はあまりよろしくない。とろけるように柔らかく、なんて誰かが書いた記事が頭に浮かぶ。まったく……全然違うじゃないかよ……なんて思いながら、でもそんなことは口にせず、淡々と第一印象を話し始める。ユーチューバーみたいにならないように、なんて。 ふと料金所の手前でカメラをこちらに向けていた撮影車両が急停車。何事があったのか、と思ったものの、続いて停車するわけにもいかず、そのままETCゲートへ。そしてそのとき、撮影車両が停車した理由がわかるわけである。 「ETCカードが使えません」という、生まれて初めて聞くメッセージ。