わずか4人の工務店を率いた父、その葬儀に来てくれた客 感激した2代目「後を継ぎます」、黎明期のネット戦略に挑み社員300人以上に
熊本県山鹿市にあった従業員4人の工務店。そんな小さな会社が、今、九州を代表する企業と成長した。株式会社Lib Workは、注文住宅の設計・建設をメーン事業に、業界にイノベーションを起こし続けている。瀬口力代表取締役(51)は、父の死を機に事業を承継した直後から、黎明(れいめい)期のネット空間でデジタルマーケティングに取り組み、WEBを活用した効率的な集客などで業績を拡大してきた。もともとは法曹を志す学生で、建築の知識もなかった瀬口氏は、なぜ小さな工務店を継ぎ、大きく成長させることができたのか。 【動画】なぜ事業承継が大切なのか専門家に聞いた。
◆妹の障害、弁護士を目指した学生時代
----入社・社長就任までの経緯をお聞かせください。 私の父はもともと大工の棟梁で、1975年に瀬口工務店を創業しました。 父からは「後を継げ」と言われたことは一度もなく、私は弁護士を目指して熊本大学法学部に入学しました。 そんな私が、なぜ1999年に入社したかと言うと、父ががんを患ったからです。 私が入社することで、父に希望を与えられればとの思いからでした。 将来的には法曹界に復帰するつもりで、形式上の役員になりました。 私が入社を報告したとき、父に厳しい表情で諭されたのが印象に残っています。 でも、後に父の友人から話を聞いたら、父はすごく喜んでいたようです。 ----法曹界に復帰せず、事業を承継した理由は? 私が子どもの頃、妹が脳性小児麻痺になり、病院側の初期対応が悪かったことで、裁判となりました。 その経験から、法学部で病院などの大きな組織に一個人がどう立ち向かえば戦えるのかいう論文を書いたりしていました。 会社に在籍しながら大学院にも通い、真剣に弁護士になるための勉強をしていましたね。 承継を強く意識したのは、父の病状が悪化し、亡くなるまでの2年間の入院生活です。 当時は家族が病室に寝泊まりできましたので、週に数日かは父とベッドを並べて、病床で語り合う時間を過ごしました。 その時間を通じて、父の仕事内容やお客様への思いを理解できて、「良い仕事なんだな」って気がついたんです。 父の葬儀には、瀬口工務店で家を建てたお客様が参列し、感極まって喪主の挨拶で「瀬口工務店の後を継ぎます」と口走りました。 正直、建築の知識はほとんどなかったのですが、後に引けないような状況もありましたね。