【日本代表批評1】ロングボール苦戦の原因は前線にある。放置されたプレスラインとリーダー不在という問題
日本代表はAFCアジアカップカタール2023でイラン代表に敗れ、ベスト8という結果に終わった。史上最強とも謳われたチームは、イラン代表、イラク代表と中東勢に敗れている。日本代表には何が足りないのか。今回の敗退はそれを掘り下げて考える機会としなければならない。(文:河岸貴)
●サッカーという競技が何なのか。もう一度、認識した方がいい 茫然自失。中継映像で選手の表情が抜かれましたが、まるで気が入っていないように見えました。気が入っていないというより、気の入れようがない、どうしたらよいかわからないという迷子のような……。2失点目はまさにそのような心理から生まれた連携ミスと言えるでしょう。一方でイラン代表の選手たちの一心不乱、鬼気迫るものに比べると、それは明らかでした。サッカーは格闘技であることをもう一度、認識した方がいい。ドイツ代表もそうですが、サッカーは戦うものであるということを忘れているようでした。 もちろん、日本代表の選手たちは100%の意気込みでこの大会に臨んでいたでしょう。ただ、その100%を大きく上回っていたのが、イラン代表の選手たちであり、イラク代表の選手たちでした。ほぼ国内組で構成された20年前の日本代表もそうだったのかもしれませんが、この大会で活躍して中東のビッグクラブやヨーロッパのクラブにステップアップしたいと、この大会に選手生活をかけている選手もいたでしょう。そういった避けられない置かれた環境の違いが、この大会にかける思いの差として現れたのかもしれません。 日本代表の選手たちの多くは、欧州トップレベルのクラブでやっています。選手のクオリティでは絶対にイラン代表より高いはず。それにもかかわらず敗れたという結果の背景を考えるためには、タクティック(戦術)的な部分の前に、メンタル的そして組織的な要素について改めて考えなければいけません。 なぜ日本代表が前回のFIFAワールドカップでドイツ代表やスペイン代表に勝てたのか。もちろん選手のクオリティがあることは前提で、10回やれば2回、3回は勝てるだけのクオリティはあるかもしれない。1回かもしれないけど、ゼロじゃないんです。そういったチャレンジャーのような状況だと背負うものがないので強い。 また、日本代表の選手たちが所属するクラブでやっている同僚たちは皆メンタルお化けです。パーソナルが強い選手たちばかりの中で、日本人が淡々とプレーすることでチームが熱くなりすぎることなく、潤滑油的な役割を担うことができるでしょう。ビッグクラブという船の一船員として優秀な漕ぎ手ではありますが、船頭としてチームを引っ張ることができる選手が日本代表にどれだけいたのかは疑問です。 長谷部誠選手や長友佑都選手のようなパーソナルを持った選手は今回いたのでしょうか。そういった意味で、キャプテンである遠藤航選手の振る舞いには少しばかり疑問を抱きました。 ●キャプテンとしての役割 遠藤選手が素晴らしい選手であることは間違いありませんし、彼なしに現在の日本代表は考えられない。シュトゥットガルト時代から今のリバプールでの活躍も知っている。ただ、イラン代表戦での振る舞いはどうだったのでしょうか。黙々と自分自身のタスクをこなすのが彼のスタイルですが、やはりああいうときにキャプテンとして他のチームメイトをも鼓舞しないといけないと個人的には強く思います。ただ、そのタイプの選手をキャプテンに据えたのは監督です。 一方で冨安健洋選手は何かしようとしているように見えました。でも表情は虚ろで、何かしたいけどどうしたらいいか分からなかったのかもしれません。ハンブルガーSV時代にキャプテンを務めた高徳高徳選手も「ハンブルクのときは自分もそうでした」と言っていましたが、まさにそんな心境だったのかもしれません。 アジア杯での代表チームという枠組みで見たときに、日本代表のチームの良さは個々の選手のクオリティもさることながら、高い親和性・協調性も挙げられるでしょう。ただ、前回指摘したように、イラン代表戦のような劣勢の状態でリーダーシップを取れるような人が現時点ではいないということもわかりました。果たして、これらは選手たちだけの問題でしょうか? 冒頭で触れた選手たちが茫然自失してしまった要因には組織としての脆弱さにある。能力の高い集団を組織としてパフォーマンスを最大限に発揮できるマネージメントであったか、チームとしての戦術的な軸があるのかなど、コーチングサイドにも大きな疑問が残る。 心理的・組織的な部分がフットボールには大きく影響することを忘れてはいけません。ただ、これらはあくまで画面から見えてきたことと、選手たちの言葉などから推測したものであり、あくまで分析の一部分にすぎません。ここからは、ピッチ上に起きていたタクティカルな部分に焦点を当てたいと思います。 イラン代表との一戦を振り返る前に、日本代表が敗れたグループステージ第2節のイラク代表戦に触れる必要があります。 ●なぜ中東勢のロングボールに苦しむのか 日本代表はロングボールに苦しみました。ロングボールについては、拙著「サッカー『BoS理論』 ボールを中心に考え、ゴールを奪う方法」でも記しているので、それを読んでいただくのがいいかと思います。蹴られる前、後に関して詳細に示しています。どちらも同時に重要なことですが、今回は「蹴られる前」にフォーカスしたいと思います。 日本代表はイラク代表戦の前までに10連勝していました。コンパクトな陣形でボールを奪ったら素早くゴールに迫る形が、最近の日本代表はできていました。相手がボールを保持して攻め込んでくるシチュエーションであれば、自然と日本代表はコンパクトになる。ただ、イラク代表がロングボールを多用してきたことにより、日本代表のコンパクトさは失われています。 まず、問題点として挙げられるのは、ロングボールを簡単に蹴られたことです。ロングボールは選手の頭上を越えていくので、誰にも干渉されずに目的地へ届けることができる。距離が長いのでキックやトラップで技術的なミスが起きる可能性はありますが、原理として目的を持ったロングボールはゴールを奪うためには非常に効果的です。 だから、相手陣にボールがある場合、前線の選手はロングボールを簡単に蹴らせてはいけない。縦、深さのコントロールをする。前線の選手は蹴らせないためにはボールホルダーの前に立つ必要がある。ファーストディフェンダーは寄せきれなくても問題ありません。前に立つと、ボールホルダーはロングボールを蹴ることをためらい、身体を横に向けて近くの相手にパスを出します。この瞬間にワンサイドカットしてコースを限定し、味方と連動して奪いに行きます。 ファーストディフェンダーがただ単にワンサイドカットしても縦に蹴られる、または前方に運ばれるだけです。曖昧なプレスをかけると目的のあるロングボールを蹴られる。すると、全体が間延びしてセカンドボールを回収できなくなる。 ボールにアタックできていれば、失点につながるような大きな問題が起きる可能性は少なくなる。ディフェンスラインがずるずる下がってしまうのは、前線の選手が相手ボールにプレッシャーをかけられず、ボールを自由にさせてしまうから。イラン代表戦では後半の早い時間にオフサイドになったシーンがありましたが、あれからディフェンスラインは下がっていきました。 次回は、ここまで説明したロングボールへの対応の原則をもとに、具体的なシーンを挙げて問題点を明らかにしていきたいと思います。 (文:河岸貴) プロフィール 1976年7月25日生まれ、石川県出身。金沢大学卒業、同大学大学院修了。ドイツ・シュトゥットガルト在住。06年から指導者修行のためブンデスリーガの名門シュトゥットガルトの育成組織で研鑽を積み、09年から正式な指導者となり、11年1月から13年8月までトップチームに在籍。その後、スカウトと日本プロジェクトのコーディネーターを歴任し、サッカーコンサルティング会社「KIOT CONNECTIONS GbR」を設立。J SPORTSでブンデスリーガ解説、講義・講演活動、指導者講習会などを開催。21年から23年まで『フットボール批評』で「現代サッカーの教科書」を連載し、23年11月に著書「サッカー『BoS理論』 ボールを中心に考え、ゴールを奪う方法」を上梓。ドイツサッカー協会B級指導者ライセンス、日本サッカー協会A級指導者ライセンスを保持。