『ゴールデンカムイ』で描かれた「アイヌ独自の星座」とは? 幼きアシㇼパと父・ウイルクが語り合う名場面には元ネタがあった
アシㇼパが父と見つけた「狼の星」
そして、この241話のエピソードの中核となるのは、ホㇿケウノチウ「狼の星」です。これは私たちの知っている「乙女座」にあたる星々です。末岡氏はこのホㇿケウノチウの由来話として、次のような物語を記録しています。 私は兄に育てられていたが、ある日自分でもそんなことを言おうとは思っていなかったのに、「村の下手にある沢伝いに行くと、大きな桂の木がある。そのうろにいる大マムシを食べたい」と私は兄に言った。兄がしぶしぶ私の言ったところに行くと、目と口のまわりに赤いきれをつけたような大マムシがいて、兄と戦い始めた。 私は天に向かって兄を助けてくれるよう祈った。すると何かのカムイがやってきて大マムシと戦っている様子で、やがて音が静まった。兄は生きてはいたが、動くこともできない。私もそのままそこにいて眠ってしまうと、夢の中に美しい女性が出てきてこう語った。 「お前は狼のカムイの娘で、幼いころ私が人間の世界にお前を置いていった。その時にお前を拾って育ててくれたのが、お前の兄なのだ。ところが、お前には大マムシのカムイが憑神(つきがみ)として憑いて、兄の言うことを聞こうともしない。そこで母親である私がお前にそう思わせて、ここに来させたのだ」 そのような夢を見た。起きると兄は元気になっており、私も美しい人間の娘となっていて、そばに白い雌犬の抜け殻があった。その後私は兄の世話をして暮らしていたが、しばらくしてまた夢を見た。夢の中で母は、これでカムイの世界に帰ることができると言って、天に去っていった。春になって日が暮れる頃に、東から心地よい風になって、星が美しく輝きながら上がってくる。それは狼のカムイであった私の母が天に上る姿なのである。 (『人間達のみた星座と伝承』280~289頁を中川が要約) この物語の主人公である女の子は、兄に「大マムシを食べたい」などと言っているので気がつきませんが、実は物語の途中までは白い犬(狼)の姿なのですね。それが、母親に夢を見せられたところで、人間の女の子の姿に変身するわけで、だから彼女が目覚めたそばに白い狼の抜け殻が置かれているのです。 そして、この育ての兄と夫婦となって、幸せに暮らすという物語です。 狼というのは他の山の動物たちと違い、山の奥深くではなく天界に住んでいるとされています。だから狼のカムイに助けを求めると天界からやって来るのです。そして、再び天界へと去って行ってホㇿケウノチウになったというお話です。 241話では「ホㇿケウってどんなカムイ?」と訊いたアシㇼパに、ウイルクは「消えてしまったカムイだ」と答えます。これにはいろいろな意味が込められていますが、天に去って行って、星座になったこの狼の母親の物語も重ねることができそうです。 文/中川裕 ---------- 中川裕(なかがわ ひろし) 千葉大学名誉教授 1955年神奈川県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科言語学博士課程中退。 1995年、『アイヌ語千歳方言辞典』(草風館)を中心としたアイヌ語・アイヌ文化の研究で金田一京助博士記念賞を受賞。 漫画・アニメおよび実写版映画「ゴールデンカムイ」でアイヌ語監修を務める。著書に『改訂版 アイヌの物語世界』(平凡社ライブラリー)、『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』(集英社新書)など。 ----------