横浜流星×藤井道人監督、映画『正体』の撮影現場で目撃した2人の“本気”
■本番カットでテイクを重ねる藤井監督の演出術
藤井監督は、本番カットの撮影にじっくりと時間をかけ、3回、4回とテイクを重ねることで知られている。見学しているとまさにそうで、カットをかけた後、俳優に近寄って、ボソボソッと話し、次のテイクで明らかに芝居が変わったように見えることもあったし、遠目では違いがわからないこともあった。 「僕は基本的に、1回でOKを出すことはほぼありません。お互いが妥協せずに、OKテイクを導き出していきたいからです。たとえば、森本くんが和也を演じるのは半年ぶりでしたが、僕からは特に何も指示を出さずに、1回、芝居を見せてもらいました。和也が面会に行くまでの心情を、森本くん自身の解釈でどう表現するのかを見たかったんです。それはとても良かったのですが、もっと掘り下げられる部分があるなと感じました。たとえば、『なぜ鏑木が足を引きずっているのか』や、『夏以降、どんなつらい思いを抱えてここまできたのか』など、和也ならもっといろんなことを考えるだろうから、感情にも厚みがあると思う、と伝えました。和也は、自分の感情をそのまま相手にぶつけてしまったり、わざわざ鏑木を悲しませるようなことをしたりするような人ではない。だからこそ、感情が込み上げて言葉が詰まるような瞬間や、それでも笑おうとする姿勢があるはずだ、という話もしました。 感情の説明をした後は、より具体的な部分を丁寧に修正していきました。『まばたきが多い』とか、『眉をそんなに動かさなくていい』とか、あるいは『今の画(え)は寄りだから、そこまで大きく動かさなくていい』といったことですね。最終的に、森本くんがとても素晴らしい芝居を見せてくれて、本当にうれしかったです。 僕が心がけているのは、1回にあまり多くのことを指摘しないことです。人は、一度に3つも指摘されると混乱したり、忘れてしまったりします。だから基本的に、伝えるのは2つずつ。徐々に調整していくので、どうしてもテイク数は増えてしまいますが、それでも焦らずじっくり進めるようにしています」 そんな藤井監督の演出を初めて体験した吉岡、森本、山田杏奈らは「監督に細かく演出してもらえるのがうれしい。こういう撮影現場はなかなかない」といった感想を漏らしていたという。 一方、映画『青の帰り道』、『ヴィレッジ』、Netflixシリーズ『新聞記者』でタッグを組んできた横浜への“ボソボソッ”は、「ほかの俳優とは違う」という。 「流星に関して言えば、脚本づくりの段階から一緒に作り上げてきました。彼がどれだけ素晴らしいパフォーマンスを見せてくれるか、こちらもよくわかっていますし、それだけの信頼感があるからこそ、演出のアプローチも違ってきます。ほかの俳優には感情表現について細かく話すことが多いのですが、流星はその段階はすでにクリアしているので、『今、横に何ミリの位置だから、その表現域では伝わらないよ』とか、『そっちの画は使わないから、間をずらしてみて』といったテクニカルな指示がほとんど。ここまで細かく技術的なことを共有できる俳優は、たぶん流星だけだと思います」 ■2024年に3本の監督作品が公開 沙耶香、和也、舞、又貫が面会にやって来るシーンをまとめ撮りするタイミングで、メディアに撮影現場を公開したのは、「流星くんの七変化ぶりを端的に見てもらえるいい機会だと思った」(水木雄太プロデューサー)からでもあるが、それ以上に『正体』は藤井監督と横浜にとって、まさに “勝負作”と呼ぶべき作品だからだろう。昼食の休憩時間、藤井監督がメディアの取材を受けている場に、横浜が自ら「よろしくお願いします!」とあいさつに来たことからも、監督と主演が同じ方向を向き、互いに全力で作品を作り上げようとしている――今回の作品にかける2人の本気が伝わってきた。 藤井監督は今年、Netflix映画『パレード』(2月)、映画『青春18×2 君へと続く道』(5月)、そして『正体』と、3本の映画を発表。映画監督として大きな節目を迎えたといっても過言ではない。横浜も『正体』の撮影を終え、主演を務める大河ドラマ『べらぼう』(2025年1月5日放送開始)の撮影に入った。 「実はこの『正体』が、流星と組んだ1本目の映画になるはずでした。『青の帰り道』で流星と出会い、その後、CMやミュージックビデオの仕事を一緒にしながら、長編映画を一緒に作ろうと話してきました。当初はオリジナル企画を考えていたのですが、ちょうど『正体』の映画化の話をいただきました。SNSなどで拡散された情報が必ずしも正しいわけではないのに、断片的な情報で人を評価する風潮に疑問を抱いていた僕らがやりたかったことにも通じるものを感じたので、『正体』をやろうと決めたのが、今から約4年前です。 結果的に、Netflixシリーズ『新聞記者』や映画『ヴィレッジ』が先になり、ようやく『正体』が実現した状況なのですが、このタイミングでできて本当に良かったと思っています。これまでの仕事を通じて、僕と流星の関係性が深まり、お互いのことを知り尽くした最高の状態でこの映画を作れている自信があります。僕と流星が、多くの人に心から楽しんでもらえる極上のエンターテインメントを目指して取り組んだこの作品が、僕にとっても流星にとっても、新たなステップになると確信しています」 (藤井監督)