伝説の踊り子の「前戯」に全員クギ付け …中田カウスが目の当たりにした「漫才とストリップ」の意外すぎる共通点
1960年代ストリップの世界で頂点に君臨した女性がいた。やさしさと厳しさを兼ねそろえ、どこか不幸さを感じさせながらも昭和の男社会を狂気的に魅了した伝説のストリッパー、“一条さゆり”。しかし栄華を極めたあと、転落していく。そんな彼女を人気漫才師中田カウス・ボタンのカウスが「今があるのは彼女のおかげ」とまで慕うのはいったいなぜか。 【漫画】「だから童貞なんだよ」決死の覚悟の告白に女子高生が放った強烈な一言 「一条さゆり」という昭和が生んだ伝説の踊り子の生き様を記録した『踊る菩薩』(小倉孝保著)から、彼女の生涯と昭和の日本社会の“変化”を紐解いていく。 『踊る菩薩』連載第5回 『「引っ込め!」大声でヤジを飛ばす男を黙らせた「伝説のストリッパー」直伝の「思いもよらない方法」』より続く
伝説の踊り子の魅力
客は一条に何を期待して、昼間から劇場に足を運ぶのか。連日、劇場を満杯にする人気の秘密を知ろうと、カウスは客席後方のドアを少しだけ開け、盗むように観察した。 一条は最初に日本舞踊を披露する。激しい踊りでないぶん、身のこなしは難しいはずだ。一枚一枚ゆっくりと着物を脱いでいく。その姿から下品さは微塵も感じなかった。 ストーリー仕立ての踊りでは、客に話の筋を追わせるように、服を脱ぐのにも時間をかける。そのあいだ、客席は静まり返る。一条の「前戯」に客は気持ちを昂ぶらせている。客席を包む静寂から、カウスはそれを感じた。 一条よりも若くて、きれいな踊り子は何人もいた。でも、一条ほどしっとりと踊る女性はいなかった。ライトに照らされた肌は美しく、艶があった。
漫才とストリップ
当時のストリップでは出演者のほとんどが、楽屋で寝泊まりしていた。毎日顔を合わせ、一緒に食事するうち、カウスは一条と親しくなっていく。 「こっちは若くて、なんにも知らない。なんでも『はい、はい』と聞くもんやから、可愛かったんとちゃいますかね」 漫才は順調だった。大きな笑いをとれるときもあった。劇場に出るようになって一週間ほどしたときだ。ボタンを相手に、ボケまくっていたカウスは妙な気配を感じ、何気なく舞台の袖を見た。一条が隠れるように立ち、自分たちの芸を真剣なまなざしで見ていた。しばらくして一条から声を掛けられた。 「えらいわね。ちょっとずつ話を変えているもんね」 客のほとんどが一条のファンで、連日通ってくる客も少なくない。変わらぬネタでは飽きられる。同じ筋の話をやるにしても、前日のニュースを最初に振るなどカウスは工夫をしていた。それを説明すると、一条は言った。 「そう、それよ。お客様に飽きられないためには、それが大切なんよ。漫才についてはよくわからないけど、踊りも一緒なのよ。若いのにほんまにえらいわ。努力家なのね」 「いや、もう必死です」 「最初は少し、やじを飛ばすお客さんもいたみたいやけど、もう誰もやじらないもんね」 カウスは一条がいつも、自分たちの漫才を見ていたと知った。何か盗むところがないかと探っていたのかもしれない。彼女の人気の裏には、芸に対する貪欲な姿勢があるのだとカウスは思った。
小倉 孝保(ノンフィクション作家)