The Beatles、新曲リリースの奇跡 ピーター・バラカン&オカモトショウ「Now And Then」を語る
The Beatles最後の新曲「Now And Then」。日本時間11月2日に配信リリースされ、全英シングルチャートで54年ぶりに1位を獲得した。本楽曲は、1970年代後半にジョン・レノンが作成したデモテープから、最新のAI技術を使ってジョンの歌声を抽出し、50年以上の時を経て世に送り出された作品である。 【画像】若かりし頃のThe Beatles リリースに先立って公開されたのは、この曲が世に送り出されるまでのストーリーを描いた約12分間の短編ドキュメンタリー映画。The Beatlesが解散し、ジョンが死去した後の1994年、彼のデモテープをオノ・ヨーコから受け取ったポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターの3人が、再びThe Beatlesの音楽を作ろうとすることから物語は始まる。 3人は、「ジョンが不在のまま曲を完成させていいのか?」と葛藤しつつも彼が喜ぶことを信じて、まずは「Real Love」「Free As a Bird」の2曲を完成させる。しかし、「Now And Then」においては、当時の技術ではデモテープからジョンの歌声を完璧に抽出することが叶わず、結果としてお蔵入りになってしまう。そして、2001年にはジョージが死去し、2人の気持ちは挫けてしまっていたという。 事態が好転したきっかけは、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズなどを手がけた映画監督のピーター・ジャクソンとの出会いだった。2021年に公開されたドキュメンタリー映画『ザ・ビートルズ:Get Back』の監督も務めたジャクソンは、同映画の製作中にチームメンバーと共に、特定の楽器と声を分離させる最新の技術を考案していた。そこで、ポールとリンゴは、ジャクソンに「Now And Then」のデモテープを託し、ジョンの歌声だけを取り出すことに見事成功。制作は四半世紀以上の時をまたいでようやく再開され、今こうして世界中のThe Beatlesファンの元へと届けられたのだった。 本記事では、ロンドンで生まれ育った音楽評論家のピーター・バラカンと、OKAMOTO'Sのボーカリストであるオカモトショウが、リアルサウンド映画部のオリジナルPodcast番組『BARAKAN CINEMA DIARY』Season2の第3回(第21回)で「Now And Then」について語り合った内容をまとめる。 まずは楽曲リリースに先立って公開された短編ドキュメンタリー映画の所感について、2人は驚きと感動を語り合う。 「あの短編映画には、昔の映像とは思えないクオリティのものがブワーっとたくさん出てくるので、まずはそれを見ているのがとても楽しかったです。『ザ・ビートルズ:Get Back』も含めて、The Beatles関連の映像は特に綺麗なものがたくさん残っていますよね。さらに、12分間という短い映像を見るだけで、曲の成り立ちが理解できる。そうすると曲の聴こえ方も変わるし、レイヤーが増えた感覚で楽しめました。分離できないと思われてたデモからピアノを完全になくして、ジョンの歌声だけが流れるシーンは本当にすごいなと。テクノロジーの進歩ですね」(オカモトショウ) 「最初の方に、ジョージ・ハリスンがまだ生きている時の映像がありましたが、つまりメンバーは当時から『Now And Then』の存在を知っていた。私はそのことにまず驚きました。しかし、あまりにも音質が悪くてヴォーカルとピアノの音が分離できないから、楽曲として完成させることを完全に諦めていたわけですよね。だからピーター・ジャクスンが開発したAI技術がなければ、きっと永遠に、この曲が世界中で聴かれることはなかったでしょう。AI技術は使い方によっては恐ろしい可能性も秘めていますよね。ああやって誰かの声を抽出して、前後の文脈関係なく全く別のものに利用されたりすると、とんでもなく恐ろしいことが起こり得る時代だなと。今回に関しては、多くのThe Beatlesファンが喜ぶ使い方になったね」(ピーター・バラカン) また、「Now And Then」のデモテープについて、バラカンはリリース前からその存在を薄らと認識していたという。 「『Real Love』と『Free As a Bird』が発表されたとき、もう1つ未発表の曲があるという話をどこかで聞いたことがありました。ただ、もちろん音は聴いたことがなかった。だからなぜ今出したのかが不思議ですね。ポールの中で、何かタイミングがあったのでしょうか」(その直後に50周年となった「赤盤」(『ザ・ビートルズ 1962年~1966年』)「青盤」(『ザ・ビートルズ 1967年~1970年』)が発売され、「青盤」の最後に「Now And Then」がボーナス・トラックとして収録されていました)(ピーター・バラカン) 「コウキ(オカモトコウキ/OKAMOTO'S)に『Now And Then、すごく良かったね』と言ったら、『でもジョンのデモには、もう一つ曲の展開があった。あれがすごく好きだったからカットされて悔しい』と言っていました。実際に自分もデモを聴かせてもらったら、確かに良い展開が含まれていました。でもバンドで曲を作るとなると、誰かが作ってきたデモに他のメンバーが手を加えたりカットしたりすることは普通に起こるじゃないですか。そういう部分も含めて、“The Beatlesのニューシングルが出た”という感じがして好きでした」(オカモトショウ) そして、オカモトショウは、「Now And Then」のシンプルで普遍的な歌詞が心に強く響いたと話す。 「歌詞が超良かったなと思ってます。みんなと喧嘩してThe Beatlesを解散したジョンが、一人でこの歌詞を書いてたんだと思うと泣けてきちゃいます」(オカモトショウ) 「今回の歌詞はすごくシンプルで、メッセージというものでもないけど、色々な人の感想を見ていると、その言葉がすごく響くという人もいますね。彼らが喧嘩していたのはあくまで解散した時の話で、その後はみんな久々に会ったりすると割と仲良くやっていたみたいです。ジョンとポールが罵り合ってたのは、解散した翌年とか70年代初頭までですし、みんな大人だから、しばらくするとそういう感情も薄まってくるのでしょう」(ピーター・バラカン) 「The Beatlesの色々な作品が出てくるたびに思うんですけど、クオリティが全部すごく高いんですよね。さっき話した映像が綺麗というのも含めて。それは世界中のクリエイターたちの中でThe Beatlesを嫌いな人がいないからだと思うんです。それは見ていて楽しいですよね。この曲もまだ聴いてない人がいたらぜひ聴いてほしいです。それで、『俺は好きじゃない』『いや俺は最高だと思った』とか話し合えたらいいですよね」(オカモトショウ) 技術の進歩と失われなかった情熱により、長い年月を経て蘇った「Now And Then」。完成までの軌跡と共に楽しみたい。 本トークの完全版は、リアルサウンド映画部のオリジナルPodcast番組『BARAKAN CINEMA DIARY』Season2の第3回(第21回)で視聴できる。
南明保