井上尚弥をデビュー前から撮りつづけたフォトグラファーがとらえた…世界王者が遂げた「驚愕の変化」と変わらないこと
大歓声の中、ゆったりとリングに上がる「怪物」
布袋寅泰氏が「バトル・オブ・モンスター」を演奏するステージに姿を現した彼の表情は、強い意気込みと覚悟を感じさせる精 悍さだった。 【写真】10年前と比較!…井上尚弥が遂げた「驚愕の変化」 それは、望遠レンズ越しにも伝わってきた。 歓声を全身で受け止めるように大きく両手を広げ、長い花道をゆったりと歩きながら、日本人ボクサーが味わったことのない、メインイベントで東京ドームのリングに立つというこの風景を、一秒一瞬たりとも逃さず網膜に焼き付けようとしている。 リングインして国歌を聴く表情にレンズを向けると、ファインダーの中には、幾多の大一番に平然と勝利してきたこれまでとは違う、眼光鋭すぎる井上尚弥がいた。 日本ボクシング史上最大級のイベントで、観客の期待を受け、気持ちが前にいき過ぎてしまっていないか、いくばくかの不安を覚えた。
はじめてのダウン、それでも王者のままだった
試合開始のゴングが鳴る。 挑戦者ルイス・ネリは、前進を許してリズムに乗せてしまうと連打が止まらぬ少々厄介な相手。 トラディショナルなボクシングスタイルとは異質なタイミングと角度でパンチを繰り出してくる挑戦者の動きに慣れるまで、1ラウンドは行き過ぎない程度に圧をかけて様子を見るものだとイメージしていたが、この夜の4団体統一王者は挑戦者の独特のファイトスタイルをインプットする前に、お互いのパンチが当たる空間で左アッパーカットを放った。 続け様に右を打とうとしたその刹那、私がカメラを構えるニュートラルコーナー下のポジションからは背中が見えていたはずのチャンピオンの顔が、こちらに翻り、モンスターがキャンバスに靴底以外をつけたのだ。 私は心臓の鼓動が早くなる自分に気づいていたが、シャッターボタンに添えた人差し指は、不思議と目の前で起こった事実を淡々と記録するために動いている。 立ち上がった後に、ふらついたりしてレフェリーが試合をストップするほどのダメージを負っていたら、という考えがよぎり、心中で何者かに祈る。 冷静に立ち上がった王者の足取りを見ると、ここで全てが断たれてしまうほどの深刻な状態ではなさそうだ。 脳震盪の影響は見えつつも、フットワークは機能し、追撃 を許さないために放った右アッパーカットもヒットさせた。 この初回の出来事でスイッチが切り替わったのか、すっかり彼はいつもの盤石王者に戻っていた。