身に覚えない「痴漢」で起訴…長崎の男性に無罪判決 弁護士「レアケースでふびんな案件」
長崎地裁は10月、女性の体を触ったとして県迷惑行為等防止条例違反の罪に問われた県内の40代男性に無罪判決を言い渡した。男性は当初から無罪を主張しており、地裁は捜査機関の証拠を不十分として「犯罪の証明がない」と判断した。専門家は「慎重な捜査や起訴が求められる」と問題提起している。 事案は2023年1月下旬、長崎市の繁華街の飲食店で起きた。男性が会計を済ませた午前2時半、すれ違った20代の女性3人が尻や太ももを触られたと視線を向けた。大勢の客で混み合い、通路が狭い上、長崎ランタンフェスティバル期間中でもあり、人の出入りが激しかった。 男性は交番や警察署に連れて行かれ、解放されたのは明け方。署や長崎地検での取り調べは10回以上に及び「やった」「やっていない」の水掛け論が繰り広げられたという。男性は「説明がこんなにも伝わらないことがあるのかと思った。根負けを期待していたのではないか」と振り返る。起訴され、裁判が始まったのは今年6月だった。 判決は、男性が酒に酔った状態で立っていたため「周囲の状況に無頓着だった可能性はある」と指摘。女性3人の「何かが触れた」との供述は信用できるとして男性の左手が触れたことを認めたが、「意図的に触ったと認定するには合理的な疑いが残る」と結論付けた。また、捜査機関の証拠を不十分とし「犯罪の証明がない」と判断した。 県警は任意で調べて書類送検しており「必要な捜査を尽くした」と主張。地検は起訴の理由を明らかにしていない。長崎地裁によると、無罪判決は一部無罪を除き3年ぶり。 第三者が目撃していない痴漢事件では、被害事実や犯人の特定に関する物的証拠を得ることが難しいとされる。男性は身に覚えがない出来事で、無罪の主張を曲げることはしないと決めていた。しかし不安から眠れない日もあり「取り調べから解放されたいと思っていた。金で解決ではないが、諦めて『自白』する人もいるはず。泣き寝入りする人がいなくなってほしい」と心境を語った。 担当した川島陽介弁護士によると、痴漢事件では起訴内容を認めて罰金刑の略式手続きとなったり、被害者との示談が成立し不起訴処分となったりするケースが多い。今回は目撃者がおらず、DNA鑑定をしても女性たちの着衣から男性が触れた痕跡は検出されなかった。「証拠が不十分な状態で起訴されたレアケース。男性は一貫して否認しており、起訴されたこと自体がふびんな案件」という。 刑事法が専門の長崎大多文化社会学部の河村有教准教授によると、被害者の供述だけで事実認定をすると冤罪(えんざい)や誤判が生じやすい。河村氏は「適正な事実認定のために調査は当事者にとどまらず幅広い関係者への聞き取りが重要」と話す。