「イスラム国」樹立宣言から1年 IS掃討作戦は進んだのか?
■シリアでの情勢
シリアではアサド政権ばかりでなく、アサド政権を倒そうとしているISやアルカーイダ系列のヌスラ戦線と呼ばれるイスラム過激派もアメリカの敵です。アメリカには、シリアでは共闘のパートナーがいないのです。 このシリアで今年に入って二つの大きな動きが見えて来ました。一つはアサド政権の軍事力の弱体化です。政権の支持基盤のアラウィー派の人口は200万強です。この限られた人口でアラウィー派は、過去4年間の内戦を戦い続け多くの若者を失いました。兵力不足から各地で政府軍の劣勢が目立ち始めています。
もう一つの大きな動きはシリア北部でのクルド人の善戦です。シリアの総人口の1割弱はクルド人です。そのシリアのクルド人の間に影響力が強いのがPYD(民主同盟党)です。このPYDの軍事部門はYPG(人民防衛隊)として知られています。このYPGのISとの戦闘での善戦が、昨年末から注目を集めています。まずシリア北部でトルコ国境沿いの都市コバニでの戦闘でISの攻勢を撃退しました。そして今年の春以来、YPGは、やはりテルアビヤドを制圧するなど支配地域をトルコとシリアの国境に沿って広げてきました。ISの支配地域への人と物と金の流入経路となってきた両国国境地帯のかなりの部分をクルド人が制圧した形になってきました。 つまりシリア情勢はISなどの反アサド勢力がシリア政府軍を押し、そのISにYPGが北から圧力をかける構図となっています。しかし、シリアにおいてもイラクと同様に短期間で情勢が決定的に動く状況ではありません。IS問題は今後とも続くでしょう。 最後に、今後のIS情勢は動かす二つの要因に注目しておきましょう。一つはイランの動向です。イラクとシリアの両国の中央政府を支援するイランと、アメリカが本格的に緊密に協力できればIS対策は大きく前進します。もし最終局面を迎えているイランの核問題に関する交渉が成功すれば、そうした協力が可能になるでしょう。 もう一つの情勢を一変させかねない要因はトルコの動きです。トルコは、シリア国内に安全地帯を設定し人々を保護する必要があると主張しています。そのためにはトルコ軍がシリア領内に侵入する必要があります。しかし、その安全地帯はYPGの支配地域と重なっています。すでにYPGは、自らの支配地域への侵入には抵抗すると表明しています。トルコの介入は、シリア情勢を更に複雑にしかねません。 (放送大学教授・高橋和夫)
■高橋和夫(たかはし かずお) 評論家/国際政治学者/放送大学教授(中東研究、国際政治)。大阪外国語大学ペルシャ語科卒。米コロンビア大学大学院国際関係論修士課程修了。クウェート大学客員研究員などを経て現職。著書に『アラブとイスラエル』(講談社)、『現代の国際政治』(放送大学教育振興会)、『イスラム国の野望』(幻冬舎)など多数