「この映画が観客に溶けだして、沈んだ現実の色が変わっていく」マヒトが『i ai』に刻んだ思いとは
過去を大事にすることと、未来を生きることは同時にできるんじゃないか
――森山未來さん演じるバンドマンのヒー兄は、GEZANと深い関わりがあった実在の人物がモデルですが、その方をモチーフに作品を作ろうと思ったのはなぜですか? GEZANというバンドにとって、最初の喪失だったからですかね。それと、表現をやっていると、数字に落とし込めるものだけが評価されて、数字に変換できないような残し方っていうのは、ないものとされがちだなと感じていて。ヒー兄を描くことは、自分としては今の時代に対するカウンターの気持ちもありますね。 映画の制作中にGEZANのメンバーが抜けたり、この映画のサントラを一緒に演奏したOLAibiが、公開を待たずに亡くなったりして。そういうふうに、自分が出会った全ての人といつかお別れするっていうのは、どうやら事実らしい、と。その“死”っていうものを考えることは、自分たちが生きることや、人と関わっている現在がどういうものなのかを考え直すことでもあるなって。 それは、今の戦争…というか虐殺に対しても思いますよ。死者数として積み上がっていく数字には、一人ひとり、ちゃんと血が流れて、体温があったんだって。この映画もヒー兄の話ではあるけど、きっと自分の身近な人を思い起こす人もいっぱいいると思う。そういう意味で、映画のエンドに向かって、ヒー兄の死を観客に手放していくようなイメージはありました。自分だけの個別のストーリーにはしたくなかった。
「生と死」はプリミティブだけど、より今日的なテーマだと思う
――ヒー兄のモデルになった方は、マヒトさんにとってどんな人でしたか? それはもう、映画の中にあるものがすべてかな。ただ、何もデータには残ってないけど、彼から手渡されたものがGEZANにはあるなと思います。いろんなものがAIで代用されていく中で、絶対に替えが効かないのは“生きる”っていうことで。言い方を変えれば、それは“死”でもある。プリミティブな、ずっと昔からあるものだけど、より今日的なテーマだなとも思います。 ――『i ai』は、亡くなった人との向き合い方を考えさせられる作品だなと思いました。 どういうふうに自分の中でその人と生きていくのかは、自分で決めればいいことで。お葬式があったからその人とはもうお別れで、その人はもう過去っていうわけじゃない。思い続けている間は、その人と一緒にいると思うし。そういう生かし方というか、一緒にいる在り方を探せたらいいですよね。自分もこの映画で探していたつもりだし、きっと観てくれる人もそうだと思います。 ――『i ai』もそうですし、GEZANの音楽を聴いていても、マヒトさんから「想像しよう」と語りかけられている気持ちになります。 今の現実社会って、まるで質の悪い脚本でできてるみたいじゃないですか。政治のこともそうだし、戦争もそうだし、カルチャーを取り巻く全ての環境も、本当にもうウザったい。映画の中の方が健全で、現実の方が沈んでるなと思う。でも、映画を観て2時間の逃避をしても、また日に照らされて、風に煽られて……そういう世界に飛び出していかなきゃいけない。 『i ai』の2時間は暗闇を借りてたけど、その後も映画は続いていくと思ってて。ファンタジーが現実に溶け出す時間の流れを、観ている人の元に返すような感覚があります。鈴木ヒラクさんが描いた『i ai』のロゴって、ちょっとウイルスっぽい形をしていて。ポジティブな方向で、コロナのように見えない空気としてシェアしていきたい。例えば自分が作った音楽を誰かが朝に鼻歌で歌ったら、その人の朝をジャックしてるとも言える。そうやって、人の体の中に溶け出して、それが町に拡散されていってほしいですね。 ――『i ai』を作り終えて、2作目の構想はあるんでしょうか? なんか、やりたくなってきました。瑛太くんと2人で試写を一緒に観たんですけど、映画が終わって、劇場がバーって明るくなって。その時に瑛太くんの横顔を観たら、また映画が撮りたくなった。俺はこういう顔が観たくて映画を撮ったんだなって。なんか、まだ名前がついてないような表情をしてましたね。そういう一瞬のために3年間の感覚を集めたんです。 マヒトゥ・ザ・ピーポー 2009年 バンドGEZANを大阪にて結成。作詞作曲をおこないボーカルとして音楽活動開始。うたを軸にしたソロでの活動の他に、青葉市子とのNUUAMMとして複数のアルバムを制作。映画の劇伴やCM音楽も手がけ、また音楽以外の分野では国内外のアーティストを自身のレーベル十三月でリリースや、フリーフェスである全感覚祭を主催。また中国の写真家Ren Hangのモデルをつとめたりと、独自のレイヤーで時代をまたぎ、カルチャーをつむいでいる。2019年ははじめての小説、銀河で一番静かな革命を出版。GEZANのドキュメンタリー映画 Tribe Called DiscordがSPACE SHOWER FILM配給で全国上映開始。バンドとしてはFUJI ROCK FESTIVALのWHITE STAGEに出演。2020年1月5th ALBUM 狂KLUEをリリース、豊田利晃監督の劇映画「破壊の日」に出演。初のエッセイ「ひかりぼっち」がイーストプレスより発売。ユリイカ2023年4月号にて「マヒトゥ・ザ・ピーポー」特集が組まれた。今作では初監督、脚本、音楽を担当。
石橋果奈