企業を定年退職後、地元に戻るなどして就農する人材は、担い手不足が続く農業現場にとって貴重な戦力だが、企業の定年延長などを背景に「人材集めが厳しくなっている」との声が上がる。農地の受け皿となっている農事組合法人などは、作業体制の維持に向けて試行錯誤を続ける。 【グラフ】60～64歳の新規就農者数の推移

人手ぎりぎり　事務経験も「戦力」

従業員と米の出荷作業をする農事組合法人となんの平野組合長（左）（盛岡市で）

　「近年、定年退職後に戻ってくるはずの人たちが戻らなくなってきた」 　盛岡市の農事組合法人となんの平野友則組合長は、そう訴える。コロナ禍が落ち着き始めた2021年以降、ハローワークや求人サイトで応募をかけても反応は鈍いという。 　採用などを担当する南野正直部長は「企業の再雇用や他産業に人が流れている印象がある」と指摘。「給与面で見劣りする部分があるかもしれない。ただ、資材価格も高騰しており、今以上の待遇はなかなか難しい」と打ち明ける。 　同法人は、旧都南町の950戸ほどが組合員として所属し、水田面積は約1000ヘクタールに上る。20、30代を中心とした常雇用6人と季節雇用の従業員30人で、40ヘクタールを直営しつつ組合員の応援にも入る。 　一方、組合員の高齢化を背景に、直営面積はこの1年間で10ヘクタール増えた。平野組合長は「人手はぎりぎりの状態。直営面積は増えるばかり。現状では対応も厳しくなってくる」と訴える。 　事務職員の不足も深刻だ。法人では農地の管理や組合員の米の販売などに伴う事務作業も担っているが、中塚美智子課長は「インボイス対応など、業務は増えていく一方。事務経験のある定年退職者は大きな戦力。ぜひ来てほしい」と強く望む。（野村梨沙子）

次世代確保へ　「無理なく参加」呼び水に

新たに導入した大型コンバインをチェックする谷代表（徳島県阿南市で）

　徳島県阿南市の農事組合法人ファームおおたには、勤め先を定年退職した60、70代の5人が水田18ヘクタールを手がける。見据えるのは次世代の確保。企業の定年延長などを考慮し、もうすぐ定年を迎える世代や40代の若者に、今のうちから「定年後は一緒に頑張ろう」と声をかけながら、環境整備も進めている。 　谷和紀代表は、2017年の法人設立当初から次世代確保に向けて「無理なく参加できる体制を追求してきた」と話す。5人の担当水田を決め、草刈りなどはそれぞれが作業日を設定。田植えや収穫も集まれるメンバーで対応する。 　そうした作業体制に賛同し「将来、手伝うと決めた人も多い」（谷代表）という。 　設備面も含め、次の世代がやりやすい体制を整えるため、機械化や基盤整備を推進。補助金を活用し、今年から大型コンバインも導入した。 　「人手が欲しいのは、うちも他の企業も同じ」と谷代表。「今の組織や設備を自分たちでしっかり守ることで、人材確保につなげたい」と思い描く。（溝口恵子）

60～64歳の就農　減少幅が突出

　企業などで一定年数勤めた後、農業を始める世代に当たる60～64歳の新規就農者数は、急減の傾向にある。農水省によると、2022年は6750人で前年を31％下回った。全世代中、最大の減り幅で、企業の定年延長などが背景にあるとみられる。 　21年の高年齢者雇用安定法改正で、企業に65～70歳の就業機会を確保するよう努力義務が設けられた。翌22年の新規就農者数は20、30、50代、65歳以上でも前年を下回ったが減少幅は7～16％で、60～64歳の31％減が突出した。