敗退のロコ・ソラーレ 模索する新たな「らしさ」 リスク知り影を潜めた強気「闘わないといけないのは私たちが大人になったこと」 第一人者軍団が正念場
「カーリング・日本選手権」(2日、どうぎんカーリングスタジアム) 女子2次リーグ最終戦が行われ、五輪2大会連続メダルのロコ・ソラーレはフォルティウスを7-6で下し、1次リーグの成績を一部持ち越した成績で3勝2敗としたが、同勝敗で並んだチーム(中部電力、SC軽井沢ク)との対戦成績により、上位3チームによるプレーオフ進出を逃し、敗退が決まった。3連覇はならず、世界選手権(3月、カナダ)代表入りも逃した。ロコ・ソラーレが表彰台を逃すのは前身のLS北見時代を合わせて平昌五輪直後で不出場の18年大会を除き、4位だった13年大会以来11年ぶり。 【写真】ガックリと肩を落とすロコ・ソラーレのメンバー 一進一退の攻防が続いた中で、ロコ・ソラーレは1点を追う最終エンドに2点を奪い、逆転勝ち。藤沢は「崖っぷちに立ってもこういう試合ができたのはよかった」と振り返った一方で「結果的に2次予選を突破できず、悔しい思いがある。もっと試合がしたかったが、それ以上に課題をもらえた大会。切磋琢磨(せっさたくま)し合って日本全体のレベルが上がっていると感じた。私達もまだまだ頑張らない」と、振り返った。 2大会連続五輪メダルで日本のカーリング界をけん引したきたロコ・ソラーレ。ただ、今大会は若いチームの台頭が目立った。1位通過の北海道銀行は22年にSC軽井沢クジュニア時代に世界ジュニア選手権で金メダルを獲得した山本冴が加入し、平均年齢21歳のチーム。3位通過で昨年準優勝のSC軽井沢クも同じく世界ジュニア金メダルの上野美優、上野結生姉妹を中心に勢いがある。藤沢が「今大会は勢いに負けた部分はあった」と振り返ったが、かつては「イケイケどんどんだった」ロコ・ソラーレがチームとしての分岐点に立っている面もある。 サードの吉田知那美は「これから闘っていかないといけないのは、私たちが大人になったことです」と語った。「勝ってる時は勢いで勝ち続けてきた。でも勝ち続けてきたときにはどうして勝っているのか、口で説明できなかった。負けることを知ると、なんで勝っていたのかを知ることになる。リスク管理の部分で、リスクを知ってるからこそ、強気にアグレッシブにいけなくなっている。メンタルの部分。次のステージにステップアップしているところ。今まではイケイケドンドンだったけど、第2次ステップとして次のロコ・ソラーレらしさを修得している最中です」と、明かした。 日本代表の座は明け渡すことになった。それでもこの期間をプラスに捉えている。吉田知は「代表になると、代表のためにピーキングする。日本を背負っているからこそ、チームが世界一になる、ランキングを上げること以外にもたくさん考えることがあって、日本が強くなる、ロコが強くなることのバランスをとっていかないといけなかった。日本代表脱ぐことで私達はバルクアップしてきた。自分たちがやりたいスケジュール、戦いたい大会、チャレンジしたいこと、フィールフリーで、チーム藤沢としてプレッシャーなしで世界中でカーリングを楽しみたい」と笑顔で語り、藤沢も「この年齢になっても格好つけることはできないんだなと。がむしゃらな姿、楽しそうな姿を追求していけたら。経験あるからこそ、怖さもしっている。メンタル的な部分もいいきっかけをもらった。怖さと戦いつつ、強気な私達をみせられるようにしたい」と、呼応した。 今大会から26年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪の選考がスタートしたが、出だしは躓いた形となった。悲願の金メダルを狙う夢舞台まであと2年。日の丸の重圧から解かれ、チームとしてさらなる成長を遂げられるか。ミラクルチームが正念場を迎えた。 ◆カーリング・五輪への道 五輪日本代表候補チームは①24年日本選手権優勝、②24年世界選手権出場、③25年日本選手権優勝、④25年世界選手権出場、⑤25年日本選手権直前のWCFチームランキング最上位チームかつ24年、25年日本選手権のいずれかで3位以内となったチーム、の中から選考する。いずれかを満たすチームが1チームしかない場合はそのチームが日本代表候補となる。複数ある場合は25年9月末までに該当チームで代表候補決定戦を行う。五輪の出場枠は24、25年世界選手権でのポイントで決まる。